多古町周辺地域の立体地図模型〜明治中期の近代地図からうかがい知れるかつての地域の姿

中国での設計活動が一段落し(というかなくなってしまったw)、次に自分が注力するシン・創作活動をどんなものにしようか考えたところ、現在拠点としている千葉県多古町の自然や文化、歴史背景を建築と何らかの形で絡めて形にする、ということを考えた。

千葉県多古町は今は成田空港に隣接する町であるが、長い歴史の中で生み出された独特な自然環境と共に、地政学的にも重層的な成り立ちを持っている、非常にユニークな場所である。

縄文時代には太平洋岸航路の一拠点であったことが日本最大級の丸木舟の出土によって明らかになっているし、古墳時代には西日本から拡がった古墳ネットワークの一部であったことが現存する古墳群によって示されている。また、縄文海進により残された湖沼・湿地帯からなる豊かな土壌は荘園として利用され、それをめぐる激しい勢力争いのためにかつての複雑な海岸線を利用した多数の中世城郭群が築かれ、今もその一部が残されている。さらには日蓮宗の教育機関として大きな勢力を誇った、現在でいう大学としての「檀林」施設が江戸時代を通じて大きな影響力誇つに至った。江戸期には北総沿岸地域の湖沼や湿地帯は水田開発のために干拓され、大規模な改変が行われたが、そうした中でも地域の茅葺き屋根用の葦の狩り場として人々の手が入り続けることで、湿地帯に自生するユニークな植生が保存され、現在も一部が湿原として残ってもいる。自然と人の営みが密接に関わりながら形成されてきた場所なのである。

現在、多古町には「多古光湿原保全会」と「多古城郭保存活用会」があり、これらを保全する活動を行っている。それぞれの活動をお手伝いする中で、何かこれらの活動と、地域形成という建築的視点を結びつける方法はないかと考えてきた。その中で見つけたのが明治中期に日本陸軍によって作成された「迅速測図」である。

明治25年前後に日本陸軍により製作された「迅速測図」の北総地域。多古町はこの地図の左側部分にあるが、右側には江戸期に干拓事業で水田化した「椿の海」の輪郭がわかる。


この地図は明治25年前後に調査、作成されたもので、手書きではあるものの等高線情報を備えた近代地図であり、現在利用できる高精度で高さ情報まで含んでいる地図の中では一番古いものと思われる。ということは、もちろん中世期とまではいかないものの、それに最も近い地形図として見なすことができるだろう。ただしこの地図は国土地理院他のネット上で公開されてはいるが、地形データではなく地図の画像である。そこで、この画像を地図情報として作成し直し、立体地図化して、地域の中世城郭の分布や、かつての湿原・河川の姿を再現することを目論んだ。

「迅速測図」を元に、多古町南部、並木・島・船越地域から、九十九里方向を含むエリアを地図データ化したもの。現在よりも大きく拡がる多古光湿原、流れの異なる川、明治期の集落分布がわかる。


最近導入したレーザー彫刻機を使用して作成したのがこの立体地図模型である。第1段として作成したこの立体模型は多古町南部から九十九里海岸方向を含むもので、現在よりも広い範囲に拡がる多古光湿原や、現在とは異なる流れを示す栗山川・借当川の姿を見てとれる。地域の歴史記録には、多古町近辺で勢力争いの中で繰り広げられた合戦が「船」を使ったものであることが記されているため、現在よりも湿地帯の広がりが大きかったことが予想される。
また、水田として利用される低湿地帯の広がりに対して、台地上部で開けた土地は想像以上に少なく、江戸時代に地域の中心地となった中村地区は、そうした限られた平地の中でも最も広いエリアに形成されたものであることがこの立体地図を見ると明らかである。

迅速測図を元に作成した立体地図模型。地図に含まれる等高線情報を利用している。
島地区は低地の中に浮かぶ「文字通り」の島である。地形が複雑で台地上部に平地の少ない多古地区と比べ、中村地区には台地上部に平地が多い。


そして2つ目の立体模型として、多少範囲を拡げ、迅速測図ではなく「現在の」地図を立体化したものも作成した。これによって、明治期の地形と現在の地形を比較することができ、またより広い範囲の中世城郭分布を見ることができる。より正確で精度の高い現在地図により、縄文海進時に形成されたリアス式海岸状の地形が明らかになり、その先端部分に多くの城郭が配されていたことがわかる。

迅速測図ではなく現在の地図を利用し、多古周辺のより広い範囲を示した立体地図模型。湿原などの水域が大きく減少しているのがわかる。
台地の末端部分はリアス式海岸のような、非常に複雑で入り組んだ地形が多く、平地が少ないことがわかる。


現在は多古町の北部方向の立体地図模型を作成中で、その次には江戸時代の干拓事業により水田化し消滅した、現在の匝瑳市・旭市地域に広がっていた大きな湖、「椿の海」を含む地域を再現する予定である。また、中世期には今よりも相当に大きく拡がっていた霞ヶ浦周辺地域を再現することで、難所として知られる銚子・犬吠埼沖を迂回するために利用された、多古町の島地区、椿の海、霞ヶ浦などを経由する当時の内陸交通路を示すことができる。

クラフト的な要素も多い
家庭用のレーザー彫刻機も最近のものは非常に精度が高く利用しやすい。


この地域の自然・文化・歴史解明の一助となれば、と考えている。なおこれらの模型は現在、多古町コミュニティプラザ文化ホールの一角に展示中なので、機会があればご覧ください。






自作キーボードという世界

今、自作「キーボード」周りが熱い。ちょっと驚くぐらいの熱気が高まっている。日本ではまだそれほどではないようだが、海外では完全に過熱状態だ。何が起こっているんだ、という状態である。

“Drop”というマニアックな共同購入サイト

以前、海外からヘッドフォンを購入したことがある。かつては”Massdrop”と言っていたが、今は”Drop”と名を変えて運営されている、いわば「共同購入」サイトだ。取り扱う商品は幅広い分野に渡っているが、何というか「男の趣味」的な商品が多い。いくつかあげると、オーディオ製品の中でも「ヘッドフォン/ イヤフォン」「ヘッドフォンアンプ」「USB DAC」に特化した品揃え、あるいはキャンプ用品などの中から「ナイフ」「テント」など。そして今回取り上げる「メカニカルキーボード」である。

Dropが面白いのは、市場にある市販品をそのまま販売するのではなく、オリジナルの仕様や性能をよりマニアックに変更したり向上させるために製品を共同設計し、これを共同購入(購入者を一定人数、一定期間募る)の形で販売することで価格をオリジナルより抑えることを可能にしている点である。Dropが取り上げるのは市場で一定の人気を得た製品が多く、例えばヘッドフォンで言えばゼンハイザーのHD580(DropバージョンはHD58x Jubilee) やHD650もしくはHD660(HD6xx)の仕様変更モデルを共同設計、共同販売するのである。個人的にはこのHD58xやナイフを購入したことがあったのだが、最近サイトを覗いてみた際に「メカニカルキーボード」というセクションがあることに気付き、興味を惹かれたという次第である。

DROP製 Sennheiser HD58x Jubilee。デザインだけでなく、特性も一部変更が加えられたカスタム仕様の製品で、共同購入の形を取る。最近は日本への発送もできるようになってきた

キーボード という装置

当初は「自作」という分野が盛り上がっていることなどはつゆ知らず、最近発売されたDrop製の「ENTR」というメカニカルキーボードに目が止まっただけだった。キーボードについては、現在文章に関わる仕事にしている自分としては欠くことの出来ないものであるため、生命線といえる。にも関わらず、あまり自分から良いものを探すことはしてこなかった。Macを当初から使用しているため、キーボードはApple製のものを使用してきた。初めてMacを購入したのは90年代始めでCentris 650というモデルだったが、その当時キーボードはまだオプションの別売りで、200ドル近くもしたのだが、その時購入したのがApple Extended Keyboard IIである。残念ながらその後キーボードやパソコンは価格を下げるためのコストダウンの時代に入り、結局キーボードは最初に購入したものが一番よく、その後のキーボードには打ち心地や実際の操作性能の点で苦労させられた。そのためADB仕様のApple Extended Keyboard II をUSBコンバーターを介してこれまで使い続けてきた。

DROP製 「ENTER」キーボード。これは完成品だが、キースイッチを2種類から選択でき、ケースカラーやキーキャップの選択も可能。ケースは底面がアルミ製で、キーキャップは二色成形になっており、基盤に設けられた白色のLEDの光を透過して文字が浮かび上がる。これで$90は安いし、何よりかなりカッコいい

キーボードについては、「パソコン」という形でコンピューターが家庭に持ち込まれるようになった当初は非常にていねいに作られた製品が多かったという。例えばIBM PS/55用のキーボード5576-A01は日本製で2万2000円、5576-001は3万8千円のプライスタグがついていた。AppleのExtended Keyboard I(Extended IIのオリジナルバージョン)は現在でも最高のキータッチと打鍵音がすると言われるキーボードの一つだそうだ。自分が使用しているExtended Keyboard IIはこのオリジナルからの改良版とされるが、コストカットが始まったモデルであるとも言われている。それでも、200ドル(実際は178ドルだったか?)をかけたキーボードの品質は、デスクトップパソコンの付属品となったその後のモデルとは比較することができないレベルのものだった。運指をスムーズにするためのスカルプテッドキー(キーの表面部分が指の届く範囲を想定してカーブを描いている)、キーの文字が消えないようにするための昇華印刷や2色成形と行ったキーキャップ の品質と工夫、そして打鍵感や打鍵音。Apple Extended Keyboard II は打鍵感や音の点ではベストな製品とはされていないが、すでに30年近く使用しているものとは想像できない使用感を今も提供してくれるため、なかなか他のものを使う気になれなかった。家にはAppleの歴代キーボードがゴロゴロしているが。(Apple Extended Keyboard II は2台ある。使用中のものはUSA製のカナ無記載のもの、もう一台はメキシコ製でカナ記載のもの。実は性能に大きな差があるためUSA製を使用)

30年近く使用しているApple Extended Keyboard II。キーボードそのものは色褪せ以外問題なく、使用感は非常によいのだが、いかんせんUSB接続するためのUSBコンバーターが怪しくなってきている

「軸」というキーボード の基軸

最近のキーボードになかなか満足できないため、購入検討のためかなり調べてみた。その中で1つ非常に興味深いと思ったのは、80年代、90年代当時のキーボードの世界において、キーボードの最も重要で核となる部品の1つである「キースイッチ」が日本製であり、世界を席巻していたという点だ。キースイッチについては非常に多くの技術が存在していたそうだが、日本のALPS社のキースイッチが他を寄せ付けない品質と性能を提供し、ついには市場を独占していったというのである。ネットには非常に詳しい情報があるのでここでは割愛するが(最も詳しく紹介されているYouTubeチャンネルが、「Chyrosran22」氏のチャンネルで、とにかくキーボードに関してこれほど詳しい情報はなかなか見つからない)

製品の改良と発展を通じてこのキースイッチの軸部分の色が違うことから、使用されているキースイッチの軸の色でキーボードの仕様や性能を判断することができる。例えば先述のApple Extended Keyboard I はALPS製サーモン軸(一部ピンク軸)、そして自分が使用しているExtended Keyboard II はクリーム軸で、キーボードに興味がある人であれば大体その性能や使用感がイメージできるものとして知られている。

相当にマニアックでつい最近のニワカではないガチのキーボードマニアらしい。毒舌が良い

残念ながら、ALPS社はその後キーボードが低価格化する中で市場から撤退していった。キースイッチは機械式(メカニカル)から、部品点数が少なく大量生産可能な方式(メンブレン式など)に取って代わられ、今やパソコンに必ず付属するキーボードは安価なものが用いられている。使用には支障はないものの、エルゴノミクスや使用感については大きく退化したものになってしまった。Power Mac G4に付属していたApple Keyboard Proはメンブレン式のキーボードだが、打鍵時にクニュクニュとずれたりうまく押し込めなかったりして、ミスタイプや打ちもらしが多発し非常に困ったのを覚えている。Mac Proには極薄になったフルサイズキーボードが付属していたが、これはノートパソコンと同じバタフライ機構を備えたもので、キーにクッション性がほとんどなく、キーを押すというより叩くと言った方がよい。長時間打っていると指が痛くなるため、最悪腱鞘炎になってしまうだろう。自分が使用しているMacBook Pro 2016のキーボードはさらにキーを押し込む深さが浅くなり、もはやペタペタと触るような打鍵感になったのだが、発売後故障が多発し、一般にも非常に不評となり、その後のモデルには改良版が搭載されるようになった。このキーボードはMacBook 2009に搭載のキーボードと比較してもストロークが浅すぎ、長時間のタイピングに向かない、また指にも負担の大きいものになってしまったので、自宅では必ず外付けキーボードとしてExtended Keyboard IIを繋いで使用している。

ただ1つ問題があった。Apple Extended KeyboardはADB接続という方式で、USB変換器を使用しないと現在のパソコンでは使用できない。このUSB変換器はまだ値が張らない時期に購入して長きにわたって使用してきたが、さすがに時々認識されなかったり、Mac OS化した後はCapsLockでの英語入力/日本語入力の切り替えができなくなったり(Mac OSではCapsLockで英字/日本語入力を切り替えられるようになっているので、この問題は英字キーボードを使用している自分にとっては手間が増えることになる)使い勝手も落ちてきている。キーボード自体は全く問題ないものの、こうした使用環境の点で怪しくなってきているのは確かである。そこでDROPのキーボードを購入しようと思ったのだが、その先には「自作キーボード」という新たな世界が広がっていた。

ゲーミングキーボードが拓いた世界

今やYouTubeの動画にはそれこそ星の数ほど動画が上がっていて、若いニーちゃんたちがやれキースイッチの性能だ、打鍵感だ、音だ、潤滑すれば打鍵感が良くなる、といった内容をそれこそそこら中の人が語っているのである。これにはちょっと驚いた。ここ数年のことらしい。日本でも多少、メカニカルキーボードというテーマでの動画が散見されるが、これは「ゲーミングキーボード」の範囲内で扱われているように思われる。あるいは、よりマニアックな左右分割式の、プログラマー御用達的な世界はあるようだが。

「ゲーミングキーボード」。想像するに、ブームの始まりはここである。自分はゲーマーではないが、ゲーミングPCのキーボードがかなり気になってはいた。ゲームする上で、キーの反応速度やミスのないタッチは最も重要な点になるだろう。そうすると現在一般的な安価なメンブレン式キーボードでは不満が出る。そうして行き着く先は、性能的には有利になるが高価にもなるメカニカルキーボードであり、まずはゲーミングPCのオプションのメカニカルキーボードを使ったゲーマーたちがその打鍵の気持ちよさや音の良さに気が付き、キーボードというものの「存在」に目覚めたのだろう。誰も気にかけない付属品だったキーボードが、実は非常に奥の深い、使用感や個性を突き詰められるものであるということに。

ゲーミングキーボードで人気のあるRAZER Blackwidow。RGBカラーのLED照明、メカニカルキーボードなど、自作キーボードの元祖とも言える要素を含んでいる。こうしたフルサイズキーボードだと、キーボードとマウスの位置がかなり遠くなるため、キーを極力減らした60%キーボードに人気が出た、という点もあるようだ

ゲーミングキーボードはキーの視認性のためにLEDのRGBイルミネーション機能などが備わっているが、これも「見た目」という点で若いゲーマーをメカニカルキーボードに引きつけた理由の1つらしい。そして昨今のアナログブームやレトロブーム。そうした需要に応えるために、キーボード基盤やカラフルなキーキャップ 、ずれ動きにくいキーボードケース、そして音や感触が良いキースイッチなど、キーボードの各パーツが盛んにカスタム仕様化され、ネットで入手可能になってきている。これらを自由に組み合わせて、自分好みのキーボードを自作するのだ。(今や、キーボードを接続する自作USBケーブルも盛り上がってきている)ハマれば楽しいに決まっている。

自作用パーツを集める

いろいろ動画を見て参考にしながら、ネットで自作キーボード用のパーツを注文してみた。実際に仕事に使うヘビーユースを想定しているため、ある程度の金額をかけることにし、2台分、内容の違うものを製作できるよう注文した。今回組み上げるのは、テンキーや機能キーをかなり省いた、フルキーボードの60%から65%のキー数を持つレイアウトの60%キーボードだ。

自作キーボード専門のサイトは日本にもいくつかあるが、海外のものが選択肢も多く、より自由に注文できる。(日本における現在の自作キーボードは、海外と多少違ってプログラマーなどが自分の求める使用感を目指して自作しているようだ。例えば左右に分割式のキーボードなど、エルゴノミクスを追求した感じの自作キーボードが多く、よりディープな世界である気がするが、盛り上がりはかなり限定的な気がする)とにかく、パーツがないことにはどうしようもないので、自作キーボード専門サイトとして人気の高いKBDfanやDROP、Ali Express、そして日本の遊舎工房、TALP Keyboardでそれぞれパーツを注文した。

自作は初めてということもあり、キットの形でいくつかのパーツが含まれているものを選んでいる。

<1台目>
ケース:KBDfan 5° 60%キーボードアルミケース。$88($10ディスカウント中)
PCB(プリント基板):GK64XキットのPCB。GK64XSはBluetoothとUSB接続の両方で使用できるようだが、バッテリー内蔵タイプのためにこれは避けた。付属ケースは今回不使用。Ali Express経由で購入、$54
キーキャップ : DROP Skylightシリーズ 。(2色成形、文字部は光を透過)$45
キースイッチ:Zilent v2 (62g)ZealPC社製 静音タクタイル 70個 $72 なおZealPCはGateron社がOEM生産している。

1台目は送料を考慮すると、だいたい3万円+αとなった。

<2台目>
ケース:KBDfan TOFU 60%キーボードアルミケース 遊舎工房より ¥9,800
PCB:GK61キットのPCB。付属ケースは不使用。Amazon(中国発)¥6,263
キーキャップ :TALP DSA PBT dye-sub キーキャップ60%用 TALP Keyboardより ¥7,000
キースイッチ:Gateron Silent赤軸(リニア 60G)70個 ¥4,900

2台目は約29,000円。こちらは日本からの購入がメインとなったが、それでも値段的には2万9千円弱である。日本で買う方がやはり高価になることがわかる。(キースイッチの値段については、Zilent v2がかなり高価な部類のスイッチであるため大きな差が出た。

パーツ詳細

1. キースイッチはタクタイルタイプ(打鍵の始めにスイッチ感のあるもの。Apple Extended Keyboard IIのクリーム軸もタクタイルタイプ)とリニアタイプ(スイッチ感がなくスッと打鍵される)を選び、1台目と2台目で違う打鍵感にしようと考えた。Extended Keyboard II のクリーム軸は静音タイプとされ、メカニカルキーボード特有の音を抑える部品が組み込まれているので、これまでも音が大きいと感じたことはなかったが、今回の自作キーボードもあまりカチャカチャいわないものを選んだ。この点については、HHKBを以前検討した際にどうしても気になった点なので少し思うところを話したい。

HHKBというベンチマーク

HHKBは「静電容量無接点方式」と呼ばれるキースイッチを使用しており、接点がないために耐久性が非常に高いと言われる。ただ、静音性という点については最新のType-S以外はあまり静かとは言えない。ブログなどではその使用感において、「スコスコ」「コトコト」という表現でその打鍵感や音を表現している場合が多い。ただ自分がこのキーボードを借用していろいろと試した際、キースイッチに被せられたラバードームからくるわずかにクニュッとするような感触がどうしても気になってしまった。これはメンブレン式のラバードームの感触ほどではないにせよ、それに通じる感触で、ALPS軸のタクタイルキーボードや最新のメカニカルキーボードにはない感触だ。個人的にこれに馴染めなかった。「スコスコ」という感触が、バネとこのラバードームの反発力から来るのであれば、打鍵感の点でメンブレン式と違うのはバネのあるなしではないのか、と思ってしまったのである。接点がないことによるスイッチの耐久性は高くても、ラバードームの耐久性はどうなのか?硬化したり、へたったりはしないのか?

HHKBの打鍵感を変えるためのラバードームが別売されているのだが、BKE Reduxという製品で4種類の硬さがあり、異なる感触に変えることができるらしい。(Chyrosran22氏がYouTubeでその違いを比較している動画がある)この点からも、HHKBの打鍵感や音に何らかの不満を持っている人はいるということだ。HHKBの製品としての魅力については疑問の余地がないが、自作メカニカルキーボードがこれほどの人気の高まりを見せ、多くの人がキーボード部品の価格を知りつつある中で、HHKBのプラスチック感の高いケースやBluetooth用バッテリーの扱い方=デザイン的な欠点、そして同じ東プレ製のRealforceとの値段の違いなど、少しどうかなと思ってしまう。今や静電容量無接点方式のキーボードはNizなど中国製他のものがコピー以上の仕上がりで出始めているし、値段もそちらの方が「普通」だ。個人的には、全盛期のALPS軸のような、コストと手間をかけるからこそ生み出される、日本にしかできない製品を期待したいのだが。。。

とにかく。今回購入したZealPC製の静音タクタイルタイプ、Zilent v2「ザイレント v.2」キースイッチは現在市場にあるCherry MX 互換キースイッチの中では後発で、かなり高価な部類に入る。接触部分の素材が別のものになり、デザインも工夫されているため、音を抑えるだけでなく打鍵感も穏やかなものになっている。こうしたキースイッチは店頭で試した程度で比較できるほどの経験がないのだが、ALPS軸とは大きく異なるものだということははっきりしている。それは個人的には何というか世代的な進化と捉えても良いもので、打鍵の軽さ、感触、静かな音(落ち着いた「スコスコ」音 + タクタイル接点を過ぎる際に多少感じるピッチの高い機械音 + 「コトコト」というわずかな底突き音)などは非常に満足できるものだった。ルブのような面倒な手を加えなくとも十分以上に実用的、かつ優れた使用感を持つものだ。何より当初比較検討したHHKBよりも全ての面で良いと個人的には感じる。メカニカルキーボード本来の良さを残しつつ、その各要素を洗練させた感じだ。

ZilePC社のサイレント仕様のタクタイル軸、Zilent v2 62g

2. PCBは、キースイッチをはんだ付けする必要のない「ホットスワップ」タイプで、あらかじめRGB LEDが組み込まれたものを選んでいる。はんだ付けはしても良いと一瞬思ったのだが、場合によってキースイッチを変える可能性も考慮して、このタイプを選んだ。なお、PCBのドライバーやファームウェア、設定用アプリなどについては、現状かなり雑なものだと言わざるを得ない。GitHubなどで有志のプログラマーなどがドライバなどを作成してくれているが、これらについては実際に一般人が利用するにはハードルが非常に高い。このため、最近キーボード専門サイトから入手可能なPCBの多くは汎用的にウェブ上で視覚的に設定ができる「QMK configurator」が利用できるようになっている。残念ながら今回購入したGK64X、GK61はどちらも利用できなかった。このためLEDのRGB発光設定などはあまり細かく調整できない。この点については使用環境にもよるが、簡単に設定できるようQMK対応をうたっているPCBを選んだ方が良いだろう。値段の違いはこうした点から来ているように思われる。

3. 個人的にケースは非常に重要だ。現在入手可能な高価な部類の日本製キーボードを試した際、最も残念に思う点がプラスチック製の筐体やケースだ。もちろん、プラスチック製であることそのものに問題があるとは言わない。ただApple Extended Keyboard IIに用いられているような昔のがっちりしたプラスチックと、今日主流のプラスチックの質にも大きな違いを感じるのである。キーボードをコンパクトにして持ち運びも想定したHHKBについては多少理解できるが、コンパクトであるからこそキーボードは一定の重量でズレないようにしたい。フルサイズキーボードのRealForceは大きいがゆえに、プラスチックのしなりが気になる。Extended Keyboard II は多少しなるがRealForceほどではないし、重量が十分以上にあるため全くズレない。今回は非常にコンパクトな60%キーボードであるため、軽すぎると不用意にズレる可能性もある。堅牢さや耐久性の面でもアルミ製の方が高いだろう。また最近のメカニカルキーボード用PCB(プリント基板)はLEDが大量に組み込まれているため、多少放熱についても気にしたい。結果的に使用してみて気付いた点は、切削アルミ製のケースは分厚く、かなり音を吸収するようで、静音化にも一役買っているのではないかという点だ。そして何より、ソリッドな感じが非常に高く、しなりもないため物としての質感に優れている。長く使う道具としての存在感がある。

黒以外にもカラーバリエーションがある。重さは805gあり、かなり分厚く重い。この厚さが静音化にも一役買っているようだ

4. キーキャップはPBT素材のものを選んだ。ABS素材のものよりもサラッとした感触があり、テカリにくく高品質であるという。1台目のセット用には2色成形のキーキャップ セット「Skylight」シリーズをDROPで注文した。2色成形は文字部分を別の素材で埋め込むため高度な技術が必要でコストも高くなるが、擦れて消えることがないためキーとしての耐久性も高い。このセットは墨色に近いダークグレーと濃いめのグレーの2色のセットで、文字部分は半透明の素材が埋め込まれており、光が透過する。(ただしLEDがオフの状態だとこの文字部分はほとんど見えず、HHKBの「墨+文字無記載」に近い状態になる)文字のイルミネーションはMacBook Proを使用していて便利な機能の一つであるため、このセットで再現したかった。ただ、今回はブラックのケースに合わせてダークなモノトーンのカラーリングのセットを選んでいるのだが、このように文字部が透過タイプのキーキャップ セットで、黒以外で2トーン以上のセットは他にほとんど見当たらなかった。

何れにせよ、さらりとした感触と、エッジのしっかり立ったキーキャップは、いかにもメカニカルキーボードという感じがあり、かつ打鍵時の感触も良い。

もう一台のものはTALP Keyboardから出ているグレーとライトグレーの組み合わせで、一部に差し色として別売りのキーキャップを数個追加した。HHKBのグレー仕様に、鮮やかな色のキーが数個アクセントになっている、といった感じになる。こちらはもう少しヌメッとした感触の、どちらかといえば古いキーボードによく見られるような触感のキーキャップだ。場合によってはもう少しレトロなキーボードに見られるようなキーキャップセットに変えても良い。これもDROPなどからIBM旧式機などをリバイバルしたような、非常に優れたセットが多数販売されている。

DROP Skylightキーキャップ セット。墨+ダークグレーの他に、黒、ブルー+白、黒+レッドのセットがあり、どれもなかなか魅力的だ

まだ全ての部品が届いていないため、まずは1台目、GK64Xキットの基盤とZilent v2キースイッチを用いて矢印キーのある60%キーボードレイアウトのものを作成してみた。
説明書などは全く入っていないため多少組立手順に迷う。

実際の組み立て

1. ケースからねじ止めされているキースイッチの固定用プレートとPCBを取り外す。プレートは別に用意していたのだが、取り付けられていたキースタビライザー(大きいサイズのキーを安定させるための機構)が準備したプレートに合わないため、そのまま付属のものを使用した。(白色のスチール製のため、ダークカラー仕様のキーの隙間から白く見えるのが玉に瑕)

キットオリジナルの状態。プラスチック製のケースにPCB、キースイッチプレートが取り付けられた状態。すでにキースタビライザーも取り付けられている

2. キースタビライザーをいったん取り外して確認。自作キーボード派はキースタビライザー付きのキーの打鍵感/音が良くないとして、パーツに潤滑剤を塗布したり(ルブ作業)、布テープを基盤とスタビライザー基部の間に貼る(バンドエイド作業)のだが、どうやら工場出荷時にルブされているようなので今回はそのまま使用した。ルブについては、少し面倒なので今回はやめることにする。

PCBをケースに取り付け。今回この手順は間違っていることが後ほど判明。プレート取り付け用のピンネジも外してしまっている。各スイッチ部のLED、ソケットが見える

3. プレートにキースイッチを取り付けていく。今回手順を間違えたのは、プレートを取り外した後にPCBを先にケースに取り付けてしまい、プレートにキースイッチを取り付けたものをPCBに押し込む(キースイッチの端子をPCBの端子ソケットに差し込む)形に進めたため、端子がうまく挿さっっているかを確認できなかった点。キースイッチの取り付けが進んでいない状態だとプレートがしなるため、スイッチをまっすぐ差し込むことが難しい。PCBはケースに取り付けずにプレート+キースイッチと組み合わせ、キースイッチの端子がきちんと刺さっているか確認してからケースに取り付けるようにするのが正しい手順のようだ。
実際、完成後に機能しないキーがかなりあり、キースイッチを取り外してみると端子が挿さらずに折れ曲がった状態になっていた。もしキースイッチを交換することを想定していないのであれば、ホットスワップタイプのPCBは避け、はんだ付けする(その際に端子が挿さっているかを確認できる)方が良いかもしれない。長期使用の点でもホットスワップタイプは多少懸念が残る。

キースイッチをプレートに取り付け後、キーキャップ をはめ込んでいく。今回はキーキャプをはめてからキーの動作を確認したが、キースイッチを取り付け完了した時点で確認し、スイッチの取り付けに問題がないか確認した方が良い

4. キースイッチが取り付けられたPCBをケースに取り付ける。

5. キーキャップをはめていく。これはサクッと進む。

6. キーキャップ を全てはめ込み、USBケーブル(現在はType Cが多い。デバイス接続側はType A)を繋いで完成。うまく作動するかテストし、続いて各種の設定を行う。今回この設定部分でつまづいたのだが、これは自分がMac使いであるからで、細かい設定(ファームウェアに設定を書き込むことでアプリなしで機能するようにするなど)は行えていない。(GK64基盤のドライバや設定画面はかなりひどいらしい。またWindowsオンリーのようだ)

横から見る。スカルプテッドキーキャップ によりキー表面がカーブを描いている。打ちやすさに差が出るはずだ。ケースのデザインも存在感がある。しかしサイズの合うShiftキーのキーキャップがなかったのは痛い

キー設定については「Karabiner」というキーボード設定アプリを使用してキーアサインしている。キーボードのRGB照明については、当初よりカラフルな表示はさせるつもりはなかったので、指定されているFnキーとのキーコンビネーションで最低限の設定変更を行い、ブルー単色、常時点灯設定にしてある。時々カラフルな表示をさせても良いだろうが。

そして完成

こうして、一時試行錯誤しながら(キースイッチの取り付け不良の修正作業に多少時間がかかった)完成し、この文章も今回作成したもので書いている。
キーの打鍵感はかなり軽く、Zilient v2はタクタイルと言いつつかなりリニアな打鍵感に近い。この点についてはベストとは言えないが、大きな不満は感じないし、この軽さは指には良いだろう。
音は非常に静かで、消音クリーム軸を使用しているExtended Keyboard II よりも相当に音が小さい。カタカタ音はほとんどなく、タクタイルスイッチのバネ音が少し目立つが、個人的には静かで良かったと思っている。
光を透過するキーキャップについてはMacBookを使用しているとやはり便利だ。スリープ時にはほとんど文字は見えないが、起動すればかなりくっきりと透過した光で文字が浮かび上がる。CapsLockキーのLEDも見やすく、光らなくなり文字種切り替えもできなくなったExtended Keyboard II のCapsLockキーから大きく進化した(元に戻った)。

RGB設定などしていない、接続直後のイメージ。このようにカラフルに点灯するが、自分には必要がないので変更する

今回完成品に1つ問題があるとすれば、キーキャップだ。60%用のセットではなくフルサイズキーボード用のセットであるため、今回の文字配列に対応しないキーがいくつかあった。特に左右の各シフトキー、右側のCmd、Altキーは対応するものがないため、仕方なくサイズが合うもので代用している。基本的にはブラインドタッチでキーボード盤面は見ないために問題はないが、完成度という点では多少がっかりな状態である。

2台のキーボードを並べてみると、そのサイズの違いに驚く。数字キーについては設計用途などで必須になるため、同じKBDfanからテンキーキーボードのキットも注文した

部品が届き次第、もう一台を組み立てる予定なので、これも完成したら紹介する。また、自作キーボードに合わせてケーブルも最近人気のカールケーブルを作ってみる(あるいは購入)予定だ。

何れにせよ、既存の一般的なキーボードの品質に疑問を抱き、苦労を厭わずにパーツを集めて自作し、ルブなど手間のかかるModを施し、打鍵音を録音して動画を配信している若い世代の人を見ると、最近のアナログレコード/カセットブームや真空管アンプの人気と通じるものを感じる。レトロでクールと感じたものが、実はコストも品質も伴った現在の製品よりも面白く、優れたものだったと気付くことは、非常に有意義なことではないだろうか。(ちなみにアメリカでは高校でタイピングの授業が必須ではないが選択科目としてあり、大学で大量の論文を書く準備をさせられる)
多少行き過ぎの感じも一部のYouTuberからは感じるが(いくつ作ってんだこいつ)、健全なホビーには違いないと感じた。

リストレストは必須。メカニカルキーボードはキーキャップ の高さもあり、ケース自体の厚みと合いまってかなり背が高い。今は60%キーボード用のリストレストもいろいろ販売されている。

追記

アビエーションコネクタとコイルケーブルを用いたUSBケーブルを入手した。自作キーボード派の間ではケーブルも自作することがはやっていて、とてもよくできている。今回は購入したのだが、自作キットを注文してしまった。。。

普通のUSBケーブルにスリーブを重ね、独特なメッシュの風合いを持つ仕上げのUSBケーブル。コイル状にした部分と普通のまっすぐな部分を、航空グレードのコネクターでつなぐのが流儀らしい
大きさなどで数種類ある。これは黒く塗装されたものだが、いろいろなカラーがある。これはGX16というタイプだが、より精巧な感じがするYC8というコネクターもある

真空管アンプを組み立てた Triode TRK-3488というキット

何年も放置していた当ブログ。実際めんどくさがりの自分には短く毎日何かを書く、みたいな習慣は身に付かない。どちらかと言えば、何か思ったことを少し寝かせながら考えて、一まとめに書く、というスタイルである。このやり方の欠点は、「思ったこと」がいくつか重なるとあっちこっちに思考が飛ぶので、結局のところまとまらないでいつの間にか霧散してしまう点だ。

そこで、ある程度テーマを絞ることにした。建築だったら建築、音楽だったら音楽、オーディオだったらオーディオを大きなテーマとして、その中でもう少し具体的なテーマを選ぶ。オーディオ → 真空管アンプ、みたいな感じで。それならばもう少し、備忘録的にでも書く気になるかもしれない。何かをやった日には、書きたくなるではないか。

というわけで、久しぶりのブログのテーマは「オーディオ」、そして今回は真空管アンプである。最近、オーディオ界隈では多少の広がりを見せている真空管アンプであるが、ニッチであることには変わりがない。それでいて、非常に奥の広い世界が広がっている。枯れた技術であるが、そこに魅力がある。アナログレコードのブームもかなり定着した感があるが、そこに通じるものがある。というか、アナログレコードとセットに考えられそうなのが真空管アンプである、と思う。

真空管 Triode TRK-3488_11

Triode社には多くの真空管アンプがあるが、キット製品は時々販売されるモデルのみで、これは真空管 EL34 とKT88を差し替えて使えるモデルである。

ネットで調べてみると、うかつには手を出せない奥の深さがある(手は出ても金は出ないので)。アナログレコードの魅力の1つに「大きなレコードを手に取り、ジャケットからうやうやしく取り出してプレーヤーに置く」一連の動作=儀式」があり、さらにはCDにはない、ましてやデジタル音源からは得られない感覚としてレコードの重さや大きなジャケット、盤面の迫力、温かみのある音といった「何か」別の満足感がある。そして、レコードプレーヤーの繊細さ。カートリッジを交換すれば音が変わり、その微細な信号をいかに増幅して再生するかに苦心する。その一連の流れや作業そのものがアナログレコードの魅力であり、そこにデジタルではなく「アナログな」真空管アンプを加えてみたいと考えるのは自然な流れなのかもしれない。音楽を聴くことがいつの間にか生活の空気のようなものになり、それはそれでいいとしても「じっくり」音楽を聴いて楽しむことが減ったように思うが、久しぶりに「スキップ」したり「選曲」することもままならないレコードで聴いた「音楽」は、かつてないほどに心を打つものだった。

真空管 Triode TRK-3488_9

真空管はかつて普通の電気部品であったものの、次第に別のより効率の高い部品に取って代わられていった、古い製品である。(ギターアンプなどでは今も第一線で活躍しているが)10年前であれば、白熱電球はまだ市場に存在したが、それが蛍光灯型になり、今やLEDに取って代わられた。真空管は白熱電球に近い部品で、電球よりもさらに早く一線から退いたはずが、今や古いほどヴィンテージとして高値で取引されるものになっている。まだ古い電気機器が広く使われている旧東側諸国や中国ではまだ製造されているが、日本では現在製造している会社は残り少なくなっている。

真空管アンプの仕組みについてはあまり深追いしないことにしたが、製造メーカーの違いで真空管を楽しんだり、交換して楽しむ世界があると知った。そして調べていくうちに、自分でアンプを組み立てたり(できる人は当然回路図から設計する)、それを一部楽しめるキットがあることもわかった。それがわかると、どうしても完成品を買うだけでは満足できない気がしてしまう。かといってゼロから作り上げることは自分の知識では難しい。そうして探し当てた製品が、Triode社の真空管アンプキットであり、いろいろ考えた上その中の「TRK-3488」を選択した。

このキットは多分、ちょっと電気工作をしてみたいという、初心者に向けたものだと思う。その代わり、完成した製品は組み立てキットにありがちな「ガレージ感」ではなく、売り物としてのデザインや品質のクオリティを追求したものになっている。塗装の仕上げや前面・背面パネルの質感も良い。難しい部分はすでに組み上げられており、回路も基盤化されているので、部品を基盤に半田付けしていくだけである。ていねいに番号付けされた部品を対応する基盤の番号位置に取り付け、半田付けしていくだけである。半田付けをあまりしたことがない人でも、基盤に差し込んで半田付けするだけで良いので、進めていくうちに慣れてうまくできるようになるはずだ。そして、週末1日をかければ完成する分量なのもうれしい。十分な達成感も得られる。

真空管 Triode TRK-3488_1

キットはここまで出来上がった状態で送られてくる。

抵抗やコンデンサー、ケーブルなどが分別され、番号付されている。

抵抗やコンデンサー、ケーブルなどが分別され、番号付されている。

基盤をいったん取り外し、基盤上の番号に合わせて部品を取り付けていく。半田付けは可能な場合は表裏に施す。

基盤をいったん取り外し、基盤上の番号に合わせて部品を取り付けていく。半田付けは可能な場合は表裏に施す。

部品を番号に合わせて取り付け、半田付けしていく。それなりの量があるが、番号付されているので迷うことはあまりない。

部品を番号に合わせて取り付け、半田付けしていく。それなりの量があるが、番号付されているので迷うことはあまりない。

部品を全部取り付けた後、本体に戻す。後はケーブルの結線のみ。

部品を全部取り付けた後、本体に戻す。後はケーブルの結線のみ。

部品の取り付けよりもケーブルの結線の方が難しかった。オーディオ用のはんだは2m用意していたが、ギリギリの量。

部品の取り付けよりもケーブルの結線の方が難しかった。オーディオ用のはんだは2m用意していたが、ギリギリの量。後は底板を戻し、これで組み立ては終了。

組み立て後、電源のLEDが光らない不具合があったが、これはソケット付きのケーブルの差込が逆なだけだったのですぐに治った。真空管がほんのりとオレンジ色に光を放ち、温かくなったのちに音楽を再生する。初めて音が出た時の満足感は、やはり完成品の場合とは違うなんとも言えないものがある。苦労した甲斐があるというものだ。

ほんのり光る真空管。初めての体験。

ほんのり光る真空管。初めての体験。

まずはアナログレコードの音を聞いてみると、やはりいつものトランジスターアンプとは音が違う。まだエージングも済んでいないだろうが、いつもよりもだいぶ陰影が濃い。もちろん、最近いつも使用しているスピーカーではなく以前のスピーカーを引っ張り出してきたこともあるだろうが。これからも音が変わっていくだろうし、真空管を変えて遊んでみるのもいい。

重さもあり、いい高級感と精密感があって、いいオーディオ機器を所有する所有感も得られる。

重さもあり、いい高級感と精密感があって、いいオーディオ機器を所有する所有感も得られる。

ただかなり熱くなる。夏に使うのはよろしくないという情報はその通りらしい。そこも逆にアナログらしいところであり、一日中絶え間なく音楽を流すような最近の聴き方には向かないが、レコードを1枚、通しで聞いたりといった、「集中して音楽を聴く」聞き方には向いている。

音楽サーバー(I O DataのSoundgenic) に取り込んだデジタル音源もこのアンプで聞いてみた。スピーカーも違うので一概には言えないが、最近聞いていた音と比べると粗さもありつつ、濃淡の濃い音が聞こえてくる。
これで性格の違うシステムが2系統になったので、聴く音楽によって変えてみるのも良いかもしれない。

巣篭もりが充実する、良い物を手に入れた。

千葉県多古町の古民家改修 その6. 裏庭の作業小屋 6. Workshop in the backyard

今回民家を改修してくれた棟梁が、借地に建てていたために立ち退きの際、取り壊さなければならなくなった木材加工の作業小屋を、裏庭の空いたスペースに移築してくれることになった。

The master carpenter who renovated the old Japanese house was told to leave the place he built his workshop—the land space is not his own, he had been leasing the lot. It is unfortunate but he had to demolish the workshop—then there is the backyard of my house, which is so wide open.

最初の柱と梁はロープで立ち上げた。柱の乗る土台は、地中に埋めた杭に乗っている。The first set of columns and beam was set by rope. The ground foundation is fixed on top of those piles set in the ground.

日本の伝統的な木材建築で最も特筆すべき点は、木組みによる木材の組み上げによって建ち上がる構造物が、解体すれば部材ごとの「部品」に戻り、再度組み上げることができるという点にあるかもしれない。今回のプロジェクトではそれを強く通関させられた。鉄筋コンクリート造りなどの建築物ではこうはいかないのである。

The most significant advantage of wooden construction found in Japanese traditional architecture is that the once built structure can be disassembled into pieces of wooden part, and if wanted, those pieces can be reassembled in order to rebuild it in similar manner. I strongly realized with this point in this renovation project—it can not be done in construction method such as reinforced concrete building.

棟梁は建物を丁寧に解体し(というより分解と考えたほうが良い。最近の「解体」は建物を破壊する方法を採るからだ)構造や部位にしたがって各部材をまとめ、部材の合わさる場所と組み合わされる部材どうしを記号や数字で示しておく。こうすることで、再度組み上げる際にどの部材のどこがどう組み合わされるべきか、瞬時にわかるようになるのである。

The master carpenter disassembled the workshop, put those pieces in manageable order by numbering, marking and grouping according to the structural, functional roles. By doing so, it can be instantly figured out that how each piece of material can be put together and fit.

重い部材は伝統的な三叉を用いた。単純な装置で、二本の長い木材を三角形に起ち上げ、滑車を吊るして木材を引っ張り上げる。以前はこうした装置で大規模な寺院や城を建設していた。Heavy materials were set by traditional wooden crane–it is a simple instrument by using two wooden poles fixed in a triangle, with pulley pulling up the material by rope. This is how traditional building, even a large scale temples or castles were constructed.

組み上げられて数十年を経た木材は、その木の特性によって特定の癖を持ち、歪みやねじれが生じている。例えば、太陽光にどのように当たっていたかーー太陽は東から昇り西に沈み、一日の中でも日射の強さや温度差がある程度一定に変化するため、日光にさらされる建物もその変化によって、長年の間にしだいにねじれが生じてくる。建物として部材同士が組み上げられている際にはその歪みが抑えられているものの、解体すると一気にその癖が顕在化するのである。
Each piece of wooden material has its own, peculiar distortion after years. Such distortion could occur in various reasons—for example, the sun orientation could dry or heat a building in different manner—as the sun travels from East to the West, climbing higher in the sky to heat the ground or building structure in inconsistent manner. While distortion of each piece is suppressed when put together with other piece, such distortion becomes significant when disassembled.

三叉を使い、奥から手前に三叉をずらしながら梁を渡していく。Using the wooden crane, from the back to the front, the set of beam-columns was fixed one by one.

今回はスペースの問題で重機が入れないため、伝統的な方法で棟上げを行った。三叉と呼ばれる二本の長い木材を三角形に組み、滑車を使ってクレーンにして重い梁材などを持ち上げるのである。重機は建設の効率化を一気に進めた立役者ではあるが、こうした伝統的な方法でも十分、建設することが可能であることが今回わかった。重機は安くても買えば数百万円、借りても日毎数万円するところ、たった二本の長い木材と滑車、ロープがあれば数人の人力で相当に重い部材を持ち上げることができる。実際、昔はこうした方法で大きな寺院さえ建設していたのだ。

During this reconstruction, any heavy equipment could not go into the backyard, thus we used more traditional method. By using two long wooden pieces put together in triangle shape, along with ropes and pulleys, even heavy pieces of wood can be lifted up by a few people. Actually, even a large temple or a castle were constructed by using such equipment.

シンプルな柱+梁構造に、筋交いを立体的に組み入れることで全体を補強し揺れを防ぐ。木材に歪みがあるためなかなか組み上げにくいものの、歪み方向にロープで構造を引き戻して歪みを補正した上でこれら筋交い等を組み上げていく。 By fixing those diagonal braces, the entire building is fixed in position without distortion. It is hard to fit those braces because of the distortion, but once it is set, the structure is solid and distortion-free.

土台は布基礎の上に置くのではなく、2mの木製の杭を地面に打ち込んでその上に置いている。木の杭は確かに地面から上の部分が腐食する可能性があるものの、地中部分はほとんど腐食しない。また杭を使いベタ基礎にしないことで、風通しの良い状況を作ることができる。
土台の上には柱と梁を先述した方法を用いて組み上げ、その後屋根部を組み上げていく。

Ground sills are fixed on wooden piles, rather than using concrete foundation. Those piles in 2m long were hammered into the ground—while wooden pile could be deteriorated at the part above the ground, the part in the ground would not be decayed. (actually, wooden piles have been found in the ground from remains of old buildings, some several thousands years old)
On top of the ground sills, columns and beams were assembled by using the method described above.

梁の上には束を立て、棟木を渡していく。高さがある小屋のため、重い部材を持ち上げるのは骨が折れた。それでも棟梁は細く揺れる足場の上で、バランスを取りながらこれらを組み上げていくのだ。On top of the beams, roof supporting piles are fixed and roofridges were placed. Those heavy materials were hard to bring up to the roof level, although the master carpenter even walks around on the narrow and shaking scaffolding…

木材の歪みにより、組み合わせることが難しい部位も出てくるが、ロープを使って建物の各部を引っ張ることで対応することができる。組み上がった部分も下げ振り子等を利用して歪みを測り、計算しながらこうした歪みを取っていく。

Some part of the building can not fit well because of distortions, but those can be fixed by pulling or pushing some part of the building. We managed to get it right.

それにしても、二日目の棟材や束の持ち上げには骨がおれた。棟梁は下から相当な重さのある部材を引き上げ、場合によっては高い梁の上でアクロバチックに長く重い部材を回転させたりしているのだ。とても一中一夜で習得できるものではない。

It was quite tiresome to pull up heavy wooden pieces. Master bring up to the beams and locate those on the particular places. The “dance” of the master can not be learned in short period of time.

棟木が組み上がれば、後は垂木を渡し野地板を貼っていき、屋根の下地を作る。Once the roofridge is in place, then rafters are fixed and roof sheathing boards are set.

屋根下でも木材加工時にじゃまにならないよう、階高と屋根が通常よりもかなり高くなっている。これから屋根を貼り、壁を貼っても相当な開放感を得られる作業小屋になるだろう。

The height of the beams and roof was determined based on the type of works to be done in the workshop. Long wooden pieces can be moved around the workshop. The workshop will be wide-open building.

続く。
To be continued.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉県多古町の古民家改修 その5. 建物の間取り 5. Space configuration of the original / new building

民家の改修は最終段階に入っている。(レポートは完全に周回遅れ)数枚だけ現場写真を紹介しつつ、今回は建物内外の進捗状況についてはいったん脇に置き、建物の間取りについてのレポートになる。

The renovation of the old Japanese house is now at the final stage. (while the report is so behind…) I introduce one photo of the current condition, yet this time I am going to report the “space/configuration” of the building.

夕闇迫る時間に撮影。まだ障子紙は貼っていないので、夜、障子紙を通じて見える姿にはなっていない。外部仕上げについては今後。In the evening light.  The shoji screen panels were not yet finished with translucent paper, thus it is not yet a final view of the building.

夕闇迫る時間に撮影。まだ障子紙は貼っていないので、夜、障子紙を通じて見える姿にはなっていない。外部仕上げについては今後。In the evening light. The shoji screen panels were not yet finished with translucent paper, thus it is not yet a final view of the building.

以前の平面プランと新しい平面プラン

Original building plan and the new floor plan

1. 構造を残して建物の内装を剥がした際、いくつか当初の遺構が残っていた。畳下の野地板の下には、石を積んで漆喰で固めた囲炉裏が部屋ごとに一つずつあり(計2つ)煮炊きをしたり、暖を取ったりしていたのではないかと思う。建て増しした下屋にあったかまどは現在も販売されている新しいものなので、独立した厨房は当初は備えられておらず、後ほど加えられたものと考えられる。今回、厨房エリアは居間よりも一段低い床仕上げとし、天井の小屋組を見せつつ壁で仕切って充分な作業スペースを取った。

1. When the interior finishes was removed from the structural elements, there were some left over elements of the old condition.  For example, there were fireplaces on the floor by stacking up stones (at each room of the two living rooms) for cooking, dining and warming at the fire.  The stone cooking stove appeared to be quite new, which is still sold in today’s market–this area was also added in recent renovation.  The new kitchen area has a floor height slightly lower than the level of the living rooms, while the ceiling’s roof structure is exposed to maintain the height of the space.

 

建物のオリジナルの状態と、追加部分を示している。

建物のオリジナルの状態と、追加部分を示している。

2. 風呂場はブロック積みの基礎で固められているため、ごく最近の施工だろう。厨房と居間の間に1.5間の玄関があるが、ここはコンクリートも打たれていない土間そのもので、その上に土台が置かれ、下地板が置かれているだけの簡易施工だったことからも、居間部分と厨房・風呂場まわりはかなり後に増築したものだろう。1.5坪あったスペースは1坪の風呂場と0.5坪のトイレに分け、古いトイレ位置には広めの洗面スペースを取っている。

2. Bathroom area is constructed with concrete foundation, therefore it is the latest addition to the building.  The original entrance area was simply a soil ground without any covering, with a foyer space with just a basic foundation + flooring composite panels.   This foyer space is actually the most important connection point to access the living space, kitchen, bathroom areas, therefore the new design kept the space and emphasized its functionality by introducing walls to separate the space from the entrance and kitchen area.  (sliding doors with translucent glass were kept to close the entrance area)  The original traditional style toilet was completely removed, providing a large powder room area, which also clearly separate the bedroom and bathroom areas.  Large bathroom was separated to provide a modern toilet space.

 

3. トイレは建物脇の外部に独立した屋根付きの厠があるのだが、利便性を考えて増築時に部屋の一部を区切って、非常に簡易的なものを造り付けたとみられる。これは完全に撤去した。

3. Actually, there was an exterior toilet/storage shed outside of the building on the west side.  This shed was demolished to clear up the space for larger open space in front of the kitchen with a large view window.

新しい平面図。周り廊下を居間スペースに取り込んでいる点、玄関による各機能スペースへのアクセス、水回りが大きく変更されている。

新しい平面図。周り廊下を居間スペースに取り込んでいる点、玄関による各機能スペースへのアクセス、水回りが大きく変更されている。

4. これまで居間と建て増し部分の隙間であるかのようにきちんと仕上げられず打ち捨てられていた土間玄関はコンクリート打ちし、式台と上がり框を廻して来訪者が時に腰掛け話が出来る場所として、家の顔として機能する玄関になるようにした。ここでは屋根裏の小屋組を見上げることができ、さらに屋根の天窓から光が射しこんで明るい。居間部分の大きな縁側と共に、気軽に来訪者を迎え入れることのできる玄関となった。

4.  The entrance is now clearly defined by setting concrete floor finish with entrance porch outside of the large sliding entrance doors.  The entrance is large enough to be used as a welcoming space to sit down on a platform mediating the floor hight differences of the entrance/foyer/living room.  Also, this is the best area to look up the exposed roof structure, while a top light is taking the plenty of daylight into the space.

入り口周り。土壁は以前に合板で覆われていたが、新たに杉板で仕上げている。詳細は今後。Entrance.  Mad wall (bamboo reinforcement inside) was covered by veneer panels, but this time it is renewed by cedar wood panels.  Details to be in the next entries...

入り口周り。土壁は以前に合板で覆われていたが、新たに杉板で仕上げている。詳細は今後。Entrance. Mad wall (bamboo reinforcement inside) was covered by veneer panels, but this time it is renewed by cedar wood panels. Details to be in the next entries…

 

5.  下屋になっている回り縁はもともと板敷きで、これまでは畳敷きの居間部分とははっきりと分けられていた。下屋であることから居間周りに後付されたものと思われ、しっかりした基礎や構造が設けられていなかったため歩くと沈み込んだりきしんだりしていた。今回、構造を建物本体部分と一体化し固定、また構造部材を増やして歩いた際に不快な沈み込みが起こらないようにした。さらに居間と同じ床仕上げとしているため、居間の付加要素であった回り縁が居間の一部に一体化された。障子を閉め切れば居間と区切ることもでき、冬などの寒い時期に空気層として断熱に寄与することだろう。なお建物東面は雨戸の造作を変えて壁としているため、開け放つことも可能。また閉めきった時のために、明かり取りの白色ポリカの小窓を2面設けた。

5.  The original corridors attached to the living rooms have lean-to roofs, with fully operable glassed sliding door on the south side and opaque storm door panels on the east side.  (Translucent panels were put on the storm door panels) This part of the building was originally finished in wooden floor, while the structure was weak as it was not fully fixed to the main part of the building.  This time, its structure was revised and fixed so that the floor is continuous from the main living space.  (There are doorsills for sliding shoji panels in order to separate the space from the living space in winter time.

建物東面は雨戸を作り直し、開け放つことのできる壁とした。朝方の光取りとして半透明のポリカ板を二箇所に入れている。East side is fixed with operable sliding doors.  There are two translucent windows for light intake in the morning time.

建物東面は雨戸を作り直し、開け放つことのできる壁とした。朝方の光取りとして半透明のポリカ板を二箇所に入れている。East side is fixed with operable sliding doors. There are two translucent windows for light intake in the morning time.

6.  二間の居間(各8畳)の北面には二間の6畳間がある。一間はふすまで仕切られ、もう一間は障子と造り付けの仏壇及び障子戸によって居間と仕切られている。下屋的に一段低く伸びている屋根の姿がそのまま部屋の天井に現れており、片流れ状の天井と梁がによって屋根裏的な、プライベートな雰囲気のある部屋になっている。また、大きな開口の腰窓が北面に拡がり、大きな裏庭を見渡せる。

6.  There are two bedrooms on the north side of the living space.  One is separated from the living space by “fusuma” sliding panels (opaque sliding panels) while the other is separated by “shoji” sliding panels. (Translucent sliding door in Japanese traditional paper) Those two rooms have a lean-to roof with exposed beams, thus it has the atmosphere of an attic space with a view to the wide open backyard full of trees.

 

今後は、回り縁状の廊下の先にウッドデッキをつなげて建物内外をさらにゆるやかに連続させ、建物北面にも裏の広大な庭を楽しめる屋外デッキを追加していければと考えている。そして将来的には、建物北側の大きな敷地には、わたり廊下を中継して連結される別棟を追加していきたい。

As a next stage of the renovation project, I would like to introduce a wood deck in front of the living rooms to expand the interior space to the exterior space.  Also, the north side of the building could have a deck space to enjoy the natural environment of the backyard.  An extended corridor would be introduced when annex is constructed.

 

千葉県多古町の古民家改修 その4. 基礎補修と補強 4. Fixing and reinforcement of base structure

一間につき一本の大引。床支持部材が現在の一般住宅より少ないため建物の歪みや床の不安定さにつながっている。 One piece of header joist per room. The number of the floor structure is few compared to today’s houses, therefore the distortion of the house/ room, floor shakiness is obvious.

建物の問題の一つに、古い建物故の基礎構造部材の少なさがあった。前回触れたように、屋根構造は重量のある茅葺き屋根を支えるための非常にしっかりとした構造部材が用いられているが、床下構造は当時一般的だった一間につき一本の大引(床下の水平部材で、床板を貼る根太を取り付ける部材であるとともに床部構造の補強、重量分散の役割がある)しかなく、室内を歩くと床がしなり建物が揺れる状況だった。

One of the problem of this building was the lack of essential structure elements at the foundation parts.  As I have mentioned, “roof” structure is overly massive in order to support heavy reed roofing.  However, the foundation part has much less structural element–the number of header joist is just a single piece for a room, therefore the floor was cushy and shaking when I waled in the rooms.

大引を一間につき2本ずつ追加し、3本ずつとする。また、一本の大引につき中央に一つの束石だったものを、2つ追加し3つ(束3本)とする。

またもう一つの大きな問題は、長年重みのある屋根構造を支えてきたためにもともと貧弱な基礎構造が場所により沈み込んで、建物に大きな歪み(傾き)が発生していた。まずは全ての床・床構造を取り払い、ジャッキで持ち上げて水平を出した後、歪みを補正する部材追加作業を行った。

Another major issue is also about the structural issue, as some parts of the building are sunken without maintaining a horizontality.  The first step was to remove all the base structure of the floor area in order to jack-up sunken parts.  After that, structure elements were added to keep horizontality–footings, infills to close the gaps.

ジャッキアップによる傾き補正。既存床構造を取り払った後、歪みや傾きを補正するためにジャッキアップし、束石などを追加・変更して水平出しする。 Jack-up the structure in order to achieve horizontality of the building. The gaps derived from the jack-up operation are filled by footings or other materials.

大引は一間につき一本だったものを、二本ずつ増やして一間につき三本とした。これに合わせて束や束石も加えることで、建物全体の重量分散を促し、床構造の強化を行った。大引を加えたことで根太、その上に貼る野地板が安定し、建物内を歩いた時の不快な建物の振動を防ぐことができる。また、居間を取り囲む廊下部分も構造材の欠如から床の沈み込みや振動がひどいが、部材を追加することで居間との接続部を補強し、振動を抑えこもうとしている。

Two header joists are added for each room–achieving three pieces per room.  As the joists are added, posts and footings are also added; therefore floor joists pieces are more securely fixed to the header joists to support the floor surfaces better; as a result, uncomfortable vibration and shake of the building is eased.

Also, the gallery hallway going around the living rooms is fixed more securely to the main structure in order to prevent from the shaking of the flimsy floor.

一部の束石上土台を入れ替えている。 床下は乾いており、木材の傷みはそれほどない。 Some foundation pieces are replaced, but basically wooden pieces are in fine condition because of the dryness of the underfloor area.

下屋を支える柱の束石変更。押入れ部分で柱の傷みには目をつぶっている。ただ、建物の沈み込みを防ぐため基礎部は補強として入れ替えている。 The foundation part of the additional storage space is renewed. Although it is not so important as a space, the foundation is strengthened in order not to make the building sunk at this part.

大引の追加。 Added header joists.

根太の入れ替え。大引の追加後、根太を加えていく。大引が増えたためにしっかりと根太が固定され、断熱材も入れやすい。 Floor joists are added on the header joists. Now those floor joists are securely fixed to the header joists, so that the floor will be solid.

床下の囲炉裏跡。古くはここに囲炉裏があったようだ。この部分の野地板は切り欠かれていたため、畳がさらに沈み込んだ。大引を追加するために撤去した。 Old fireplace. It was no longer used once tatami mat were placed on top. It was removed for placing header joists.

年代物のジャッキ。現役である。 Old jack up instrument–it is still in use!

 

千葉県多古町の古民家改修 その3. 屋根改修 Old-house renovation 3. Roof

屋根工事1 内装などを取り払った後、屋根を葺き替える工事に入る。 出し桁や小屋組の様子を見る限り、元々はかなり重く重厚な茅葺きであったと思われる。通常、平屋の長屋に用いられる小屋組は非常に単純で、屋根の切妻方向に向けて支持材を入れることは無い。さらに、出し桁により壁面よりさらに大きく屋根を張り出すことも屋根面積の増大、重量増に繋がるため瓦葺きの平屋では稀だろう。そうなると、茅葺きの大きな屋根を支えるための非常にどっしりとした小屋組・出し桁構造と想定される。

After removing the replacing fixtures/interior finishes, the renovation proceeded to the roofing. Judging from the pole plates extended out from walls and the roofing structure, it seems that the original roofing was done by reed roofing in massive volume. Typically, roof structure for a one-story high building in this scale is quite simplistic, and it is rare to find the gable structure in such complexity. If the roofing is done by clay tiles, it is hard to imagine the case “to increase” the roof area, which adds more weight. This is why the original state of the roof is considered to be reed roofing.

下屋から改修を開始  赤いペンキの屋根部分が残念感を漂わせる

下屋から改修を開始 赤いペンキの屋根部分が残念感を漂わせる

維持に多大な手間と費用のかかる茅葺きは次第に消えていった。この民家の場合、瓦葺きにすると重量の点で問題があり、またコストもかさむため、トタン板による屋根の張替えを選んだのだろう。残念なことだが、非常に重厚な小屋組に対し、木材を薄く削いだだけ、あるいはベニヤ板による野地板張りの上にトタン板が張られていた。野地板とトタン板の間には防水シートがひかれていたものの、トタン板は短いものを用いたために重なり部分から雨水が染み込んで腐食が進み、隙間だらけの野地板からところどころ雨水が漏れ、屋内の天井の一部が傷んでいる。

However, costly, and difficult to maintain reed roofing gradually disappeared. This particular building appears to be limited to utilize sheet iron for weight and cost reasons. It is unfortunate to see the gap between the bold roofing structure with such a low-quality roofing finish–roofer material was quite low in quality, while the sheet iron were in small pieces, which promoted the corrosion at the edges. Therefore, rain water leaked from the roofing to damage the ceilng materials at some points.

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複雑な小屋組 出し桁のために斜め方向の補強材が入っている 新旧の野地板の違いに注目 Complex roof structure for extending out the roof. See the new and old roofer conditions.

今回は、野地板からトタン屋根まで全てやり直す。 経年劣化で表面が剥離してしまうベニヤ板は用いず、裏地を仕上げた無垢の杉板を野地板として用いるため、天井のない部分や下屋ではそのまま野地板裏面が屋内仕上げとなる。またトタン板は棟から軒先まで繋ぎ目のない亜鉛引きの一枚板とし、雨仕舞いの問題を極力抑えるようにするとともに見た目にもすっきりとした仕上げになるようにした。天井のない玄関先の屋根部分には、天窓を一つ設けて自然光を取り込んでいる。 下屋の短い屋根部分、その他出窓や戸袋の屋根部分も同じトタン板で葺き替えた。また以前の屋根に用いられていた傷みのそれほどひどくないトタン板は、建物北面(裏手)及び西面の外壁に再利用し、コストを抑えている。

This time, entire roofing was replaced. Usage of plywood would cause the issue, as the surface of the plywood tends to peel off; therefore roofer is made from solid cedar with planer finish, in order to avoid any finishing for interior side. Also, gulvanized sheet iron pieces are in a single piece from ridge to eaves edge, rather than multiple pieces used for previous finish, which caused the corrosion at the edges. This also allowed neat, clean-cut finish for the roof. The lean-to roof is also finished by the same sheet iron for integrated appearance with the large roof. A toplight is placed at the position where the entrance area is located. By the way, some sheet irons were still in a condition to be used for other purpose; those are used to finish the exterior wall of the north side and west side of the building.

下屋部分 野地板がそのまま見えている Lean-to roof area of the inside.  Roofer "is" the ceiling finish of the interior.

下屋部分 野地板がそのまま見えている Lean-to roof area of the inside. Roofer “is” the ceiling finish of the interior.

野地板の裏面はカンナ仕上げとしているため仕上げがいらない ベニヤ合板は表面が剥がれ、やり直す必要が出てくる Surface of the roofer is finished so that no finish needs to be applied.  Veneer sheet tends to get its surface peeled off.

野地板の裏面はカンナ仕上げとしているため仕上げがいらない ベニヤ合板は表面が剥がれ、やり直す必要が出てくる Surface of the roofer is finished so that no finish needs to be applied. Veneer sheet tends to get its surface peeled off.

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トタンは棟から軒先まで一枚で、継ぎ目を無くして雨仕舞を良くしている Sheet iron are in a single piece from ridge to eaves in order to avoid water leakage.

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大きな屋根面は下屋部分も含め、すっきりとした直線基調が美しい Roof is now regaining its solid, linear quality.

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建物北面(裏手)大きくすっきりとした屋根面は、いろいろな面を持つ壁面と良いコントラストを成す まだ使える古いトタン屋根板は、この壁面の表面仕上げに再利用している The simple, solid roof now balances well with the wall with variety of surfaces. Some of the sheet iron pieces from the previous roof are reused for the surface finish of the north facade.

 

 

 

千葉県多古町の古民家改修 その2. 建物の現状と改修点 Current condition of the building and its issues

多古 家

屋根の出し桁 軽い屋根を前提とした平屋造りであれば、ここまでの構造にする必要はない 元々は茅葺屋根が載っていただろうとのこと Extended beam of the roof frame. For light-weighted roof on one-story high building would not need such structure. There seemed to be fitted with a thatched roof with heavy weight.

まずは、建物の状態を大工の棟梁と一緒に確認していく。 畳や床の野地板を剥がして構造を見ると、元々は8畳二間 (4坪) にユーティリティ、のいわゆる「長屋」だったものに、6畳二間、下屋になった廊下、その他風呂場や台所を増築しているのがわかる。この8畳二間部分の構造部材はかなり古く、また竹編みの土壁の状態から考えても戦前のもので、築80年以上はたっているようだ。増築部分は部材がかなりチープで、構造も最小限、仕上げもプリント合板などが使われていることから、増築は戦後しばらくたってからのものと考えられる。風呂まわり、トイレまわりはコンクリートブロック積みのため、かなり最近加えたものだろう。

この建物に惹かれた一番の理由は、屋根の構造である。切妻型の屋根は長屋にしてはかなり立派な出し桁で大きく張り出す形になっており、元々は重い茅葺き屋根を支えていたのだろうと棟梁は言っている。土間部分には天井がないため、屋根を支える小屋組がはっきりと見えるのがいい。

First of all, the condition of the building needs to be judged–master carpenter is in charge here. As we looked at the structure of the building after removing floor, it became clear that originally the building has two main rooms (eight tatami-mat space = about 13 sqm) with other utility spaces, and additional rooms (6 tatami-mat space = about 10 sqm) and corridor gallery, bathroom, kitchen were added later. The original part appears to be quite old as we looked at its structure materials, probably built much earlier than the WW II–more than 80 years old. The additional part has much cheaper, less costly materials with newer finish, therefore it was done after the war. Bathroom area is the only part in this building with concrete blocks, thus that part was added quite recently.

The most attractive part of this building is its roof structure. Roof frame has extended girder exposed to the exterior of the building, probably because the original roof was a thatched roof with heavy weight. This roof frame is partially exposed inside of the building, and its beams and girders are quite massive for one-floor building. Visible frames are quite impressive and beautiful.

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なお改修にかけられる予算は「解体費用と同等」という非常に限られたものなので、まずは一番手直ししなくてはならないものを建物の状態から判断する。

We tried to decide which part of the building should be fixed for now, within the tight budget.

1. 屋根:屋根は現在は古いトタンで葺かれている。赤いペンキを塗ってあるものの錆が盛大に出ているため、全て張り替えることになった。また野地板がきちんと張られていないため、錆びたトタンの隙間から一部雨漏りがしている。野地板を含めた張替えとなる。

1. Roof : currently the roof is finished by a corrugated tin roof material, later painted by red paint. However, now rust is damaging the entire roof. In addition, sheathing boards were not well executed and the boards were too small to cover as the base of the roof, thus the rain water is leaking from the corroded roof. Entire roof needs to be redone from the sheathing.

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小屋組 切妻屋根だが、出し桁構造とするため屋根の四隅へと伸びる構造材が入っている。 Roof frame–alghough the roof is in gable shape, supporting heavy roof required to add supporting beams pointing toward the corners of the roof.

2. 基礎:予算の潤沢にある人が行うことの多い古民家改修では、大抵の場合ベタ基礎や布基礎で建物下全面を固め、耐震性や断熱性の向上を図る。ただ、階高があり瓦葺きなどで屋根が重い建物ならともかく、この平屋でトタン葺の建物にはどうだろうか。また古民家のような床下の通気性が木構造を湿気から守っている作りに対して、床下全面をコンクリートで固め、土台などの構造材をコンクリートに直置きすることが良いことなのか、疑問ではある。 今回は、必要であればコンクリートのブロックや柄を置く程度に留めることとした。予算の都合でもある。

2. Foundation : most of the recent renovation projects of old residential buildings in Japan, entire foundation is redone by mat/ continuous foundation beneath the building, in order to fulfill seismic / thermal insulation performance. However, this building is a one-floor building with light roofing–and I am uncertain about the continuous foundation for such old residential building in Japan, which maintains dryness by ample air flow beneath the floor to protect the base wooden structure. In this case, we will simply add some concrete base at certain points as we add more base wooden structure.

3. 構造:古い部分はしっかりしている方だが、それでも床下で家の歪みを抑える大引などの水平構造部材は少ないし、筋交いもない。増築部分はさらに細い部材しかはいっていない。このため、今ある大引の間に数本追加していく。

3. Structure : the original part of the building has a solid structure with good wooden structure pieces, but the added part has much thinner pieces. We decided to add more joist in both original part and the added part for more rigidness of the structure.

4. 建物の歪み:基礎や構造の問題から来るもので、現状、家の中に立つと一番不快なのはこの点である。一番高い現状床高を測り、それに合わせて他の部分をジャッキで持ち上げ、基礎ブロックなどを積み増して水平出しする。

4. Distortion of the building : this is quite noticeable and uncomfortable. By finding out the highest point of the current floor level, sunk, lowered parts will be lifted by jacking up the structure, and adding additional foundation blocks in order to achieve horizontality of the building floor.

5. 内装:畳の傷みはそれほどでないものの、床は全面板敷きに変更する。実際、床下に石積みの囲炉裏跡などがあったことから、元々は板敷きだったと思われる。これにより、廊下も含め建物全体がひと続きになる。 壁などは現状の構造の上にやり直しになる。元は外壁だった土壁は構造でもあるため残し、仕上げを変更するに留める。 現在、棟梁と話し合っているのは8畳二間の天井の扱いだ。屋根の雨漏りによりかなり傷んでいる部分がある。できるならばこの部分の天井も抜き、小屋組構造を見せたい。この件については、屋根を剥がして状態を見てから決定することにした。 その他、玄関まわり、壁のない東側へのサッシ取り付け、建具の補修などひと通り行う予定となっている。

5. Interior finishes : the tatami-mats on the floor were not so damaged. However, we decided to change the finish for wooden floor. Actually, there were two stone-piled fireplace on the floor, therefore originally the floor appeared to be finished in wood. Entire building will be continuous after the finish. Interior wall is found only at a few point in the building. Papered sliding doors (shoji) were everywhere, and diffused light coming into the room nicely–thus we will fix all the shoji doors for now to separate rooms. Bamboo reinforced clay walls will be left as is, while its surface finish needs to be redone–in either mortal or dry panel finish. The biggest issue is the interior roofs of the main rooms. Some parts are quite damaged by the rain leak from the roof, and I would love to expose the roof frames to see and enjoy. We need to judge after removing the roof. Other parts–entrance, window sash, and fitting fixtures will be fixed slightly.

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6. 設備:トイレや風呂、台所といった設備部分については、間取りも含め全部やり直しとなる。合併浄化槽の設置により排水をまとめるのが最重要。風呂については、現状の窓などを活かし切れないユニットバス導入は見送り、モルタル・木仕上げなどにする。台所には竈があったものの、さすがに使い切れないのとそれほどの年代ものではなかったため取り除く。電気は配線を一部やり直す程度で使える状態にある。

6. Equipment : toilet, bathroom, kitchen with equipment need to be redone completely, with floor plan alteration. Septic tank needs to be set. Unit bathroom is the quickest solution to add modern bathroom, but it can not utilize current windows, thus we simply change the finish of the concrete blocks and place a tub. Of course, bath heater (oil) will be added for modern bathroom. Kitchen will be placed with new sink and propane gas. Electric wiring needs to be redone at some part of the building. Lighting fixture will be changed for more suitable ones.

 

今回の改修では仕上げやその精度に重点を置くことはできないと思われる。設計・デザインなど意匠的な部分は極力抑え(自分を抑えるのが大変だが)棟梁とのやりとりの中で改修を進めていこうと思う。非常に広い土地があるため、将来的に別棟などを建てることを考えていることと、現状建物の性格上凝った間取りや意匠は邪魔になる。

For this renovation project, we can not focus on the high finish quality of interior finish–designing shall be restrained (well, it will be difficult for myself to control it, but..) and I should discuss and follow the decision with the master carpenter. The back yard of the building is so big, and in the future it is possible to build annex to this building.

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敷地西面は全面、竹林になっている 傾斜面を竹が地盤固めしてくれる 青竹の愛だから木漏れ日も射す West side of the territory with bamboo trees. The slight hilly condition is secured by the bamboo roots, while the sun light comes through among green bamboo.

今のところ、写真はあまり本文と脈絡なく載せているが、次回から作業の進捗具合について、写真付きで報告する。

From next time, I will be reporting the progress of the renovation.

千葉県多古町の古民家改修 その1. Old house renovation 1.

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千葉県は香取郡多古町にある日蓮宗の古刹、日本寺(にちほんじ)にさる縁から関わる事になり、一年ほど住み込みでお手伝いをすることになった。この一年でその縁はさらに拡がり、日本寺境内わきと言っていい場所にある古い民家を譲り受けることになった。久しぶりの投稿になるが、これからしばらくこの古民家の改修について、記録に残しておこうと思う。

By some connection with the chief priest of an old temple, I lived in the old housing part of the temple for over a year.  The temple is called Nichihon-ji Temple of Nichiren sect in Tako town, Chiba prefecture, with 700 years of history with some historical building facilities in its large territory.  Now I am building up new relationship with the people around here, and by chance, I was asked to use and live in an old house, which has been uninhabited for over 10 years.  I am now working on its renovation, and here I will be documenting the process of renovation in series.

 

住み手は既に別の土地に移り、部落の縁故の方が管理していたものの、10年以上人が暮らしていない古民家とその広大な敷地は荒れ放題になっていた。1500平米の裏庭は下草が茂り、土地境界の竹やぶが敷地を浸食、家の中にまで竹が生え、屋根を突き破っている有り様だった。

The owner of the house has already moved to other city with no plan for coming back.  The relative of the owner lives across the house and has managed and maintained the house, although the uninhabited house and its large front/backyard were utterly ruined and neglected.  The backyard with 1500sqm land space is completely covered by underbrush, while bamboo trees at the boader of the territory is invading the territory, even growing within the house, penetrating the roof.

家の改修については、日本寺の一部改修工事を請け負ってくれた大工の棟梁に依頼した。ただ、家本体の改修に入る前に、家の前庭と裏庭の荒れた土地を何とかすることが先決だった。広大な裏庭の下草を刈り、高く伸びる竹を切り倒し、屋根にかかる木々の枝を落とし、ごみを処理するーーそれだけで2ヶ月かかってしまった。

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For the renovation of the house, I asked the master carpenter who did some renovation/wooden work at Nichihonji.  However, before startig the renovation of the house itself, we had to work on the neglected land by mowing the underbrush, cutting down those tall bamboo trees, or branches of the trees over the roof—it took full 2 months just to do so.

 

ようやく今月に入り、本格的に家の改修工事に入ることができた。

基本的にお金をかけることができないため、最近人気のある「古民家再生」といったレベルの改修工事ではないことはあらかじめお伝えしておかねばならない。また一気に完成させるのではなく、長い時間をかけてあちこち直し、形にしていくことになる。

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Finally, we could move on to the renovation of the house from this month.  (December)  Although this is a renovation project, I have to note that this is not the kind of “old house revitalization” popular among people in Japan with big budget.  It can not be completed soon, taking time to finish up by fixing here and there.

米処として昔から豊かな土地に暮らしてきた地元の人たちにとってみれば、「本当に住めるのか」「立て直したほうがいいだろう」といった感想が口をつくような家ではある。ただ、今やこうした空き家が多くなり、さらに増えていくであろう田舎にとっては考えていかなければならない現実でもある。いくつかこの地域にある空き家を見た中で、平屋で、大きすぎず小さすぎない程よい大きさのこの古民家は、何とか自分が手を入れることができそうな気がした。

For people in the town grown up in a wealth of rice crop say, “can you really live there?” or “it’s better rebuilding completely”.  However, it is also a reality that now there are many uninhabited houses in town with its number increasing―and we need to think about the issue seriously.  As I looked around some uninhabited houses in this town, I found this particular one with a potential to be renovated with limited budget and skill, as it has only one level with reasonable size.

 

広大な裏庭に点在する大きな栗の木、椿、柚子、檜、梅その他の木々が、程よい日の射す林になり、多小傾斜のある敷地西側にはすっと伸びる竹が連なっている。前庭には木蓮や山茶花、梅や桑の木が植えられているものの、まだ大きく開けており、時間をかけてランドスケープデザインを手がけていくこともできる。静かな住宅街の雰囲気のある部落だが、ここはどこか山荘風のイメージを描くことができ、住宅街の暮らしと自然の中の暮らしを両立させることができるだろう。時間はかかったものの、荒れた敷地を整備する作業はデスクワークにはない心地よい疲れを与えてくれる。

Trees scattered around the large backyard―chestnut, camellia, citrus, apricot and others―produces a comfortably lit and shaded grove, while the sloped west side of the territory extends with lines of bamboo trees.  Front yard is planted with magnolia, camellia, plum and mulberry trees, while it is still quite open to be landscaped with various design.  The house is situated within a quiet residential part in the town, while this particular house and its territory can be viewed as a mountain cottage-like atmosphere, with balanced lifestyle between a residential neighborhood and a house within a nature.  I already enjoyed a good fatigue from the outdoor works not felt by the desk work.

これからシリーズとして、作業の進行を紹介していこうと思う。

I will be updating the progress of the work in a series.

 

 

「平家物語・語りと波紋音」と「blue flow」コンサートに寄せて

blue flow チラシ

先日、「波紋音」という鋳鉄製の創作楽器を演奏する永田砂知子さんの演奏会に行ってきた。今回の演奏会は、電子音響と波紋音を組み合わせるコラボレーション企画の一環として行われたもので、先ごろリリースされた「blue flow」というCD録音のライブパフォーマンスである。

横浜の三渓園にある旧・燈明寺の堂内を演奏会場に、音に反応する光とガラスのオブジェを組み合わせたインスタレーションが置かれ、フィールドレコーディングによる自然音をコンピューター処理した環境音が堂内の複数のスピーカーから個別に流れている。その中心に、大きさや形の異なる波紋音を並べ、堂内に響く環境音に対して即興で演奏がなされる。
もちろん、お堂の外の鳥の鳴き声や子供の声も壁越しに聞こえてくる。現在は寺院として使われていないが、本堂はもともと仏教の修業の場として燈明だけの暗がりの中、経典を唱える声が響いていたはずである。そんな想像の中の音も、遠く聞こえてくるような気がする。
今回の演奏会では、自分の周りの環境音を様々な場所で録音し、コンピューター処理することで単なる環境音の「再生」とは異なる、より記憶の中の音の表現とも言える電子音響と、波紋音演奏が、暗くて視覚による環境判断がほとんどできない寺の堂内という非日常空間で組み合わされる。音に反応する光もガラスを媒介して空間操作に一役買っている。

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ーーこれまで、永田さんの演奏は演奏会の形ではなく、平家物語の演じ語りとのコラボレーションの形で聞く機会があった。平家物語は普通、メロディーを持つ琵琶の演奏にあわせて吟唱されるが、この演じ語りと波紋音の組み合わせはそうした形とは全く異なるもので、役者が原文を朗読しながら所作を交えて内容を演じ、それに呼応するように音階のない波紋音が即興で演奏される。多彩なテーマを持つ平家物語の各話に対して、感情を煽るようなメロディーによる極彩色の着色をするのではなく、人の肉声と所作、空間に重層的に広がる波紋音の音とその響きによって平家物語の世界観を描き出す。
能や狂言に通じる舞台空間での移動や体の所作が、有限であるはずの舞台空間を随時塗り替え、変換していくようでもある。また残響や反響音と常に交じり合いながら音を生み出し続ける波紋音の音が、時には演じ語りと呼応する形で、また時には物語の場面を波紋音の音自体で描き出し、空間を生み出す。見る側は想像力を掻き立てられると同時に、所作や声、音響そのものが現前させる平家物語の世界を空間の中で体感できる。それは、かつて舞踏や神楽、狂言、能といった表現形式が神の領域を現前させ、その場にいる者の間でそれを共有する催事の名残りであったことを思わせる。それほどの感情移入を経験し、自分でも驚いた覚えがあるのだが、それを促した要素の一つは波紋音の音であったように思う。ーーー

波紋音は、日本の庭によく見られた水琴窟の音をイメージして制作されたものだという。水琴窟は大きな素焼きの瓶を地中に埋めたもので、数滴の水滴が瓶の縁から底に連なって滴り落ちることで陶器でありながらビビリ音のような金属質の反響・残響音を残すが、波紋音の音はマリンバのように純粋で濁りのない音ではなく、打面のスリットが共鳴し、かつ丸みのある筺体内で音が反響しあい、複雑な響きのある音を出す。音階こそないものの、筺体の大きさや鉄の厚み、スリットの幅、叩く位置、鉄の鍛え方の違い、さらには叩き方やスティックの素材、敷き布や支持材などの緩衝素材の有無によっても違う音を出す。湿度や気温なども影響しているに違いない。今回は5つの異なる大きさ、形の波紋音が演奏された。

永田さんの演奏による波紋音の演奏は、打楽器演奏の連打や反復の中にリズムや音のゆらぎが込められ、その残響や反響で何かが励起される感じを受ける。まるで凪だった海の上に幾つもの波浪が立ち始め、時に組み合わさって大きな三角波のうねりを生み出すかのようでもある。即興といえども無作為ではなく、無数の小川の流れが集まって大河となる大きな流れーーカオスとしての「blue flow」を感じる。
そしてこれに組み合わされる電子音響(この言い方は何かもっといい表現方法があると思うが思いつかない)もまた、フィールドレコーディングされた場の記憶として、またその記憶を意識下からすくい上げ、確かめるように作曲家の中で再定義され再表現されたものと感じられ、瞑想や記憶の領域と深く結びついている。2つの大きな流れは、まるで記憶やその追想のプロセスを引き起こす呼び水のようにでもあり、時には押しとどめることのできない強さを伴って聞く者を圧倒する。この繰り返しのうねりが、瞑想状態へといざなってくれる。

演奏中、視覚はほとんど閉ざされているにも関わらず、空間が強く意識されるのはなぜだろう、と考えていた。少なくともここは寺の堂内である、という予備知識がありながら、演奏が進むにつれ空間は拡がりつつ狭まり、開きつつ閉じているように思われ始め、予備知識や経験則による空間把握もどこかあやふやになってくる。逆に、感覚による空間認識の期待は強くなっているようで、そこに不規則なリズムのゆらぎや音の断片が捉えられると、自分の記憶や意識下へ通じる回路が明滅して、開かれたり閉じたりするような感覚を覚える。白昼夢や既視感に似ているかもしれない。(実際に音に反応するインスタレーションが揺らいでいたが、その変化はあまり強くなかったからか感覚を刺激する度合いは音そのものよりも低い)

よくよく思い起こしてみると、空間認識は視覚よりも、聴覚や嗅覚、触覚など「空気」の作用を媒介としている場合が多いように思う。光の届かない空間でも(あるいは目隠しをされている場合など)我々は空気の流れや淀み、その匂いで閉塞感や開放感を感じ取る。あるいは音の反響を通じて空間の拡がりや閉じ具合をかなり正確に把握することができる。例えば鹿威しの音と残響の繰り返しが感じさせる空間の広がりや、芭蕉が古池に飛び込んだ蛙の残響音、蝉の声が岩にしみ入る音の感覚をを閑さという意識に変換した様を思い起こせばわかりやすい。その意味では、今回の演奏会は空間内で起こるほとんどすべての出来事が聴覚と触覚(音の波動)に集約されることで、より研ぎ澄まされた感覚が空間認識に向けられていたように思う。そして、そのように自らで知覚し把握して意識下に置かれない限り、空間は自身の認識する対象として存在し得ない。言い換えれば、様々な感情や記憶を呼び起こすほどにエネルギーに満ちた(あるいは欠けた)空間は、その空間を感じ取り意識する側の認識の強さ(弱さ)とも言えるだろう。総合的であったはずの建築空間が、視覚偏重に傾きがちである点を自戒すべきと感じた。

「平家物語・語りと波紋音」公演、そして今回の「blue flow」コンサート、どちらも強く体感し、深く印象付けられる機会となった。