— Delirious New York Diary

「見る」ということーEmpathyとSympathy

どちらも英和辞書を引くと”共感”という単語がまず目に入ってくる。

ただ”Sympathy”は一般的に”同情”という意味で使われることが多い。”共感”と”同情”という、二つの単語の意味の相違に、自我とその外部との関わりにおける重要な鍵が隠されている。いわば、全ての始まりとなるべき最も大切な鍵。

DSC03276 「見る」ということーEmpathyとSympathy

Sympathyにおいては、外界の事物・事象そのものの存在を受け止めた上での、自らの心象に自動的に発生した”鏡像”への受動的共感・同情である。それに対して、Empathyは外界に対し、自ら働きかけることによってそれら事物・事象を抽象化/認識/理解/再構成/構築というプロセスを通して自我に内在化させる。ここでの”共感”は、自我内部に自動的に発生したイメージに対してのものではなく、事象の内在化プロセスー自発的な自我の働きかけを指しているのだ。

DSC03277 「見る」ということーEmpathyとSympathy

建築においても写真においても、いやあらゆるものに対して、Empathyを持って外界に踏み出すこと、それが鍵になる。Existence–外への/スタンス/一歩。 全ては、そこから始まる。

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