— Delirious New York Diary

西洋建築史再考~3. リベスキンドの描く世界

今回は、前回最後に引用した磯崎新の言葉から始めてみようと思う。

「庭園を<自然>の虚構として構成した時代から始まって近代と呼ばれる知の一つの形成が波紋のように世界を何度か襲ったあげくに、その虚構をあらためて虚構として描くほかに採用する手段の無い時代を私たちは生きさせられている。記号が実態から剥離して時元と位相をかえて操作可能になるべく再配列させられている。その記号の波のさなかに投企される新しい記号はあくまでも、揺らぎを起こし、波紋を増幅するだけなのだが、それが、オーバーレイされたマルチスクリーン上の映像のように、際限のない振動を続ける。それ故に…18世紀中期に始まる<建築>の危機も、その危機の内容こそが実像であって、それを説明する諸事実は、スクリーン上の映像のように、流動し点滅せざるを得ない。”廃墟図”というクリシェも異なる文脈の中で意味を変え、しばしばレトリックとして政治的な作動をする。それが未だに有効な手段にしうることにこそ実は注目すべきであって、この虚構を虚構として描く時代がやはり、あの18世紀中期の”危機”に始まる近代の連続である証拠の一つと言えるのだろう」

ーー過去を<イベント>の蓄積とその記録として客観性を与え、<歴史>として解釈や引用の自由を得たかにみえる<現在を生きる我々。> もちろん、そうした事実とされる<イベント>を再定義し体系化していくことが過去を可視化し、認識し、イベントの連なりを見いだす指針になることは確かだ。しかしそうして再構成されたものは、我々が取り上げ、解釈し、引用する過程においては記号としてその意味するところを限定され、また実態とは異なった意味や物語性を与えられる危険性をはらむ。ではその定義化/体系化を促す推進力となるものはいったい何なのか。そこでは常に外部からの影響力が及び、認識の歪曲が起こる危険性を常にはらんでいる。あるいは逆に体系化の隙間をこぼれ落ちていった見えない事象は、現在と未来に影響を及ぼすすべを全く失ってしまうのだろうか。その取捨選択を行う理由は、権利は、能力は、現在の我々にあると言えるのか?


この写真を掲載することもはばかられるところではある

我々は同時多発テロやホロコースト(あるいはヒロシマ、その他多くの過去の記憶)をメディアの目を通して「理解可能な物語/体系化された歴史の流れ」として知り、それらを過去のものとして距離を保ったまま安全な場所から眺めながら、過去を記録として固定し<現在の我々>との関わりを知らず断ってしまうことに加担しているのではないのだろうか。
<現在>の我々が過去を扱う難しさと責任は、重い。

前々回は Jewish Museum Berlinを紹介したが、その理由はリベスキンドのコンペ案が世界貿易センター復興計画案として採択された経緯には、彼がユダヤ人であり、その文化的背景を色濃く反映させることで完成したJewish Museumの存在が大きいからだ。ユダヤ系移民の多いニューヨークでは、彼の背景とJewish Museum誕生の経緯を、同時多発テロと復興計画に重ね合わせたいところがあるとは考えられる。

しかし上でも述べたように、リベスキンドの作品やプロジェクトを読み解く中で、彼のユダヤ人としての生い立ちや経緯に重点を置き、彼の使命や創造の源泉の在処を問うことは、彼のプロジェクトの想起や展開をうかがい知る手がかりとなることは確かだろうが、同時にそれのみを注視すると彼のプロジェクトの持つ可能性や問題提起の視点を限定してしまう可能性があることも明記しておく必要がある。

リベスキンドのプロジェクトに限らず形式を踏まえたところで活動することを余儀なくされるポストモダニズム全体に言えることだが、リベスキンドの打ち出すコンセプトが「正しい」ものであるのか、その方向性はユダヤ人の歴史やホロコーストといった過去の<記憶>を伝え行く上で本当に意義を持つものなのか、そしてそれを建築という言語によって翻訳し、表象することにどのような意味があるのかという問いを、彼の建築そのものが投げかけてくる。もちろんそこには何を可視化し、建築の肉体としてゆくのかという問いも当然生まれ、ポストモダン的記号論に対する批判と同様にリベスキンドのテーマの取りあげ方と取り扱いに対する批判ともなっているが、リベスキンドはそうした誤解の可能性や拒絶反応をも含む数多くの過去と、我々の過去への関わり方ーー目に見えるだけでなく、記憶、思考、感情/詩性といった不可視であるものも全てーーを新たな言語によって再構成し表象する際のテーマとしてコンセプトの想起プロセスに内在させ、歴史的形式や定型化した建築言語によって表象されてきた「建築」を解体し、知と記憶の融合と構築を模索する新たな肉体と精神を建築として創造しようとしているのではないか。我々は抽象性という言葉を容易に使うが、その意味するもの、抽象性がもたらす影響とは何かを問うことで、彼は<過去の記憶>という、”客観的事実の記録ではない過去”に向き合う意味を我々に再考させる。

脱構築主義という運動は、ある意味でこうした様々な批評/解体活動をすべて盛り込むことを目指し、実践しようとした、不安定で転覆の危険をはらんだ運動であると言えるかもしれない。その上さらに過去の歴史や記録、あるいは記憶をも取り込み、建築がそれらを記述する言語として、あるいは空白、不可視なもの、無意識といったものさえわれわれに認識させる可能性の言語として、脱構築主義はあった。その意味では、磯崎が語るように、脱構築主義は「記号が実態から剥離して時元と位相をかえて操作可能になるべく再配列させられている。その記号の波のさなかに投企される新しい記号はあくまでも、揺らぎを起こし、波紋を増幅するだけなのだが、それが、オーバーレイされたマルチスクリーン上の映像のように、際限のない振動を続ける」という<状況>を現出し、そうして可視化された建築の肉体性は常に解体し変容し続ける運命を背負っている。

次回は、実際にリベスキンドがどのように不可視なものを扱うかについて、いくつかの例を取り上げながら見ていく。

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