— Delirious New York Diary

クシシュトフ・キシェロフスキー「ふたりのベロニカ」

前回最後に「ユダヤ博物館」の記事を参照してほしいと書いたのは、大きなテーマとしての二つの記事の同一部分を見てほしかったからにほかならない。「つながり」という使い古された言葉を選んだのも、そこに込められるべき意味を今一度想像してほしいと願うからだ。

ある文章をここで引用したいと思う。
「あらゆる弁証法的歴史記述は、歴史主義に特徴的な「静観性」を捨てる事によってあがなわれる…..史的唯物論者は歴史の叙事詩的要素を断念しなければならない。歴史は史的唯物論者にとって構築作業の対象となるが、その作業の場は空虚な時間でなくて、一定の時代、一定の生、一定の作品をなしている。史的唯物論者は物の世界の「歴史的連続」を爆破して時代を取り出し、そのようにして時代から生を、一生の仕事<ライフワーク>から作品を取り出す。しかしこの構築作業の成果は、作品の中に一生の仕事が、一生の仕事の中に時代が、そして時代の中に歴史の経過が保持され、止揚されてあるということになった時、成果と言えるのである」 ーヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術」

今まで言わんとしてきた事は、この短い一文に凝集されている。リベスキンドの新たな「物/語り」としての建築、磯崎の言う「廃墟」の影に潜むもの、そして映画というメディアが持つ時間断片の再構築と複製による「出来事の再現性」とはまさに、そうした「つながり」の想起と、想像と、構築と、自らによる編集の帰結に他ならない。それは一言で言えば、傍観者であることから抜け出すことであるといえる。その産みの苦しみをともなって初めて、いつしかそれらの営みは人と人とをつなぎ、過去と現在と未来をつなぎ、文化として、無形の物であっても伝えられてゆく足がかりとなる。そこには多様性がありながらも、振幅と揺らぎの幅を持ちながらも、ある一定の大きな流れを生み出してゆくのだと願いたい。そしてそこに、人は回帰してゆける場を見いだすのではないだろうか。<それを、見失いかけている現代の日本>

キシェロフスキーの映画に「ふたりのベロニカ」という作品がある。以前、ある映画評でこの作品について、「荒唐無稽なファンタジー」という突き放した評価を目にした事があった。
映画は、ポーランドのワルシャワとパリで生きている、二人の「ベロニカ」という、同じ日に生まれ、容姿も同じ女性についての話である。別の場所に、別の生い立ちを持ちながら、彼女達はいつしかお互いの存在を感じ始める。そして偶然のランデブーを境に、二人の人生が大きく動き出してゆく、という寓話的なお話だ。


映画自体も、ヨーロッパの古いおとぎ話的な要素を盛り込みながら、時に幻想的なシーンを交えて進む。ポーランドのベロニカは、体が弱いのだが美しい声を持ち、少女合唱団で歌い、ついにはオーケストラとの共演のソリストとして舞台に立つ。一方パリのベロニカ(ベロニク)は小学校の音楽教師としてあまり満ち足りない生活を送る中、幻想的な人形劇を小学校で披露した不思議な雰囲気を持つ男に出会う。彼は絵本作家であり、また人形劇で使う人形を制作する人形職人でもあった。

あらすじについてはこれ以上語らないことにするが、この映画では何かが失われていく感覚と、脈々と伝え来られた何かが静かに息づいて、空気のように目に見えずともなくてはならない物として存在している感覚、そうしたものがいつも解け合いながら共存している印象を受ける。

ベロニカによるあるシーンーー列車の車窓から見える風景が窓ガラスの凹凸によって歪んで見えるのにベロニカが気付く。少し離れたところにある古い大聖堂がゆっくりと画面を横切りながら、凸凹の部分で緩やかに歪んで流れる。彼女は第三者の視線に気付いたかのように微笑んでカメラに視線を返すのだが、それは彼女が別の世界に別の自分が存在している事に気付いているのを示唆しているかのようだ。やがて彼女は持っていた透明なスーパーボールを取り出して、目の前にかざして外の風景を覗いてみる。上下逆さまになり、歪んで膨らんだ街の景色が透明な球の中に取り込まれたように浮かび上がって、流れてゆく。このシーンは、ヨーロッパの永い歴史が目の前に絵物語のように浮かんでいる感覚、そしてそんな歴史やそれを宿した街並が自分自身の中に思い起こされ浮かび上がってくるような感覚を呼び起こす。あるいは、そうして覗き見る世界が、別の風景ーーベロニクの住む世界ーーを暗示し、ふたりの世界をつなぎとめているのだろうか。


幻想的で、あたたかみのある美しい映像を撮った撮影監督は、キシェロフスキーと長い間コンビを組んだスワヴォミール・イジャックというカメラマン。以前記事にした、同じキシェロフスキーの「殺人に関する短いフィルム」もイジャックが手がけている。同じように光量をフィルターでコントロールしているのだが、「ふたりの〜」ではセピアのあたたかみ、「殺人に〜」では社会を覆い心の奥底まで影を落とすぎらつく陰影を作り上げている。彼は後ほど「Blackhawk Down」も手がけたが、彼の映像表現は昨今よく目にする「銀落とし」の脱色手法にも大きな影響を与えたのではないだろうか

そしてベロニカとベロニクが偶然に出会うシーン。映画は1968年に設定されており、ポーランドの街の広場でも学生運動の嵐が吹き荒れている。騒然とした雰囲気の中で、ベロニカは旅行に来ていたベロニクの姿をバスの中に偶然みとめる。ベロニクは学生運動の混乱をカメラで写すが、ベロニカにはまだ気付かない。このシーンは騒然とした時代の空気をドキュメンタリーのように描き出しながら、その中で生まれるドラマチックな偶然(必然?)の出会いが映し出される。それまでの、深い歴史を背景にした穏やかな流れが、一気に現代社会の峻烈な状況と交叉する鋭いシーンだ。後で写真を現像したベロニクは、その一枚の中に、自分とそっくりな、というより自分そのものの姿が写っているのを見つける。

キシェロフスキーの映画では、偶然のようでそうではない、つながりがないようでつながりのあることが物語とシーンを紡ぎだす。それには映画というメディアの特性であるカメラという視点と被写体との距離をつなぎ止めること、バラバラに見えるかの物語を映像と時間の中で結びつけ、編集し、再構築することが要求される。さらにそれは作り手側だけの問題ではなく、それを見る我々の側にも要求されている。いつも言うように、見るという事、感じるという事、考え、認識し経験へと導いていく事ーー特に映画のように物語性が強い位置を占めるメディアにおいて、その物語性が時に自ら感じ、考えることを妨げる危険をはらむ場合はなおさらだ。

「荒唐無稽のファンタジー」という言いようは、結局のところ傍観者の立場に居続けながらこの映画を俯瞰している精神から来るように思われる。映画を見るという事に限らないが、そこに垣間見えるのは自らと見たもの/対象をつなぎとめるための何かを想起する想像力の欠如だ。ベンヤミン言うところの「静観性」は、言い換えれば提示された物事を受動的に受け止めているだけの自発性の欠如を示している。そしてさらに、「ファンタジー」と言う裏側には、自らの判断基準内という狭義に限定し固定する事で安住する精神、もしくは認識限界を超えたものに対する理解放棄という拒絶が透けて見え、そこに世界との断絶がただ浮かびあがる。

映画を作りたい、見たいと思う気持ちは実はどういった事なのだろうか。映画がエンターテイメントの側面を持つ事は至極当然ではあるけれども、自分の出来上がった世界観や感じ方をなぞり、定まったお決まりの刺激をもたらすだけのものであるならば、それは作るものと見るものの間に自動的で受動的な定型化された関係しか生み出さない。
そこで思い出されるのは、彼の映画を通して、幾度か繰り返されるいくつかのシーンについてだ。特に多く使われるのは、年老いた人物がおぼつかない足取りで街を一人、何かを手に歩いているシーンである。カメラ(あるいは主人公)の視線はこれを外部よりカメラ目線で眺めている。「ふたりのベロニカ」でも、ベロニカが部屋から年老いた女性が大きな荷物を苦労して持ち歩いているを目にするシーンがある。ベロニカと、年老いた女性は見ず知らずの他人同士でしかなく、何の関係もつながりもないままその距離は果てしなく遠いかに見える。ベロニカは窓から手助けすると声はかけるのだが実際には手助けできなかった。これに似たシーンが「トリコロール」の「Rouge」にもあり、(主人公は同じイレーヌ・ジェイコブ)ゴミを苦労してゴミ箱に押し込もうとしている老人を助けるシーンがある。カメラは傍観者としての目線から、一気にその老いた女性に近づき、主人公の心情の視線へと変化して、その距離と溝を埋め、2重の意味でのつながりを生み出す。こうした小さな物語やシーンを編み上げて、ばらばらだったはずのピースはやがて大きなテーマを紡ぎだしていく。あるいは逆に、世界はこうした見えない、偶然のような、小さなピースの集まりだと言った方がいいだろうか。

キシェロフスキーの遺作となった「トリコロール」三部作も上述のように、不思議な縁でふとつながり合う人々の物語だ。文字通り場所や時間を超えて、様々な見えない関係がやがて明らかになり、鮮やかに浮かび上がる。それぞれについてはいずれ書きたいと思うが、「赤/Rouge」の最後には、トリコロールシリーズの主人公達がある因果のもとに偶然勢揃いする。それを映画による「遊び」としてしまうのは簡単だが、この3作品で引退する事を表明したキシェロフスキーの最後の、人間という存在の因果に対する常に変わる事の無かったメッセージであると思われる。救済と喜び、それが自らに芽生えた事に主人公の男は笑顔を取り戻し、他人のために、また自分に涙する。それは、まぎれも無くキシェロフスキー本人の涙だ。常に目を背けることなく世界との結びつきを探し求めながら、最後に至った辞世の句としての無言の穏やかな涙を、静かに受け止めたいと感じた。

追記:トリコロール後、監督復帰を考えていたキシェロフスキーには3つの映画構想があった事が知られている。ダンテの「神曲」を構成する3篇、「天国篇」「地獄篇」「煉獄篇」のうち、「天国篇」は「HEAVEN」として、「Run Lora run」のTom Tykwer/トム・ティクヴァにより映画化された。(これもなかなかの力作)昨年2005年、「地獄篇」が「L’ENFER/HELL」(邦題を調べたところ「美しき運命の傷痕」)として「No Man’s Land」のカンヌ・パルムドール監督Danis Tanovic/ダニス・タノヴィッチにより映画化されている。日本では今春ロードショーとの事。調べているうちに行き着いたのだが、Bunkamura ル・シネマで、「ふたりのベロニカ」のニュープリントによる再上映が3/25日より。そろそろDVDが出るのだろうか。

 

 

9 comments
  1. チョロQ says: 3月 22, 20061:53 AM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    毎回、眼から鱗、頭の下がる想いで読ませて頂いて居ります。
    自分は映画についての記事をメインにブログを始めたつもりでしたが、語彙の貧困さ故に別の記事でお茶を濁している者です。
    キシェロフスキ作品についての考察、とどかない所に手が届いた様な気分で読ませて頂きました。
    もしよければ自ブログにてリンクを貼らせて頂きたいのですが、ご迷惑でしょうか?ご検討頂ければ幸いです。

  2. ks530 says: 3月 22, 20069:21 AM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    チョロQさん;
    コメントありがとうございます。もちろんOKです。読んでいただいてありがとうございます。
    キシェロフスキ作品はもちろん言葉で言い表すものではないと思いますが、以前見たいくつかのインタビューやドキュメンタリーでは、いかに細部のディテールを、実験を含めて計算し作り上げるかに気を配っているかを強調していました。それは映像監督との綿密な打ち合わせと出来上がる映像と物語のイメージがどこまで拮抗し協調するかも含めて。
    そこには感情や惰性での映像撮影(撮り流し)は全く無く見当たりません。全てが一つの意味を持つパーツとなるように、それ一つが一つの単語、言葉、語彙となるように作られています。ヨーロッパと日本の何が違うかと言えばそこだと思います。キシェロフスキの場合のように、感情や叙情に溢れているかに見える作品でもそうです。自分は建築を学んでいますが、そうした点にいつも留意して、「神は細部に宿る」などという言葉を「誤解し誤読する」愚を犯さないためのポイントとして、いつも注目し考えようと努めています。

  3. チョロQ says: 3月 22, 20063:49 PM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    ありがとうございます。さっそくリンクさせて頂きます。
    こちらもリンク大歓迎です。宜しくお願いします。
    日本にも凄い監督やカメラマンはいるのに、そう云う人に限って多くを語らないんですよね、残念ながら。

  4. ks530 says: 3月 22, 20068:58 PM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    たしかに一つのメディアを通して創作している人は、言葉という別の方法で語ることを潔しとしない風潮が日本にはあるようです。それが情緒に流れる大きな要因となっているとしても。ただ建築の世界では、磯崎新という建築家が言葉による批評を自らの創作の方法の一つとしています。建築論だけでなく、広く文化全般に及ぶ批評をしているので(inter disciplinary=異分野横断)よかったら何か読んでみては?そのうち最近の本の感想を載せるつもりです。(たぶん「磯崎新の思考力」という本について)

  5. あおやぎ says: 4月 17, 200612:56 AM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    初めまして。興味深く読まさせて頂きました。二人のヴェロニカはまだ見た事が無いのですが、キシェロフスキー監督の映画は好きで、デカローグや初期の作品は何度も見ています。この監督の世界観にはとても共感します。偶然と必然、運命に関する事。そしてなにより眼差しに優しさと厳しさを感じます。個人的にはデカローグが一番好きですが。ところで、見るという事、自らと見たものをつなぎ止めるうんぬん、とても面白い。多くの人はすぐに問うのだと思います。自身で考えて体験する事なしに、なんでも聞けば簡単に答えを与えられると、またはなんでも決まった答えがあると、その方法論が今の日本で行なわれている学校教育の姿なのかなとも思いますが、その事が想像力の欠如を育んでいるような気がします。そういった意味では、物語そのものが崩壊しつつある。私はインスタレーションの個展などをやっているのですが、見に来てくださった方が、なんでもすぐに問うてくるのには驚きます。それは見に来ているというのではなく、質問しに来ているという印象さえ受けます。解説無しには解釈出来ない、逆に言えば解説通りにしか理解出来ないししてはいけないと。映像も何でもそうだと思いますが、表現として投げ出されたからには、その先はいかなる解釈も自由なものだと思っています。そういった自由な想像力こそがそれぞれの作品をより深いものへと育ててゆきますし。作り手側と受け手側の共作という豊かな出会いがそこにあるのではないでしょうか。と突然長々と書いてしまいました、すみません。
    ところでギャスパーノエ監督のアレックスという映画はご覧になったことはありますか?好き嫌い別れると思いますが、とても良い映画です。
    是非機会があれば見てみてください。それでは。

  6. ks530 says: 4月 18, 200612:50 AM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    あおやぎさん、初めまして。コメントありがとうございます。
    デカローグの一遍を長編化した「殺人に関しての短いフィルム/Short film about killing」についても以前書いていますのでご一読ください。(カテゴリーごとの記事リストを表示できるようにしたので以前より過去ログが探しやすくなったかと思います)
    以前幾度となくあおやぎさんが言われていることに触れてみました。(例えば建築家ダニエル・リベスキンドについての記事、もしくはゲルハルト・リヒターの展覧会の記事)「見る」ということはどういう意味を持つのか、作品とそのテーマが生み出す作り手/テーマと見る者との関係ーーそれを見る者一人一人に問うのが現代アートや文化の存在意義だと思います。何も感じないこともその時の自分の「感じ方」なのかも知れず、それを受け止めるだけの勇気が持ち得ないために、わかりやすく即物的な「回答」を求め、空虚に放り込まれる怖さを避けるのでしょうか。もちろん人それぞれ感じ方があり、別に即物的な回答がいけないというのではないですが、それしか無い、それを受動的に受け取るだけしか無い、という状況が恐ろしいのです。
    英語でSympathyとEmpathyという、二つの単語があります。受動的に「同情’させられる’」のか、自発的に「共感’する’」のか、はっきりと分けるための派生語です。そこらへんが昨今の”エンターテイメント”として「提供される」モノ達や現代の日本の文化においては非常にあいまいで、その違いを突き詰めて考える状況が生み出されないと、なにもかもが一方通行のままになっていく気がします。マジョリティかマイノリティだけで、オルタナティブや脇道が存在しない(あるいは見せかけだけのオルタナティブが「提供される」)のは恐ろしい。
    ところでギャスパー・ノエ監督の作品は話には聞いた事がありますが未見です。「カノン」を見たかったんですが見れませんでした。今度見てみたいと思います。

  7. あおやぎ says: 4月 19, 200610:35 PM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    あ、丁寧な返事に感動しました。
    どうも、初めまして。
    白州正子が見る事は愛する事だという言葉を言っていて、それは骨董においてかも知れませんが、非常に興味深い言葉だなと思った事があります。
    そして青山二郎は自分が最も愛したものにかえるに成れと言う。
    日本の骨董の世界では見るという行為そのものが非常に意味を持っている。
    見るではなく観るとすべきだろうと。
    本来日本の文化とはそういった哲学に根ざしたものだったのではなかったかと思うのですが。
    現代ではすっかり失われてきている。
    能や茶の湯は当時の前衛アートだったと思いますし。
    ギャスパーノエ見てみてください。
    どんな風に評論するのか楽しみです。
    それでは。

  8. ks530 says: 4月 20, 20063:21 PM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    伝統というものが過去より現在に至る過程に根ざしているならば、今現在を生きている我々を通過し透過されていかない限りここで途絶えるということです。そして伝統を受け止めるということは、我々を通して未来にまたそれらを放射する、ということでもあると思います。
    アバンギャルドの本当の意味合いは、いかに現代より未来への「放射」を社会・文化的に投げかけるか、ということであって、それはいかに現代より過去の、「伝統」という深みに潜ってゆけるのか、ということと重なってくるべきものなのでしょう。いわば振幅の度合いと方向性の差異がアバンギャルドと伝統を分けているにすぎないと。
    ご存知かもしれませんが、冒頭のベンヤミンの言葉は、エドワルド・フックスという収集家のパイオニア=開拓者について述べたものです。彼は過去を収集という行為で開拓し、歴史が定説ではないことを物を手掛かりに明らかにしようとしました。
    自分は骨董には縁がないように思いますが、建築にたずさわる上で過去の様式や形式を受け継ぎつつ振幅しながら今に至った「西洋建築」から学んでいます。何一つ突発的に現れた物は無いと知った時、その圧倒的な過去の蓄積に呆然となることが常です。そんなものにいかに対していくのか、もがくのも現在を生きる者の務めなのでしょう。

  9. あおやぎ says: 4月 21, 20061:59 AM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    はー知りませんでした。ベンヤミンの言葉ですか。
    何一つ突発的に現れたものはない。
    それは建築だけに限らず総ての事に言える事ですね。
    突発的に現れたように見える出来事のうちにも必ず、その突発的なものごとの要因と成る何らかの必然性が存在している気がします。
    秩序としてのカオスか。

Submit comment

Spam Protection by WP-SpamFree