— Delirious New York Diary

王国社「磯崎新の思考力」

幾度かこのブログにも登場している磯崎新は、数多くの著書を残している。建築が「建築」という言語による思考と構築作業であるとするならば、そのプロセスを記述する方法は、ドローイングや模型、ダイヤグラムといったリプレゼンテーション的なものから、そのコンセプトや主旨を主観的に(あるいは客観的に)語る行為である「文章」も、その有用な方法として用いられるのが自然といえる。そこにはもちろん実際の建築との齟齬も発生するだろうが、逆にその空隙に入り込んでくる社会や文化的視点を利用して建築そのものを客観的に捉え直す事も建築成立にとってなくてはならない作業である。そしてそこが建築というフィールドを超えた、異分野間の意見の交換が生まれる素地ともなる。新たな思考へのより広い踏み台ともなる。

「磯崎新の思考力」は、建築に関わる狭い範囲に向けられた言説集というよりは、建築を成立させる社会的広がりに向けられた、建築の外側にいる人にこそ読んでもらいたいと書かれたエッセイ集だ。もちろん専門的な言葉、人物も多くその点すんなりとは読めないかもしれないが、多くの人に読んでもらいたい本だ。タイムリーな話題と、今だからこそ再考されるべきテーマのどちらもがあふれている優れたエッセイだと思う。

昨年、近代建築の二人の巨人の訃報が届いた。アメリカのフィリップ・ジョンソン、そして日本の丹下健三、どちらも両国の近代建築を率いた中心的人物だった。磯崎は、この二人との個人的な関わりを交えながら、彼らの存在を物語っている。

ーーフィリップ・ジョンソンは非常に複雑な生き様とそれを反映したかのような建築への取り組みを見せた、個性豊かな人物だったという。ヨーロッパに起こった近代建築の萌芽に遅れをとっていたアメリカに、啓蒙としてそれらを持ち帰ったのも彼だった。
彼自身は異質の存在となるべく定められた人だった。ファシズムに傾倒し、ナチス・ドイツを崇拝してポーランド侵攻に従軍したこともある。後にはゲイである事を公表し、アメリカの建築/美術界の中で派閥のような権力のサークルを作り出しもした。生まれては消える建築の活動を取り込んではもてあそぶかのように自己解釈して作品に反映していく。それ故に皮肉にも彼は非常に長い間にわたってアメリカの建築界で影響力を持ち続けた。
磯崎はそんなジョンソンの、きらびやかな光と影に彩られた人生を様々な陰と陽の視点を交えて見つめている。

フィリップ・ジョンソンを世に知らしめた作品は、彼のデビュー作となった「ガラスの家」である。(近代建築史再考のエントリを参照されたし)これは同じくガラスと鉄による建築を目指したミース・ファン・デル・ローエの住宅作品、たとえば「ファーンズワース邸」と比較検討されてきた。どちらの邸宅も豊かな自然の中に建ち、とくにガラスの家はダンテ云うところの”アルカディア”とも言えるかのような素晴らしい土地の中に建っている。

フィリップ・ジョンソン「ガラスの家」

磯崎は、その「ガラスの家」の中にイーゼルに載せられたニコラ・プッサンの絵を認める。プッサンは数多くのピクチャレスクな田園風景を”アルカディア”として描いた画家として知られているが、プッサンの絵にはパッラディオが田園風景の中に配したフォリー(フォーカルポイントとなる休憩所等の小さな建造物)がよく描かれており、ジョンソンはガラスの家を建てた後、その周辺の広大な敷地にフォリーのような小さな建物をその時代に流行したスタイルを用いていくつか設計し、風景の中に配置していった。
裕福な家庭に育ったジョンソンは家族のコレクションの多くを処分する中でこの絵を自らの枕元に残したという。それも専門家に鑑定を依頼し、その結果”偽物”であることが判明した後にである。

最後にガラスの家を訪ねた時、磯崎はその絵の左下に、数人の男が棺を担ぎだしている姿が描かれているのに初めて気がついた。アルカディアに死はない。もしくは、死は気付かれない間に消し去られる。ジョンソンは数十年にもわたりそんな絵を枕元に掲げながら、目前に広がる風景には自らの好む建物を一つ一つ作り上げ、自分の求めるアルカディアの風景を作り上げていったのだろうか。
そこにはジョンソンの生き方と考え方が強く反映されている気がしてならないと磯崎は語る。ミースのファーンズワース邸に対し、コピーとは言えないとしてもそのコンセプトを借用した、「偽物」としての「ガラスの家」。ヨーロッパの戦火に崩れ落ちた石造りの伝統都市に対する、ピクチャレスクな自然とそこへ開かれた鉄とガラスの透明な邸宅。その中に掲げられたアルカディアのイメージと、その影を描いた絵画。そこには近代建築の描いた単純な未来像、ユートピアとは明らかに異なる、ジョンソンの心象風景の中にのみ閉じた世界観が垣間見える。

建築においてはつねに伝統と形式の授受が次の世代の建築を生み出す先駆けとなる。それはまるで突然変異のように捉えられがちな近代建築についても実は同じだ。その限られた範囲内からのみ特別なオリジナリティを探し求めることは意味不毛なものである。近代建築には何らかの歴史や伝統様式への参照と模倣が成立の過程で認められるのだが、その点でジョンソンは同時代のミースを参照した。それは時代や権力に寄り添う嗅覚をもったジョンソンの、非常に鋭い洞察であったのだろう。(ミースはシンケルという新古典派を、コルビュジエはルネサンス後期のパラッディオを参照したとされる)
そしてアメリカにおける近代化の遅れを、取り戻す啓蒙活動も行ったのである。ニューヨーク近代美術館MoMAは彼がプロジェクト成立に携わり、近代美術のアメリカへの紹介と近代建築を「インターナショナルスタイル」として紹介する場を作り出す手助けをした。(彼はファシスト活動によってその職は追われているが、モダニズムは第三世界の大規模計画に寄与したのみならず、社会革命を推進するロシアや急進的なファシズムに突き進んでいったイタリアに寄り添っていったこともまた事実であり、その点での検証もモダニズム、そしてジョンソンの建築を理解する上で必要だと思われる)

彼は「後追い」である事を自任していた。その後の建築への取り組みにも、それははっきり現れている。後追い故の、参照と模倣、そしてそこに込められたスパイスのような皮肉と批評。世界規模で模倣され粗製濫造のうちに増殖していった近代建築の未来を、既に見据えていたのだろうと磯崎は見るーーー
ーーもう一つ、磯崎の丹下健三との関わりとつながりの深さを物語るエピソードとして、次の部分を引用したい。丹下健三が広島の原爆メモリアルに携わった際、建築中の建物とかつては墓地であったその建設地を撮った一枚の写真について語った部分である。
「今広島平和記念館となっている建物の位置は、かつて墓地だった。丹下健三は自らシャッターを押してその状態を記録してあった。磯崎新は学生の頃同じ位置に立って、原爆の死者とその先祖達とがともに埋められながら、ここにあらためてその死者を祀る施設をつくろうとして、生と死が重層して見えるその過程に関わる仕事があり得る事に感動して、その写真の作者のもとに弟子入りする事に決めた」

つながりとは、かくも偶然のようでありながら深く強いものなのかと思う。建築の表層的なスタイルの移り変わりの裏に、綿々と続く強固な存在としての蓄積は存在する。それにいかに対峙するかは人それぞれのものであるとしても、それを引き継ぐ役割を、我々は負っているのである。そこから、何かは生まれてくる。

5 comments
  1. BENELOP BLOG says: 4月 12, 20063:02 PM

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    この建築は、建築関係を勉強された方なら、必ず目にしますよね。ほんとに、美しい建築です・・・。

  2. ks530 says: 4月 12, 20068:17 PM

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    あるいは、恐ろしい建築….。

  3. チョロQ says: 4月 25, 200612:27 AM

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    「磯崎新の思考力」まだ読んでません。でもきっと読みます。
    建築のことは全く分かりませんが、今一番興味があるのは、荒川修作の天命反転住宅です。仕事場としては良さそうですが、生活する勇気はありません。(それに多価すぎます)一度直に観てみたいと思っています。
    話しは変わりますが、自ブログでks530さんのキェシロフスキの記事を勝手に紹介(リンク)させて頂きました。ご迷惑でしたらすぐに削除します。順番が逆になってすみません。
    ところで「キシェロフスキー」と「キェシロフスキ」とどっちが一般的なんですかね?最近の表記はキェシロフスキみたいですが、どうもしっくり来ません。

  4. ks530 says: 4月 25, 200612:13 PM

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    チョロQさん、コメントありがとうございます。
    荒川修作の近作、これはいつものことですが世間でキワモノ的扱いを受け、完全な誤解を生んでいると思っています。磯崎のエントリーでのコメントなのでちょっと詳しく書いてみます。
    荒川はマドリン・ギンズという哲学/理論家と組んで活動していますが、その中で場/立地(サイト)、個の存在(エンティティ)、そして個の知覚というとても微妙で繊細なところを追求しています。我々個人個人はどこまで自分を規定し得るのか、それは自分の存在する空間を規定しているのか、またはあらかじめ存在するサイトや空間というものを知覚しながら我々は自らを規定するのか。そもそも知覚とは我々が規定し記号化したものの”確認”なのか、それとも視覚や触覚、空間認識を通して獲得する”関係”とそのプロセスなのか。そういった諸々の問いかけに対する実験の場として、荒川は活動しているように思います。
    あの住宅作品の個々の要素が強烈に感じられるとすれば、それは彼の仕掛けた問いかけなわけです。視覚的な知覚なのか、もしくはそれが建造物、あるいは住宅といった<我々が既定し想定している”物”の要素を記号化したもの>なのか、それとも記号の認識というレベルを超えて、我々が生活しあの場に居るなかで行為として”物”と関わっていきながら、知覚そのものが我々の存在を想定し規定するよう仕向けるのか。こうした問いは、機能的であることを謳いながら実は社会的に作り上げられた住宅イメージ(マーケティングやらその他もろもろ)に限定された現在の住宅に対する反旗と、実験であると思います。
    ポストモダンと呼ばれる建築に限らない社会的な動きは、記号化のような翻訳作業によって様々な要素を再解釈し、できるならば認識/操作しやすくできないか、というところから生まれて来たとされています。それが、特に建築においては表層的な修飾言語の記号化とその操作と受けとられてしまった。その操作の先に暗示されるもの、問いかけられるものが重要だという点が完全に欠落したためです。荒川のあの住宅も、まったく同じ捉えられ方をしています。
    無機質な現代建築(動機からして感覚的なために、知覚/感覚を曖昧にさせる浮遊空間のようなものを提供し、それがために刹那的でエフェメラルな人と空間の関係を生み出した昨今の建築)に対するアンチテーゼという側面は、視覚的/記号的表層そのもののみにではなく、その先の、それがもたらす問いと、実際の経験の中に存在するわけです。この点はまた、どこかのアーティストやインテリアデザイナーが装飾的な味付けを後付けでした、ということとは根本的に違うというアンチテーゼでもあります。最近の建築人気を支える軽さをウリにした雑誌等のメディアは、この点で既にしてひっかかってしまって、本質的なものを伝えるすべも無い、とキツく言えばそうなります。だからこそ、磯崎のこの本のようなものを広く読んでもらいたい、と思うんです。
    長くなってしまいました。これだけで一つの記事が書けたかも(笑)
    リンク等、どうぞ自由になさってください。それとキシェロフスキー、英語読みやポーランド語読み、いろいろ違うんでしょう。英語圏では一般的にキシェロフスキーだと思います。

  5. チョロQ says: 4月 25, 20061:32 PM

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    今まで建築家といえば、安藤忠雄しか知りませんでしたが、ks530さんのお陰で建築とうい表現の奥深さにハマりそうです。

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