初夏の旅 6. 旅における移動について

旅をする時の一番のテーマの一つは、「移動」にある。

現代人は国中に張り巡らされた公共交通機関を利用して、便利に、早く移動することができるようになった。自分がこれまで生きてきた中でも、新幹線の全国展開や新しい路線の開業など、いくつもの大きな変化を見てきた。しばらくすれば、リニア新幹線の開業も見られることだろう。

ただ今回の旅の移動中には、かつて人々が歩いて国々を巡り、旅をしたことに思いを馳せてみた。

旅の始まりとなった山形県にある山寺こと立石寺は、松尾芭蕉が奥州、北陸を巡って訪れた場所の中でも最も有名な場所の一つだ。「奥の細道」として残された彼の道行きは、芭蕉が150日もの時間をかけ、600里もの距離をほぼ徒歩で歩き通したというものである。

前回の山形旅行で訪れた立石寺

そんな長い行脚の道程があり、辿り着いた山寺ではあの1000段を超える石段を自ら登って、そうして初めてかの有名な「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の句が生まれたのだと、今なら思う。この石段を登るだけでもかなり大変なものだ。

この有名な句は、随伴者の曾良が当初書き留めた際には「山寺や石にしみつく蝉の聲」というものだったという。

そして後には「さびしさや岩にしみ込む蝉の聲」という形を経て現在知られる形に落ち着く。

これらの表現の変化から想像されるのはこんな感じだ。

人の姿もまばらな山寺の急峻な岩場を登り、息の上がった自分がふと立ち止まって周りを見回した際に、白中夢のような感覚の中で時の流れが遠のいて行く。その刹那に蝉の声がこだましているかのような感覚を覚えたのではないだろうか。

芭蕉の句には、「一瞬、時間が止まったかのような、そしてその瞬間から悠久の時の流れに自らが溶け込んでいくような感覚」を詠んだのではないかと思えるものが多い。

今回の旅では羽黒山の山伏と話をする機会があり、その際に「自然の中で自分の霊性を通じて自然に対して祈りを捧げる」という言葉を聞いた。

修験道の厳しい修行は俗世の雑事を精神的にも肉体的にも払い除け、その状態の中で自然と相対した時に、自身が「どうあるのか」が重要であると彼は言う。そこから自然に生まれ出てきたのが、彼の言葉によれば「祈り」だった。そして、芭蕉にとってはそれが「俳句を詠む」という行為だったのだろうと想像してみる。

芭蕉が行脚して国を巡った時代に思いを馳せつつも、現代人である自分は今回の大部分の旅程を列車の中で過ごした。車窓を流れる景色を眺め、その変化や美しさに心を動かされながらも、常にその景色を眺めている自分を俯瞰しているような気持ちになる。移動しているのを実感しているからこそ、日常よりも時間の流れ、そしてその中に生きている自分に敏感に思いを巡らせるようになる。

今まで長い距離を移動する度に、いつもこのような感覚を覚えていたのを思い出すのだが、それは「ロードムービー」を観ながら感じる感覚にもちょっと似ている。

それは、大雑把に言えば旅を通じての「生まれ変わり」ということではないか。それは修験道の修行ほど厳しいものではないにせよ、芭蕉が長い行脚の末に見たもの、山伏が修行の先に目指す一つの到達地点にどこか通じるものがあるかもしれない。

初夏の旅 5. 島根・安来の足立美術館

朝から安来に向かう。お目当ては足立美術館の庭と横山大観である。

安来というと「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる水木しげるを描いたNHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」を思い出すのだが、駅にも駅前にもそれを偲ばせるようなものは見当たらない。これについては少し寂しい気がしたが、駅舎は最近建て直されたのか、壮麗な木組構造の小屋組が天井を支えていて立派なものである。待ち時間が長いのだが、これを見ているとそんな時間もあっという間に過ぎる。

安来駅の駅舎の大屋根は木組

気を取りなおして足立美術館行きのバスに乗り込む。

足立美術館は21年間、日本庭園ランキング世界一なのだそうだ。先日の兼六園といい、日本庭園の姿を維持するには並々ならぬ努力と苦労があるのだろう。

この美術館は石庭の周りを回遊するように巡りながら、その間に展示室が配置された作りになっていて、庭のさまざまな部分を垣間見ながら、展示室で作品を鑑賞するという作りになっている。興味を引く要素が一点に集まるのではなく分散されていて、訪れた人を飽きさせない。

石庭には枯葉一つ落ちていない程に手入れされている。借景と呼べる山は背後にないものの、人工的に高低差を作ってなだらかな起伏と共に石で崖や滝の姿を描き出している。低木のこんもりとした刈り込みと、松などの枝振り、石の向きや配置も絶妙なバランスで庭に取り入れられている。

枝一つ、葉一つ落ちていない

「人の造りしもの」という印象は確かに強い。ただ写真や映像で見たこの庭の印象と、実際に体感して感じる空間の拡がりはやはり別物だ。奥行きを肌で感じて初めてわかる部分がこの庭にはある。というより、庭園というもの自体が体験を前提にして作り出されてきたものだと改めて実感する。別の季節に来れば、全く違う印象を得られるだろう。

横山大観のコレクションで知られる足立美術館だが、幽玄な絵画の中の自然へと誘い込み、惑わせるかのような大観の絵画を展示するこの美術館にとって、この庭園の要素は欠くことのできない要素になっている。大観が見たらどのように自身の絵に取り込んだだろうか、と考えざるを得ない。

展示されている絵画作品は大観の絵を含め、全体的に見ても少ないのだが、色々と発見のある体験ができた。その感想については別のところで詳しく書いてみようと思う。

初夏の旅 4. 松江〜松江城

出雲大社参拝は朝9時には終わってしまった。

ホテルのチェックインは午後なので、出雲市駅から足を伸ばして松江に向かう。

松江には小泉八雲記念館や、正岡子規の記念館など、訪ねてみたい場所がいくつもあるのだが、さすがに深夜バス行の翌日は体がキツいので、今回は欲張らずに「松江城」に絞ることにする。

出雲市駅からローカル線で宍道湖沿いを走る。山形から新潟への途中、日本海沿いの車窓も良かったが、湖沿いの水景はまた違う趣がある。敦賀から大阪への途上でも湖西線から琵琶湖の姿を眺めて心が洗われたが、初めての宍道湖も良い。どこか心が落ち着く。

松江城へはバスで向かうが、「島根県庁前」で降りるとすぐ隣にある。このエリアは安田臣や菊竹清訓の建物が集まっていてそちらにも目が行くのだが、そこは横目で見つつ、松江城へ向かう。

安田臣設計の島根県民会館
今回は脇役

とにかく、松江城の石垣にまずは圧倒される。すごい。そして美しい。

石垣の高さ、そして流れるような曲線に心を奪われる
大きな石の間に小さな石が組み合わさっている 

壮大な石垣の間を登って行くと見えてくる松山城の天守閣も良かった。姫路城や熊本城の方が大きく壮麗かもしれないが、この城はどこか落ち着く佇まいを持っている。建物のバランスがゆったりしているからだろうか。

天守は白より黒基調の姿をしている

松本城のようなスラリとした佇まいや、彦根城のようなこじんまりとした感じとも違う。何よりあの素晴らしい石垣を登った上にある廓の中に建っている姿がいい。八雲立つ巻雲の青空の下、黒い姿が映えるのである。

隣接する神社の狛犬も迫力ある姿

久しぶりに古い日本の建物に魅了された。それでは今日は出雲市駅に戻ってゆっくりとするとしよう。

初夏の旅 3. 出雲大社

前日夜中に大阪を出た夜行バスは、早朝6時に出雲市に着いた。駅前にポツンと立つすき家は24時間営業なのか、ありがたいことに営業しているので入ってみると、長距離トラックのドライバーたちで賑わっていた。この時期は日の出が早いので、ほとんど眠れなかった目には朝日が眩しい。

出雲市駅からは「バタ電」こと電鉄一畑線で出雲大社に向かう。始発電車に乗ってごとごと揺られながら30分程でノスタルジックな、出雲大社のイメージからは想像がつかない雰囲気を持つ出雲大社駅に着く。

電鉄一畑線の各車両

(現在、国鉄時代の出雲大社駅は改修中で見られないのが残念。こちらは壮観らしい)

出雲大社まで、まだ店なども開いていない参道を歩く。それでも朝早いが参拝者と思われる人がちらほら参道を歩いている。清々しい空気の中、出雲大社の最初の鳥居をくぐった。長い間、出雲大社は訪れてみたいと思っていたのだが実現出来ていなかった。それが今回、ようやく実現した。胸が高鳴る。

美しい屋根の並び 大伽藍が山を背景に朝日の下に連なっている

朝の日差しの中、参道脇には大きな木々が立ち並ぶ。最後の鳥居をくぐって中に入ると、拝殿の奥に本殿が拡がっているのが見える。

圧倒的な存在感の木々が立ち並ぶ
大きく流れるような屋根を戴く拝殿

その先に大社造の屋根が垣間見えた。本殿での参拝を終えてぐるりと周囲を巡りながら、本殿やその他の社殿を見上げて感嘆する。エネルギーをもらう。

本殿の大社造の大屋根が垣間見える
大屋根を支える構造もやはり寺院とは異なる 形而上的な建築美

本殿奥の素戔嗚尊を祀った社殿も良かった。山を背に凛としている。

素戔嗚尊を祀る社殿 山を背景に立つ姿は自然の一部というより自然を受けて立っているかのよう

まだ参拝者はほとんどおらず、神主や巫女たちが社殿の数々を清めている。そして神事を行なっているのか、拝殿の中からは雅楽が響いてくる。

そして、出雲大社の大国主命といえば因幡の白兎伝説が知られるが、そこかしこにこの物語を表す銅像や、さまざまな姿をした兎のかわいらしい像が置かれていて楽しい。神社でこういう気持ちにさせられるのは珍しいと思う。

白兎たち

出雲は日本酒発祥の地とある兎の像に書かれている。御神酒醸造の起源については「君の名は」でもあった通り、巫女が献上米を噛み砕いて発酵を促したのが始まり、との言い伝えがある。

酒造りうさ

ゆっくりと人前りしてくると次第に参拝者の数も増えてきたので、朝早く来てよかった。またそのうち、資料館などを見るためにももっとゆっくり来たいものである。

初夏の旅 2. 金沢〜21世紀美術館・兼六園

金沢へは初めて来た。なんだかんだと21世紀美術館も見ずにいたのだ。これは良くない。非常に。

金沢城址周辺の整然とした街並みの中に21世紀美術はある。

白い立体とガラスで構成され、自身の陰影や青空、緑の芝生とコントラストを成す

広く開けた薄緑の芝生の緩やかな起伏の中に、ガラスの青と白い立体が一体となってこの美術館はあった。写真を見たり図面を通じて想像していたより、しっかりとした輪郭を持っていたのに驚いた。もっと何かぼんやりとした印象を受けるものと思っていたからだ。夏の青空が広がっていたのも一因だろう。中に入ってもこの印象は変わらない。ディテールも抽象化や省略ではなく、作り込まれたものになっている。

屋内外周部は広い芝生の庭を見渡すことができ、光と共に緑色や空色が白い表面を彩る

残念ながら能登地震でこの建物も被害を受けて、展示室のほとんどは見ることができなかったが、主なエリアは歩き回ることができたので充分建物を堪能できた。

この現代建築を後にして向かったのは、ほぼ隣接している兼六園だ。金沢城の巨大な石垣を横目で見ながら登って行くと、街中よりも明らかに涼しい庭園が広がる。展望台からは街が一望できる。

ここでは拡がる枝を支え上げる支柱もまた、この庭木の一部を成している

そして、たくさんの庭師が整備活動を行なっているのに驚く。こうしてこの庭は美しい姿を長い時間をかけて守ってきたのだのだと思うと、これが伝統を創り育てるのだと考えざるを得ない。

この小さな低木も、どれだけの時間と人手を経てきたのだろうか
地上に姿を現している木の根も、木が生きている証
素朴さをテーマとしながら繊細な佇まいを見せる庭園内の茶室

そういう大きな流れの中に、どうしたら自分も身を置くことができるだろうと思案してみる。

明日は敦賀経由で大阪へ向かい、夜行バスでいよいよ出雲へ向かう。

初夏の旅 1. 山形・羽黒山

台湾の友人の仕事の付き添いで山形の羽黒山へ。ある宿坊で年配の山伏の話を聞いた。
 
 
 

修験道では自然の直中で自身と自然の直の繋がりを体感することを目指すのだと言う。とかくわれわれは自分の存在について理屈を通じて「理解」しようと頭で考え、わかったつもりになりやすい。

まだ雪を山腹に抱く鳥海山

    羽黒山の山伏として80歳に近い現在も日本中を巡っているという彼いわく、修験道では頭で自分の在り方を考えることよりも、現代社会の生活の中では眠っていがちな、自然の一部としての人の存在を体感し直すことにあると言う。これを彼は人の持つ「霊性」を通じて、自然の中で「祈る」ことだと話していた。そして自然の中で日常を生きるという山伏の文化と伝統を自分の身体を通じて繋いでいるのだと。

彼の話を何か清々しい気持ちで聞いていた。旅の始まりとしては最高の出会いだろう。ローカル線の車窓から鳥海山の雄大な姿を拝する。

次の目的地、金沢へ。

多古町周辺地域の立体地図模型〜明治中期の近代地図からうかがい知れるかつての地域の姿

中国での設計活動が一段落し(というかなくなってしまったw)、次に自分が注力するシン・創作活動をどんなものにしようか考えたところ、現在拠点としている千葉県多古町の自然や文化、歴史背景を建築と何らかの形で絡めて形にする、ということを考えた。

千葉県多古町は今は成田空港に隣接する町であるが、長い歴史の中で生み出された独特な自然環境と共に、地政学的にも重層的な成り立ちを持っている、非常にユニークな場所である。

縄文時代には太平洋岸航路の一拠点であったことが日本最大級の丸木舟の出土によって明らかになっているし、古墳時代には西日本から拡がった古墳ネットワークの一部であったことが現存する古墳群によって示されている。また、縄文海進により残された湖沼・湿地帯からなる豊かな土壌は荘園として利用され、それをめぐる激しい勢力争いのためにかつての複雑な海岸線を利用した多数の中世城郭群が築かれ、今もその一部が残されている。さらには日蓮宗の教育機関として大きな勢力を誇った、現在でいう大学としての「檀林」施設が江戸時代を通じて大きな影響力誇つに至った。江戸期には北総沿岸地域の湖沼や湿地帯は水田開発のために干拓され、大規模な改変が行われたが、そうした中でも地域の茅葺き屋根用の葦の狩り場として人々の手が入り続けることで、湿地帯に自生するユニークな植生が保存され、現在も一部が湿原として残ってもいる。自然と人の営みが密接に関わりながら形成されてきた場所なのである。

現在、多古町には「多古光湿原保全会」と「多古城郭保存活用会」があり、これらを保全する活動を行っている。それぞれの活動をお手伝いする中で、何かこれらの活動と、地域形成という建築的視点を結びつける方法はないかと考えてきた。その中で見つけたのが明治中期に日本陸軍によって作成された「迅速測図」である。

明治25年前後に日本陸軍により製作された「迅速測図」の北総地域。多古町はこの地図の左側部分にあるが、右側には江戸期に干拓事業で水田化した「椿の海」の輪郭がわかる。


この地図は明治25年前後に調査、作成されたもので、手書きではあるものの等高線情報を備えた近代地図であり、現在利用できる高精度で高さ情報まで含んでいる地図の中では一番古いものと思われる。ということは、もちろん中世期とまではいかないものの、それに最も近い地形図として見なすことができるだろう。ただしこの地図は国土地理院他のネット上で公開されてはいるが、地形データではなく地図の画像である。そこで、この画像を地図情報として作成し直し、立体地図化して、地域の中世城郭の分布や、かつての湿原・河川の姿を再現することを目論んだ。

「迅速測図」を元に、多古町南部、並木・島・船越地域から、九十九里方向を含むエリアを地図データ化したもの。現在よりも大きく拡がる多古光湿原、流れの異なる川、明治期の集落分布がわかる。


最近導入したレーザー彫刻機を使用して作成したのがこの立体地図模型である。第1段として作成したこの立体模型は多古町南部から九十九里海岸方向を含むもので、現在よりも広い範囲に拡がる多古光湿原や、現在とは異なる流れを示す栗山川・借当川の姿を見てとれる。地域の歴史記録には、多古町近辺で勢力争いの中で繰り広げられた合戦が「船」を使ったものであることが記されているため、現在よりも湿地帯の広がりが大きかったことが予想される。
また、水田として利用される低湿地帯の広がりに対して、台地上部で開けた土地は想像以上に少なく、江戸時代に地域の中心地となった中村地区は、そうした限られた平地の中でも最も広いエリアに形成されたものであることがこの立体地図を見ると明らかである。

迅速測図を元に作成した立体地図模型。地図に含まれる等高線情報を利用している。
島地区は低地の中に浮かぶ「文字通り」の島である。地形が複雑で台地上部に平地の少ない多古地区と比べ、中村地区には台地上部に平地が多い。


そして2つ目の立体模型として、多少範囲を拡げ、迅速測図ではなく「現在の」地図を立体化したものも作成した。これによって、明治期の地形と現在の地形を比較することができ、またより広い範囲の中世城郭分布を見ることができる。より正確で精度の高い現在地図により、縄文海進時に形成されたリアス式海岸状の地形が明らかになり、その先端部分に多くの城郭が配されていたことがわかる。

迅速測図ではなく現在の地図を利用し、多古周辺のより広い範囲を示した立体地図模型。湿原などの水域が大きく減少しているのがわかる。
台地の末端部分はリアス式海岸のような、非常に複雑で入り組んだ地形が多く、平地が少ないことがわかる。


現在は多古町の北部方向の立体地図模型を作成中で、その次には江戸時代の干拓事業により水田化し消滅した、現在の匝瑳市・旭市地域に広がっていた大きな湖、「椿の海」を含む地域を再現する予定である。また、中世期には今よりも相当に大きく拡がっていた霞ヶ浦周辺地域を再現することで、難所として知られる銚子・犬吠埼沖を迂回するために利用された、多古町の島地区、椿の海、霞ヶ浦などを経由する当時の内陸交通路を示すことができる。

クラフト的な要素も多い
家庭用のレーザー彫刻機も最近のものは非常に精度が高く利用しやすい。


この地域の自然・文化・歴史解明の一助となれば、と考えている。なおこれらの模型は現在、多古町コミュニティプラザ文化ホールの一角に展示中なので、機会があればご覧ください。






自作キーボードという世界

今、自作「キーボード」周りが熱い。ちょっと驚くぐらいの熱気が高まっている。日本ではまだそれほどではないようだが、海外では完全に過熱状態だ。何が起こっているんだ、という状態である。

“Drop”というマニアックな共同購入サイト

以前、海外からヘッドフォンを購入したことがある。かつては”Massdrop”と言っていたが、今は”Drop”と名を変えて運営されている、いわば「共同購入」サイトだ。取り扱う商品は幅広い分野に渡っているが、何というか「男の趣味」的な商品が多い。いくつかあげると、オーディオ製品の中でも「ヘッドフォン/ イヤフォン」「ヘッドフォンアンプ」「USB DAC」に特化した品揃え、あるいはキャンプ用品などの中から「ナイフ」「テント」など。そして今回取り上げる「メカニカルキーボード」である。

Dropが面白いのは、市場にある市販品をそのまま販売するのではなく、オリジナルの仕様や性能をよりマニアックに変更したり向上させるために製品を共同設計し、これを共同購入(購入者を一定人数、一定期間募る)の形で販売することで価格をオリジナルより抑えることを可能にしている点である。Dropが取り上げるのは市場で一定の人気を得た製品が多く、例えばヘッドフォンで言えばゼンハイザーのHD580(DropバージョンはHD58x Jubilee) やHD650もしくはHD660(HD6xx)の仕様変更モデルを共同設計、共同販売するのである。個人的にはこのHD58xやナイフを購入したことがあったのだが、最近サイトを覗いてみた際に「メカニカルキーボード」というセクションがあることに気付き、興味を惹かれたという次第である。

DROP製 Sennheiser HD58x Jubilee。デザインだけでなく、特性も一部変更が加えられたカスタム仕様の製品で、共同購入の形を取る。最近は日本への発送もできるようになってきた

キーボード という装置

当初は「自作」という分野が盛り上がっていることなどはつゆ知らず、最近発売されたDrop製の「ENTR」というメカニカルキーボードに目が止まっただけだった。キーボードについては、現在文章に関わる仕事にしている自分としては欠くことの出来ないものであるため、生命線といえる。にも関わらず、あまり自分から良いものを探すことはしてこなかった。Macを当初から使用しているため、キーボードはApple製のものを使用してきた。初めてMacを購入したのは90年代始めでCentris 650というモデルだったが、その当時キーボードはまだオプションの別売りで、200ドル近くもしたのだが、その時購入したのがApple Extended Keyboard IIである。残念ながらその後キーボードやパソコンは価格を下げるためのコストダウンの時代に入り、結局キーボードは最初に購入したものが一番よく、その後のキーボードには打ち心地や実際の操作性能の点で苦労させられた。そのためADB仕様のApple Extended Keyboard II をUSBコンバーターを介してこれまで使い続けてきた。

DROP製 「ENTER」キーボード。これは完成品だが、キースイッチを2種類から選択でき、ケースカラーやキーキャップの選択も可能。ケースは底面がアルミ製で、キーキャップは二色成形になっており、基盤に設けられた白色のLEDの光を透過して文字が浮かび上がる。これで$90は安いし、何よりかなりカッコいい

キーボードについては、「パソコン」という形でコンピューターが家庭に持ち込まれるようになった当初は非常にていねいに作られた製品が多かったという。例えばIBM PS/55用のキーボード5576-A01は日本製で2万2000円、5576-001は3万8千円のプライスタグがついていた。AppleのExtended Keyboard I(Extended IIのオリジナルバージョン)は現在でも最高のキータッチと打鍵音がすると言われるキーボードの一つだそうだ。自分が使用しているExtended Keyboard IIはこのオリジナルからの改良版とされるが、コストカットが始まったモデルであるとも言われている。それでも、200ドル(実際は178ドルだったか?)をかけたキーボードの品質は、デスクトップパソコンの付属品となったその後のモデルとは比較することができないレベルのものだった。運指をスムーズにするためのスカルプテッドキー(キーの表面部分が指の届く範囲を想定してカーブを描いている)、キーの文字が消えないようにするための昇華印刷や2色成形と行ったキーキャップ の品質と工夫、そして打鍵感や打鍵音。Apple Extended Keyboard II は打鍵感や音の点ではベストな製品とはされていないが、すでに30年近く使用しているものとは想像できない使用感を今も提供してくれるため、なかなか他のものを使う気になれなかった。家にはAppleの歴代キーボードがゴロゴロしているが。(Apple Extended Keyboard II は2台ある。使用中のものはUSA製のカナ無記載のもの、もう一台はメキシコ製でカナ記載のもの。実は性能に大きな差があるためUSA製を使用)

30年近く使用しているApple Extended Keyboard II。キーボードそのものは色褪せ以外問題なく、使用感は非常によいのだが、いかんせんUSB接続するためのUSBコンバーターが怪しくなってきている

「軸」というキーボード の基軸

最近のキーボードになかなか満足できないため、購入検討のためかなり調べてみた。その中で1つ非常に興味深いと思ったのは、80年代、90年代当時のキーボードの世界において、キーボードの最も重要で核となる部品の1つである「キースイッチ」が日本製であり、世界を席巻していたという点だ。キースイッチについては非常に多くの技術が存在していたそうだが、日本のALPS社のキースイッチが他を寄せ付けない品質と性能を提供し、ついには市場を独占していったというのである。ネットには非常に詳しい情報があるのでここでは割愛するが(最も詳しく紹介されているYouTubeチャンネルが、「Chyrosran22」氏のチャンネルで、とにかくキーボードに関してこれほど詳しい情報はなかなか見つからない)

製品の改良と発展を通じてこのキースイッチの軸部分の色が違うことから、使用されているキースイッチの軸の色でキーボードの仕様や性能を判断することができる。例えば先述のApple Extended Keyboard I はALPS製サーモン軸(一部ピンク軸)、そして自分が使用しているExtended Keyboard II はクリーム軸で、キーボードに興味がある人であれば大体その性能や使用感がイメージできるものとして知られている。

相当にマニアックでつい最近のニワカではないガチのキーボードマニアらしい。毒舌が良い

残念ながら、ALPS社はその後キーボードが低価格化する中で市場から撤退していった。キースイッチは機械式(メカニカル)から、部品点数が少なく大量生産可能な方式(メンブレン式など)に取って代わられ、今やパソコンに必ず付属するキーボードは安価なものが用いられている。使用には支障はないものの、エルゴノミクスや使用感については大きく退化したものになってしまった。Power Mac G4に付属していたApple Keyboard Proはメンブレン式のキーボードだが、打鍵時にクニュクニュとずれたりうまく押し込めなかったりして、ミスタイプや打ちもらしが多発し非常に困ったのを覚えている。Mac Proには極薄になったフルサイズキーボードが付属していたが、これはノートパソコンと同じバタフライ機構を備えたもので、キーにクッション性がほとんどなく、キーを押すというより叩くと言った方がよい。長時間打っていると指が痛くなるため、最悪腱鞘炎になってしまうだろう。自分が使用しているMacBook Pro 2016のキーボードはさらにキーを押し込む深さが浅くなり、もはやペタペタと触るような打鍵感になったのだが、発売後故障が多発し、一般にも非常に不評となり、その後のモデルには改良版が搭載されるようになった。このキーボードはMacBook 2009に搭載のキーボードと比較してもストロークが浅すぎ、長時間のタイピングに向かない、また指にも負担の大きいものになってしまったので、自宅では必ず外付けキーボードとしてExtended Keyboard IIを繋いで使用している。

ただ1つ問題があった。Apple Extended KeyboardはADB接続という方式で、USB変換器を使用しないと現在のパソコンでは使用できない。このUSB変換器はまだ値が張らない時期に購入して長きにわたって使用してきたが、さすがに時々認識されなかったり、Mac OS化した後はCapsLockでの英語入力/日本語入力の切り替えができなくなったり(Mac OSではCapsLockで英字/日本語入力を切り替えられるようになっているので、この問題は英字キーボードを使用している自分にとっては手間が増えることになる)使い勝手も落ちてきている。キーボード自体は全く問題ないものの、こうした使用環境の点で怪しくなってきているのは確かである。そこでDROPのキーボードを購入しようと思ったのだが、その先には「自作キーボード」という新たな世界が広がっていた。

ゲーミングキーボードが拓いた世界

今やYouTubeの動画にはそれこそ星の数ほど動画が上がっていて、若いニーちゃんたちがやれキースイッチの性能だ、打鍵感だ、音だ、潤滑すれば打鍵感が良くなる、といった内容をそれこそそこら中の人が語っているのである。これにはちょっと驚いた。ここ数年のことらしい。日本でも多少、メカニカルキーボードというテーマでの動画が散見されるが、これは「ゲーミングキーボード」の範囲内で扱われているように思われる。あるいは、よりマニアックな左右分割式の、プログラマー御用達的な世界はあるようだが。

「ゲーミングキーボード」。想像するに、ブームの始まりはここである。自分はゲーマーではないが、ゲーミングPCのキーボードがかなり気になってはいた。ゲームする上で、キーの反応速度やミスのないタッチは最も重要な点になるだろう。そうすると現在一般的な安価なメンブレン式キーボードでは不満が出る。そうして行き着く先は、性能的には有利になるが高価にもなるメカニカルキーボードであり、まずはゲーミングPCのオプションのメカニカルキーボードを使ったゲーマーたちがその打鍵の気持ちよさや音の良さに気が付き、キーボードというものの「存在」に目覚めたのだろう。誰も気にかけない付属品だったキーボードが、実は非常に奥の深い、使用感や個性を突き詰められるものであるということに。

ゲーミングキーボードで人気のあるRAZER Blackwidow。RGBカラーのLED照明、メカニカルキーボードなど、自作キーボードの元祖とも言える要素を含んでいる。こうしたフルサイズキーボードだと、キーボードとマウスの位置がかなり遠くなるため、キーを極力減らした60%キーボードに人気が出た、という点もあるようだ

ゲーミングキーボードはキーの視認性のためにLEDのRGBイルミネーション機能などが備わっているが、これも「見た目」という点で若いゲーマーをメカニカルキーボードに引きつけた理由の1つらしい。そして昨今のアナログブームやレトロブーム。そうした需要に応えるために、キーボード基盤やカラフルなキーキャップ 、ずれ動きにくいキーボードケース、そして音や感触が良いキースイッチなど、キーボードの各パーツが盛んにカスタム仕様化され、ネットで入手可能になってきている。これらを自由に組み合わせて、自分好みのキーボードを自作するのだ。(今や、キーボードを接続する自作USBケーブルも盛り上がってきている)ハマれば楽しいに決まっている。

自作用パーツを集める

いろいろ動画を見て参考にしながら、ネットで自作キーボード用のパーツを注文してみた。実際に仕事に使うヘビーユースを想定しているため、ある程度の金額をかけることにし、2台分、内容の違うものを製作できるよう注文した。今回組み上げるのは、テンキーや機能キーをかなり省いた、フルキーボードの60%から65%のキー数を持つレイアウトの60%キーボードだ。

自作キーボード専門のサイトは日本にもいくつかあるが、海外のものが選択肢も多く、より自由に注文できる。(日本における現在の自作キーボードは、海外と多少違ってプログラマーなどが自分の求める使用感を目指して自作しているようだ。例えば左右に分割式のキーボードなど、エルゴノミクスを追求した感じの自作キーボードが多く、よりディープな世界である気がするが、盛り上がりはかなり限定的な気がする)とにかく、パーツがないことにはどうしようもないので、自作キーボード専門サイトとして人気の高いKBDfanやDROP、Ali Express、そして日本の遊舎工房、TALP Keyboardでそれぞれパーツを注文した。

自作は初めてということもあり、キットの形でいくつかのパーツが含まれているものを選んでいる。

<1台目>
ケース:KBDfan 5° 60%キーボードアルミケース。$88($10ディスカウント中)
PCB(プリント基板):GK64XキットのPCB。GK64XSはBluetoothとUSB接続の両方で使用できるようだが、バッテリー内蔵タイプのためにこれは避けた。付属ケースは今回不使用。Ali Express経由で購入、$54
キーキャップ : DROP Skylightシリーズ 。(2色成形、文字部は光を透過)$45
キースイッチ:Zilent v2 (62g)ZealPC社製 静音タクタイル 70個 $72 なおZealPCはGateron社がOEM生産している。

1台目は送料を考慮すると、だいたい3万円+αとなった。

<2台目>
ケース:KBDfan TOFU 60%キーボードアルミケース 遊舎工房より ¥9,800
PCB:GK61キットのPCB。付属ケースは不使用。Amazon(中国発)¥6,263
キーキャップ :TALP DSA PBT dye-sub キーキャップ60%用 TALP Keyboardより ¥7,000
キースイッチ:Gateron Silent赤軸(リニア 60G)70個 ¥4,900

2台目は約29,000円。こちらは日本からの購入がメインとなったが、それでも値段的には2万9千円弱である。日本で買う方がやはり高価になることがわかる。(キースイッチの値段については、Zilent v2がかなり高価な部類のスイッチであるため大きな差が出た。

パーツ詳細

1. キースイッチはタクタイルタイプ(打鍵の始めにスイッチ感のあるもの。Apple Extended Keyboard IIのクリーム軸もタクタイルタイプ)とリニアタイプ(スイッチ感がなくスッと打鍵される)を選び、1台目と2台目で違う打鍵感にしようと考えた。Extended Keyboard II のクリーム軸は静音タイプとされ、メカニカルキーボード特有の音を抑える部品が組み込まれているので、これまでも音が大きいと感じたことはなかったが、今回の自作キーボードもあまりカチャカチャいわないものを選んだ。この点については、HHKBを以前検討した際にどうしても気になった点なので少し思うところを話したい。

HHKBというベンチマーク

HHKBは「静電容量無接点方式」と呼ばれるキースイッチを使用しており、接点がないために耐久性が非常に高いと言われる。ただ、静音性という点については最新のType-S以外はあまり静かとは言えない。ブログなどではその使用感において、「スコスコ」「コトコト」という表現でその打鍵感や音を表現している場合が多い。ただ自分がこのキーボードを借用していろいろと試した際、キースイッチに被せられたラバードームからくるわずかにクニュッとするような感触がどうしても気になってしまった。これはメンブレン式のラバードームの感触ほどではないにせよ、それに通じる感触で、ALPS軸のタクタイルキーボードや最新のメカニカルキーボードにはない感触だ。個人的にこれに馴染めなかった。「スコスコ」という感触が、バネとこのラバードームの反発力から来るのであれば、打鍵感の点でメンブレン式と違うのはバネのあるなしではないのか、と思ってしまったのである。接点がないことによるスイッチの耐久性は高くても、ラバードームの耐久性はどうなのか?硬化したり、へたったりはしないのか?

HHKBの打鍵感を変えるためのラバードームが別売されているのだが、BKE Reduxという製品で4種類の硬さがあり、異なる感触に変えることができるらしい。(Chyrosran22氏がYouTubeでその違いを比較している動画がある)この点からも、HHKBの打鍵感や音に何らかの不満を持っている人はいるということだ。HHKBの製品としての魅力については疑問の余地がないが、自作メカニカルキーボードがこれほどの人気の高まりを見せ、多くの人がキーボード部品の価格を知りつつある中で、HHKBのプラスチック感の高いケースやBluetooth用バッテリーの扱い方=デザイン的な欠点、そして同じ東プレ製のRealforceとの値段の違いなど、少しどうかなと思ってしまう。今や静電容量無接点方式のキーボードはNizなど中国製他のものがコピー以上の仕上がりで出始めているし、値段もそちらの方が「普通」だ。個人的には、全盛期のALPS軸のような、コストと手間をかけるからこそ生み出される、日本にしかできない製品を期待したいのだが。。。

とにかく。今回購入したZealPC製の静音タクタイルタイプ、Zilent v2「ザイレント v.2」キースイッチは現在市場にあるCherry MX 互換キースイッチの中では後発で、かなり高価な部類に入る。接触部分の素材が別のものになり、デザインも工夫されているため、音を抑えるだけでなく打鍵感も穏やかなものになっている。こうしたキースイッチは店頭で試した程度で比較できるほどの経験がないのだが、ALPS軸とは大きく異なるものだということははっきりしている。それは個人的には何というか世代的な進化と捉えても良いもので、打鍵の軽さ、感触、静かな音(落ち着いた「スコスコ」音 + タクタイル接点を過ぎる際に多少感じるピッチの高い機械音 + 「コトコト」というわずかな底突き音)などは非常に満足できるものだった。ルブのような面倒な手を加えなくとも十分以上に実用的、かつ優れた使用感を持つものだ。何より当初比較検討したHHKBよりも全ての面で良いと個人的には感じる。メカニカルキーボード本来の良さを残しつつ、その各要素を洗練させた感じだ。

ZilePC社のサイレント仕様のタクタイル軸、Zilent v2 62g

2. PCBは、キースイッチをはんだ付けする必要のない「ホットスワップ」タイプで、あらかじめRGB LEDが組み込まれたものを選んでいる。はんだ付けはしても良いと一瞬思ったのだが、場合によってキースイッチを変える可能性も考慮して、このタイプを選んだ。なお、PCBのドライバーやファームウェア、設定用アプリなどについては、現状かなり雑なものだと言わざるを得ない。GitHubなどで有志のプログラマーなどがドライバなどを作成してくれているが、これらについては実際に一般人が利用するにはハードルが非常に高い。このため、最近キーボード専門サイトから入手可能なPCBの多くは汎用的にウェブ上で視覚的に設定ができる「QMK configurator」が利用できるようになっている。残念ながら今回購入したGK64X、GK61はどちらも利用できなかった。このためLEDのRGB発光設定などはあまり細かく調整できない。この点については使用環境にもよるが、簡単に設定できるようQMK対応をうたっているPCBを選んだ方が良いだろう。値段の違いはこうした点から来ているように思われる。

3. 個人的にケースは非常に重要だ。現在入手可能な高価な部類の日本製キーボードを試した際、最も残念に思う点がプラスチック製の筐体やケースだ。もちろん、プラスチック製であることそのものに問題があるとは言わない。ただApple Extended Keyboard IIに用いられているような昔のがっちりしたプラスチックと、今日主流のプラスチックの質にも大きな違いを感じるのである。キーボードをコンパクトにして持ち運びも想定したHHKBについては多少理解できるが、コンパクトであるからこそキーボードは一定の重量でズレないようにしたい。フルサイズキーボードのRealForceは大きいがゆえに、プラスチックのしなりが気になる。Extended Keyboard II は多少しなるがRealForceほどではないし、重量が十分以上にあるため全くズレない。今回は非常にコンパクトな60%キーボードであるため、軽すぎると不用意にズレる可能性もある。堅牢さや耐久性の面でもアルミ製の方が高いだろう。また最近のメカニカルキーボード用PCB(プリント基板)はLEDが大量に組み込まれているため、多少放熱についても気にしたい。結果的に使用してみて気付いた点は、切削アルミ製のケースは分厚く、かなり音を吸収するようで、静音化にも一役買っているのではないかという点だ。そして何より、ソリッドな感じが非常に高く、しなりもないため物としての質感に優れている。長く使う道具としての存在感がある。

黒以外にもカラーバリエーションがある。重さは805gあり、かなり分厚く重い。この厚さが静音化にも一役買っているようだ

4. キーキャップはPBT素材のものを選んだ。ABS素材のものよりもサラッとした感触があり、テカリにくく高品質であるという。1台目のセット用には2色成形のキーキャップ セット「Skylight」シリーズをDROPで注文した。2色成形は文字部分を別の素材で埋め込むため高度な技術が必要でコストも高くなるが、擦れて消えることがないためキーとしての耐久性も高い。このセットは墨色に近いダークグレーと濃いめのグレーの2色のセットで、文字部分は半透明の素材が埋め込まれており、光が透過する。(ただしLEDがオフの状態だとこの文字部分はほとんど見えず、HHKBの「墨+文字無記載」に近い状態になる)文字のイルミネーションはMacBook Proを使用していて便利な機能の一つであるため、このセットで再現したかった。ただ、今回はブラックのケースに合わせてダークなモノトーンのカラーリングのセットを選んでいるのだが、このように文字部が透過タイプのキーキャップ セットで、黒以外で2トーン以上のセットは他にほとんど見当たらなかった。

何れにせよ、さらりとした感触と、エッジのしっかり立ったキーキャップは、いかにもメカニカルキーボードという感じがあり、かつ打鍵時の感触も良い。

もう一台のものはTALP Keyboardから出ているグレーとライトグレーの組み合わせで、一部に差し色として別売りのキーキャップを数個追加した。HHKBのグレー仕様に、鮮やかな色のキーが数個アクセントになっている、といった感じになる。こちらはもう少しヌメッとした感触の、どちらかといえば古いキーボードによく見られるような触感のキーキャップだ。場合によってはもう少しレトロなキーボードに見られるようなキーキャップセットに変えても良い。これもDROPなどからIBM旧式機などをリバイバルしたような、非常に優れたセットが多数販売されている。

DROP Skylightキーキャップ セット。墨+ダークグレーの他に、黒、ブルー+白、黒+レッドのセットがあり、どれもなかなか魅力的だ

まだ全ての部品が届いていないため、まずは1台目、GK64Xキットの基盤とZilent v2キースイッチを用いて矢印キーのある60%キーボードレイアウトのものを作成してみた。
説明書などは全く入っていないため多少組立手順に迷う。

実際の組み立て

1. ケースからねじ止めされているキースイッチの固定用プレートとPCBを取り外す。プレートは別に用意していたのだが、取り付けられていたキースタビライザー(大きいサイズのキーを安定させるための機構)が準備したプレートに合わないため、そのまま付属のものを使用した。(白色のスチール製のため、ダークカラー仕様のキーの隙間から白く見えるのが玉に瑕)

キットオリジナルの状態。プラスチック製のケースにPCB、キースイッチプレートが取り付けられた状態。すでにキースタビライザーも取り付けられている

2. キースタビライザーをいったん取り外して確認。自作キーボード派はキースタビライザー付きのキーの打鍵感/音が良くないとして、パーツに潤滑剤を塗布したり(ルブ作業)、布テープを基盤とスタビライザー基部の間に貼る(バンドエイド作業)のだが、どうやら工場出荷時にルブされているようなので今回はそのまま使用した。ルブについては、少し面倒なので今回はやめることにする。

PCBをケースに取り付け。今回この手順は間違っていることが後ほど判明。プレート取り付け用のピンネジも外してしまっている。各スイッチ部のLED、ソケットが見える

3. プレートにキースイッチを取り付けていく。今回手順を間違えたのは、プレートを取り外した後にPCBを先にケースに取り付けてしまい、プレートにキースイッチを取り付けたものをPCBに押し込む(キースイッチの端子をPCBの端子ソケットに差し込む)形に進めたため、端子がうまく挿さっっているかを確認できなかった点。キースイッチの取り付けが進んでいない状態だとプレートがしなるため、スイッチをまっすぐ差し込むことが難しい。PCBはケースに取り付けずにプレート+キースイッチと組み合わせ、キースイッチの端子がきちんと刺さっているか確認してからケースに取り付けるようにするのが正しい手順のようだ。
実際、完成後に機能しないキーがかなりあり、キースイッチを取り外してみると端子が挿さらずに折れ曲がった状態になっていた。もしキースイッチを交換することを想定していないのであれば、ホットスワップタイプのPCBは避け、はんだ付けする(その際に端子が挿さっているかを確認できる)方が良いかもしれない。長期使用の点でもホットスワップタイプは多少懸念が残る。

キースイッチをプレートに取り付け後、キーキャップ をはめ込んでいく。今回はキーキャプをはめてからキーの動作を確認したが、キースイッチを取り付け完了した時点で確認し、スイッチの取り付けに問題がないか確認した方が良い

4. キースイッチが取り付けられたPCBをケースに取り付ける。

5. キーキャップをはめていく。これはサクッと進む。

6. キーキャップ を全てはめ込み、USBケーブル(現在はType Cが多い。デバイス接続側はType A)を繋いで完成。うまく作動するかテストし、続いて各種の設定を行う。今回この設定部分でつまづいたのだが、これは自分がMac使いであるからで、細かい設定(ファームウェアに設定を書き込むことでアプリなしで機能するようにするなど)は行えていない。(GK64基盤のドライバや設定画面はかなりひどいらしい。またWindowsオンリーのようだ)

横から見る。スカルプテッドキーキャップ によりキー表面がカーブを描いている。打ちやすさに差が出るはずだ。ケースのデザインも存在感がある。しかしサイズの合うShiftキーのキーキャップがなかったのは痛い

キー設定については「Karabiner」というキーボード設定アプリを使用してキーアサインしている。キーボードのRGB照明については、当初よりカラフルな表示はさせるつもりはなかったので、指定されているFnキーとのキーコンビネーションで最低限の設定変更を行い、ブルー単色、常時点灯設定にしてある。時々カラフルな表示をさせても良いだろうが。

そして完成

こうして、一時試行錯誤しながら(キースイッチの取り付け不良の修正作業に多少時間がかかった)完成し、この文章も今回作成したもので書いている。
キーの打鍵感はかなり軽く、Zilient v2はタクタイルと言いつつかなりリニアな打鍵感に近い。この点についてはベストとは言えないが、大きな不満は感じないし、この軽さは指には良いだろう。
音は非常に静かで、消音クリーム軸を使用しているExtended Keyboard II よりも相当に音が小さい。カタカタ音はほとんどなく、タクタイルスイッチのバネ音が少し目立つが、個人的には静かで良かったと思っている。
光を透過するキーキャップについてはMacBookを使用しているとやはり便利だ。スリープ時にはほとんど文字は見えないが、起動すればかなりくっきりと透過した光で文字が浮かび上がる。CapsLockキーのLEDも見やすく、光らなくなり文字種切り替えもできなくなったExtended Keyboard II のCapsLockキーから大きく進化した(元に戻った)。

RGB設定などしていない、接続直後のイメージ。このようにカラフルに点灯するが、自分には必要がないので変更する

今回完成品に1つ問題があるとすれば、キーキャップだ。60%用のセットではなくフルサイズキーボード用のセットであるため、今回の文字配列に対応しないキーがいくつかあった。特に左右の各シフトキー、右側のCmd、Altキーは対応するものがないため、仕方なくサイズが合うもので代用している。基本的にはブラインドタッチでキーボード盤面は見ないために問題はないが、完成度という点では多少がっかりな状態である。

2台のキーボードを並べてみると、そのサイズの違いに驚く。数字キーについては設計用途などで必須になるため、同じKBDfanからテンキーキーボードのキットも注文した

部品が届き次第、もう一台を組み立てる予定なので、これも完成したら紹介する。また、自作キーボードに合わせてケーブルも最近人気のカールケーブルを作ってみる(あるいは購入)予定だ。

何れにせよ、既存の一般的なキーボードの品質に疑問を抱き、苦労を厭わずにパーツを集めて自作し、ルブなど手間のかかるModを施し、打鍵音を録音して動画を配信している若い世代の人を見ると、最近のアナログレコード/カセットブームや真空管アンプの人気と通じるものを感じる。レトロでクールと感じたものが、実はコストも品質も伴った現在の製品よりも面白く、優れたものだったと気付くことは、非常に有意義なことではないだろうか。(ちなみにアメリカでは高校でタイピングの授業が必須ではないが選択科目としてあり、大学で大量の論文を書く準備をさせられる)
多少行き過ぎの感じも一部のYouTuberからは感じるが(いくつ作ってんだこいつ)、健全なホビーには違いないと感じた。

リストレストは必須。メカニカルキーボードはキーキャップ の高さもあり、ケース自体の厚みと合いまってかなり背が高い。今は60%キーボード用のリストレストもいろいろ販売されている。

追記

アビエーションコネクタとコイルケーブルを用いたUSBケーブルを入手した。自作キーボード派の間ではケーブルも自作することがはやっていて、とてもよくできている。今回は購入したのだが、自作キットを注文してしまった。。。

普通のUSBケーブルにスリーブを重ね、独特なメッシュの風合いを持つ仕上げのUSBケーブル。コイル状にした部分と普通のまっすぐな部分を、航空グレードのコネクターでつなぐのが流儀らしい
大きさなどで数種類ある。これは黒く塗装されたものだが、いろいろなカラーがある。これはGX16というタイプだが、より精巧な感じがするYC8というコネクターもある

真空管アンプを組み立てた Triode TRK-3488というキット

何年も放置していた当ブログ。実際めんどくさがりの自分には短く毎日何かを書く、みたいな習慣は身に付かない。どちらかと言えば、何か思ったことを少し寝かせながら考えて、一まとめに書く、というスタイルである。このやり方の欠点は、「思ったこと」がいくつか重なるとあっちこっちに思考が飛ぶので、結局のところまとまらないでいつの間にか霧散してしまう点だ。

そこで、ある程度テーマを絞ることにした。建築だったら建築、音楽だったら音楽、オーディオだったらオーディオを大きなテーマとして、その中でもう少し具体的なテーマを選ぶ。オーディオ → 真空管アンプ、みたいな感じで。それならばもう少し、備忘録的にでも書く気になるかもしれない。何かをやった日には、書きたくなるではないか。

というわけで、久しぶりのブログのテーマは「オーディオ」、そして今回は真空管アンプである。最近、オーディオ界隈では多少の広がりを見せている真空管アンプであるが、ニッチであることには変わりがない。それでいて、非常に奥の広い世界が広がっている。枯れた技術であるが、そこに魅力がある。アナログレコードのブームもかなり定着した感があるが、そこに通じるものがある。というか、アナログレコードとセットに考えられそうなのが真空管アンプである、と思う。

真空管 Triode TRK-3488_11

Triode社には多くの真空管アンプがあるが、キット製品は時々販売されるモデルのみで、これは真空管 EL34 とKT88を差し替えて使えるモデルである。

ネットで調べてみると、うかつには手を出せない奥の深さがある(手は出ても金は出ないので)。アナログレコードの魅力の1つに「大きなレコードを手に取り、ジャケットからうやうやしく取り出してプレーヤーに置く」一連の動作=儀式」があり、さらにはCDにはない、ましてやデジタル音源からは得られない感覚としてレコードの重さや大きなジャケット、盤面の迫力、温かみのある音といった「何か」別の満足感がある。そして、レコードプレーヤーの繊細さ。カートリッジを交換すれば音が変わり、その微細な信号をいかに増幅して再生するかに苦心する。その一連の流れや作業そのものがアナログレコードの魅力であり、そこにデジタルではなく「アナログな」真空管アンプを加えてみたいと考えるのは自然な流れなのかもしれない。音楽を聴くことがいつの間にか生活の空気のようなものになり、それはそれでいいとしても「じっくり」音楽を聴いて楽しむことが減ったように思うが、久しぶりに「スキップ」したり「選曲」することもままならないレコードで聴いた「音楽」は、かつてないほどに心を打つものだった。

真空管 Triode TRK-3488_9

真空管はかつて普通の電気部品であったものの、次第に別のより効率の高い部品に取って代わられていった、古い製品である。(ギターアンプなどでは今も第一線で活躍しているが)10年前であれば、白熱電球はまだ市場に存在したが、それが蛍光灯型になり、今やLEDに取って代わられた。真空管は白熱電球に近い部品で、電球よりもさらに早く一線から退いたはずが、今や古いほどヴィンテージとして高値で取引されるものになっている。まだ古い電気機器が広く使われている旧東側諸国や中国ではまだ製造されているが、日本では現在製造している会社は残り少なくなっている。

真空管アンプの仕組みについてはあまり深追いしないことにしたが、製造メーカーの違いで真空管を楽しんだり、交換して楽しむ世界があると知った。そして調べていくうちに、自分でアンプを組み立てたり(できる人は当然回路図から設計する)、それを一部楽しめるキットがあることもわかった。それがわかると、どうしても完成品を買うだけでは満足できない気がしてしまう。かといってゼロから作り上げることは自分の知識では難しい。そうして探し当てた製品が、Triode社の真空管アンプキットであり、いろいろ考えた上その中の「TRK-3488」を選択した。

このキットは多分、ちょっと電気工作をしてみたいという、初心者に向けたものだと思う。その代わり、完成した製品は組み立てキットにありがちな「ガレージ感」ではなく、売り物としてのデザインや品質のクオリティを追求したものになっている。塗装の仕上げや前面・背面パネルの質感も良い。難しい部分はすでに組み上げられており、回路も基盤化されているので、部品を基盤に半田付けしていくだけである。ていねいに番号付けされた部品を対応する基盤の番号位置に取り付け、半田付けしていくだけである。半田付けをあまりしたことがない人でも、基盤に差し込んで半田付けするだけで良いので、進めていくうちに慣れてうまくできるようになるはずだ。そして、週末1日をかければ完成する分量なのもうれしい。十分な達成感も得られる。

真空管 Triode TRK-3488_1

キットはここまで出来上がった状態で送られてくる。

抵抗やコンデンサー、ケーブルなどが分別され、番号付されている。

抵抗やコンデンサー、ケーブルなどが分別され、番号付されている。

基盤をいったん取り外し、基盤上の番号に合わせて部品を取り付けていく。半田付けは可能な場合は表裏に施す。

基盤をいったん取り外し、基盤上の番号に合わせて部品を取り付けていく。半田付けは可能な場合は表裏に施す。

部品を番号に合わせて取り付け、半田付けしていく。それなりの量があるが、番号付されているので迷うことはあまりない。

部品を番号に合わせて取り付け、半田付けしていく。それなりの量があるが、番号付されているので迷うことはあまりない。

部品を全部取り付けた後、本体に戻す。後はケーブルの結線のみ。

部品を全部取り付けた後、本体に戻す。後はケーブルの結線のみ。

部品の取り付けよりもケーブルの結線の方が難しかった。オーディオ用のはんだは2m用意していたが、ギリギリの量。

部品の取り付けよりもケーブルの結線の方が難しかった。オーディオ用のはんだは2m用意していたが、ギリギリの量。後は底板を戻し、これで組み立ては終了。

組み立て後、電源のLEDが光らない不具合があったが、これはソケット付きのケーブルの差込が逆なだけだったのですぐに治った。真空管がほんのりとオレンジ色に光を放ち、温かくなったのちに音楽を再生する。初めて音が出た時の満足感は、やはり完成品の場合とは違うなんとも言えないものがある。苦労した甲斐があるというものだ。

ほんのり光る真空管。初めての体験。

ほんのり光る真空管。初めての体験。

まずはアナログレコードの音を聞いてみると、やはりいつものトランジスターアンプとは音が違う。まだエージングも済んでいないだろうが、いつもよりもだいぶ陰影が濃い。もちろん、最近いつも使用しているスピーカーではなく以前のスピーカーを引っ張り出してきたこともあるだろうが。これからも音が変わっていくだろうし、真空管を変えて遊んでみるのもいい。

重さもあり、いい高級感と精密感があって、いいオーディオ機器を所有する所有感も得られる。

重さもあり、いい高級感と精密感があって、いいオーディオ機器を所有する所有感も得られる。

ただかなり熱くなる。夏に使うのはよろしくないという情報はその通りらしい。そこも逆にアナログらしいところであり、一日中絶え間なく音楽を流すような最近の聴き方には向かないが、レコードを1枚、通しで聞いたりといった、「集中して音楽を聴く」聞き方には向いている。

音楽サーバー(I O DataのSoundgenic) に取り込んだデジタル音源もこのアンプで聞いてみた。スピーカーも違うので一概には言えないが、最近聞いていた音と比べると粗さもありつつ、濃淡の濃い音が聞こえてくる。
これで性格の違うシステムが2系統になったので、聴く音楽によって変えてみるのも良いかもしれない。

巣篭もりが充実する、良い物を手に入れた。

千葉県多古町の古民家改修 その6. 裏庭の作業小屋 6. Workshop in the backyard

今回民家を改修してくれた棟梁が、借地に建てていたために立ち退きの際、取り壊さなければならなくなった木材加工の作業小屋を、裏庭の空いたスペースに移築してくれることになった。

The master carpenter who renovated the old Japanese house was told to leave the place he built his workshop—the land space is not his own, he had been leasing the lot. It is unfortunate but he had to demolish the workshop—then there is the backyard of my house, which is so wide open.

最初の柱と梁はロープで立ち上げた。柱の乗る土台は、地中に埋めた杭に乗っている。The first set of columns and beam was set by rope. The ground foundation is fixed on top of those piles set in the ground.

日本の伝統的な木材建築で最も特筆すべき点は、木組みによる木材の組み上げによって建ち上がる構造物が、解体すれば部材ごとの「部品」に戻り、再度組み上げることができるという点にあるかもしれない。今回のプロジェクトではそれを強く通関させられた。鉄筋コンクリート造りなどの建築物ではこうはいかないのである。

The most significant advantage of wooden construction found in Japanese traditional architecture is that the once built structure can be disassembled into pieces of wooden part, and if wanted, those pieces can be reassembled in order to rebuild it in similar manner. I strongly realized with this point in this renovation project—it can not be done in construction method such as reinforced concrete building.

棟梁は建物を丁寧に解体し(というより分解と考えたほうが良い。最近の「解体」は建物を破壊する方法を採るからだ)構造や部位にしたがって各部材をまとめ、部材の合わさる場所と組み合わされる部材どうしを記号や数字で示しておく。こうすることで、再度組み上げる際にどの部材のどこがどう組み合わされるべきか、瞬時にわかるようになるのである。

The master carpenter disassembled the workshop, put those pieces in manageable order by numbering, marking and grouping according to the structural, functional roles. By doing so, it can be instantly figured out that how each piece of material can be put together and fit.

重い部材は伝統的な三叉を用いた。単純な装置で、二本の長い木材を三角形に起ち上げ、滑車を吊るして木材を引っ張り上げる。以前はこうした装置で大規模な寺院や城を建設していた。Heavy materials were set by traditional wooden crane–it is a simple instrument by using two wooden poles fixed in a triangle, with pulley pulling up the material by rope. This is how traditional building, even a large scale temples or castles were constructed.

組み上げられて数十年を経た木材は、その木の特性によって特定の癖を持ち、歪みやねじれが生じている。例えば、太陽光にどのように当たっていたかーー太陽は東から昇り西に沈み、一日の中でも日射の強さや温度差がある程度一定に変化するため、日光にさらされる建物もその変化によって、長年の間にしだいにねじれが生じてくる。建物として部材同士が組み上げられている際にはその歪みが抑えられているものの、解体すると一気にその癖が顕在化するのである。
Each piece of wooden material has its own, peculiar distortion after years. Such distortion could occur in various reasons—for example, the sun orientation could dry or heat a building in different manner—as the sun travels from East to the West, climbing higher in the sky to heat the ground or building structure in inconsistent manner. While distortion of each piece is suppressed when put together with other piece, such distortion becomes significant when disassembled.

三叉を使い、奥から手前に三叉をずらしながら梁を渡していく。Using the wooden crane, from the back to the front, the set of beam-columns was fixed one by one.

今回はスペースの問題で重機が入れないため、伝統的な方法で棟上げを行った。三叉と呼ばれる二本の長い木材を三角形に組み、滑車を使ってクレーンにして重い梁材などを持ち上げるのである。重機は建設の効率化を一気に進めた立役者ではあるが、こうした伝統的な方法でも十分、建設することが可能であることが今回わかった。重機は安くても買えば数百万円、借りても日毎数万円するところ、たった二本の長い木材と滑車、ロープがあれば数人の人力で相当に重い部材を持ち上げることができる。実際、昔はこうした方法で大きな寺院さえ建設していたのだ。

During this reconstruction, any heavy equipment could not go into the backyard, thus we used more traditional method. By using two long wooden pieces put together in triangle shape, along with ropes and pulleys, even heavy pieces of wood can be lifted up by a few people. Actually, even a large temple or a castle were constructed by using such equipment.

シンプルな柱+梁構造に、筋交いを立体的に組み入れることで全体を補強し揺れを防ぐ。木材に歪みがあるためなかなか組み上げにくいものの、歪み方向にロープで構造を引き戻して歪みを補正した上でこれら筋交い等を組み上げていく。 By fixing those diagonal braces, the entire building is fixed in position without distortion. It is hard to fit those braces because of the distortion, but once it is set, the structure is solid and distortion-free.

土台は布基礎の上に置くのではなく、2mの木製の杭を地面に打ち込んでその上に置いている。木の杭は確かに地面から上の部分が腐食する可能性があるものの、地中部分はほとんど腐食しない。また杭を使いベタ基礎にしないことで、風通しの良い状況を作ることができる。
土台の上には柱と梁を先述した方法を用いて組み上げ、その後屋根部を組み上げていく。

Ground sills are fixed on wooden piles, rather than using concrete foundation. Those piles in 2m long were hammered into the ground—while wooden pile could be deteriorated at the part above the ground, the part in the ground would not be decayed. (actually, wooden piles have been found in the ground from remains of old buildings, some several thousands years old)
On top of the ground sills, columns and beams were assembled by using the method described above.

梁の上には束を立て、棟木を渡していく。高さがある小屋のため、重い部材を持ち上げるのは骨が折れた。それでも棟梁は細く揺れる足場の上で、バランスを取りながらこれらを組み上げていくのだ。On top of the beams, roof supporting piles are fixed and roofridges were placed. Those heavy materials were hard to bring up to the roof level, although the master carpenter even walks around on the narrow and shaking scaffolding…

木材の歪みにより、組み合わせることが難しい部位も出てくるが、ロープを使って建物の各部を引っ張ることで対応することができる。組み上がった部分も下げ振り子等を利用して歪みを測り、計算しながらこうした歪みを取っていく。

Some part of the building can not fit well because of distortions, but those can be fixed by pulling or pushing some part of the building. We managed to get it right.

それにしても、二日目の棟材や束の持ち上げには骨がおれた。棟梁は下から相当な重さのある部材を引き上げ、場合によっては高い梁の上でアクロバチックに長く重い部材を回転させたりしているのだ。とても一中一夜で習得できるものではない。

It was quite tiresome to pull up heavy wooden pieces. Master bring up to the beams and locate those on the particular places. The “dance” of the master can not be learned in short period of time.

棟木が組み上がれば、後は垂木を渡し野地板を貼っていき、屋根の下地を作る。Once the roofridge is in place, then rafters are fixed and roof sheathing boards are set.

屋根下でも木材加工時にじゃまにならないよう、階高と屋根が通常よりもかなり高くなっている。これから屋根を貼り、壁を貼っても相当な開放感を得られる作業小屋になるだろう。

The height of the beams and roof was determined based on the type of works to be done in the workshop. Long wooden pieces can be moved around the workshop. The workshop will be wide-open building.

続く。
To be continued.