— Delirious New York Diary

キルギスタン 2. 首都Bishkek

キルギスタンの首都Bishkekにはアクセスポイントとして短時間滞在するにとどまったが、ホテルの周りを朝散策し、街の雰囲気を感じることができた。
ソ連時代の都市計画を持つこの首都は、大きな街路とそれを彩る街路樹が美しい。大きな特徴はないが、首都としての機能が集約された中心部を外れると、静かな住宅街が広がり、こじんまりとした家が立ち並ぶ。
その中に、いくつかの人が住まなくなって放置された廃屋を見つけ、足を止めた。

赤い星の旗章は、ペンキが剥げ落ちている。ソ連が去り、その住人も去っていったのだろうか。


隣にも廃屋があるが、ここは最近まで人が住んでいたようだ。


なぜだか、懐かしい気がしたのは気まぐれな旅人の無責任。



レンガは、手でひとつずつ積み上げなければならない。手の痕跡は、必ず残る。


塗り込められた漆喰がはがれて、昔の姿が垣間見える。


人が去るときには、残されるものは無造作に残される。


ここには人が暮らしているようだ。手作りの感覚に、ユーモアが見え隠れする。


先ほど言った”懐かしさ”には、この街の家々に見られるこの工芸品のような作りも一役買っている。細かく張り合わされた木板や、積み上げられたレンガは、やはり”製造される”ものとは違うのだろう。


小さな窓に、豊かな感性を感じさせる。大きな壁面の小さな窓だからこそ、そうした気遣いが光る。

なんだか、うれしくなるほど芸が細やかだ。そこはかとなくユーモアまで漂うのだから。



街で美しい家を見つけた。


英語で”cozy”という言葉がある。辞書を引くと、”気持ちの良い、心地よい、居心地の良い、温かい、こぢんまりした、心の通い会う、親しみやすい、打ち解けた、和気あいあいとした、くつろいだ、リラックスできる、楽な、便利な、アットホームな感じの”といった訳があげられている。これは、家というものが生活に根付いて、住み手との豊かな関係が築かれて初めて使える言葉だ。日本の建築界が最近生み出している住宅に、この言葉は当てはまるかどうか。

家は物ではなく、人の暮らしという記号を伝え、暮らしを包む空間である。

1 comment
  1. ひつじ says: 11月 20, 20063:29 AM

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    今という時代にこそ「温故知新」という言葉が必要なのかもしれませんね。前ばかりを見て本来の目的を忘れてしまう。自分にも言い聞かせなければ。。。

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