— Delirious New York Diary

光と影ー思想と精神と感覚と

投げかけられた光と、自ら発光する光。影を作り出すのか、影を照らし出すのか。

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光と闇は対極にあるものではない。人が介在すれば、その意味も人それぞれによって意味を変える。

janof 光と影ー思想と精神と感覚と

shadow 光と影ー思想と精神と感覚と

谷崎潤一郎の「陰影礼賛」は海外において日本の伝統美を知る上で日本以上に親しまれているように思われる。それは、暗がりに鈍く光を放つ人の生活の証と人の生き方そのものに対する谷崎のノスタルジックな憧憬が描き上げた世界だ。西洋式の生活に慣れていた谷崎本人にはその憧憬世界そのものに住むことはもはや苦痛だったようだが、彼の精神の拠り所として心の中に存在したそれらの心象風景は、彼のその後の生き方と文学作品において大きな意味を持っていた。

美を侘/寂という、時の流れの感覚として捉えた日本の美意識は、西洋における、廃墟という過去への憧憬を促すロマンティシズムの感覚に、実は近いのかもしれない。その意味でも、谷崎は伝統そのものに生きるというより近代的に伝統を捉えたのだった。
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ニューヨークがなぜこれほどまでに過去への憧憬をかき立てるのか。ユートピアを夢見て造り上げられたこの都市が、その過去を受け継ぎながら未来へと変貌している証なのだろうか。ニューヨークという存在に、我々は光と闇とを重ねることでその存在を捉えようとする。人それぞれが、一つ一つの心象風景としてのニューヨークを持っている。

4 comments
  1. koto says: 6月 12, 20057:46 PM

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    突然ですが、私は詩や文を書くのが好きです。
    そういう人間が建築に異様な好奇心をそそられる訳を、
    垣間見せて頂ける気がしました。
    またこさせて頂こうと思います。

  2. ks530 says: 6月 13, 20056:18 PM

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    kotoさん;コメントありがとうございます。
    詩や文を書くということと、写真を撮ったり建物を作り出すということは、最終的には同じことだと思っています。写真家や建築家が特殊技能を持った人間である、ということは(特に)建築の社会性を考えれば確かに「そうだろう」とは思いますが、でも何かを生み出し創り出すということ自体に詩人や作家との違いはないと思います。
    それって、言ってしまえば「当然だろう」みたいに思われがちですが、作る側にある人間にとっては見落としがちなものでもあると思うんです。技能だけでもある程度できますからね、言ってしまうとみもふたもないですが。
    写真について、建築について書いているのは、それらが自分にとって詩的であるもの、創造的であるものであることを再確認するためです。だから詩や文を書くことと同じベクトルで、建築に興味や好奇心を持つのも、僕は自然なことだと思いますよ。海外には建物を建てない「unbuilt」の建築家がたくさんいます。じゃあ、彼らの「机上の建築」とは何か。日本でも、その「unbuiltな建築」の意味をもっと考えるべきだと思います。

  3. koto says: 6月 13, 20058:34 PM

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    あぁ。。なんてなんてkoto心をくすぐる言葉。
    「unbuiltな建築」
    身体の内側で何かが動いて、鳥肌を立てます。
    久しぶりの感激にわたし中がざわざわしてます。
    自分が何か忘れてるなんて思いもしなかったんですが、
    何故か何かを思い出せそうな期待感を持ってしまってる。
    直接的に性的な事以外で性的高揚を覚えるのは、
    遅まきながら生まれて初めての感覚です。。

  4. ks530 says: 6月 14, 20053:26 AM

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    ちょっとドキッとするコメント、ありがとうございます。
    「umbuiltな建築」にそれほどの意味を込めたわけではないのですが。(笑)それでも何か詩的なものを感じてもらえたならばうれしいです。
    でも何かを捉える瞬間、何かを作り出す瞬間、それって自分の生きていることを実感する瞬間でしょう。kotoさんの言っている感覚はよくわかります。

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