— Delirious New York Diary

建築家・菊竹清訓の訃報に触れて

今年最初の文章を、訃報から始めることとなってしまった。

建築家の菊竹清訓が亡くなったというニュースが今テレビで流れている。

菊竹は自邸「スカイハウス」で、ピロティによってピアノ・ノービレ(主階)を地上レベルから浮遊させる手法を、東京という都市の既存環境に当てはめる過程でまったく独自のものへと変容させることに成功した。高度経済成長の只中に忽然と現れたこの新しい住宅の姿は、日本現代建築史に燦然と輝き、今なおその影響力を失わない強さを秘めている。
黒川紀章とのメタボリズム主唱もまた時代の先駆けとして、今後再び見直される時が来るだろう。

カザフスタンの新首都アスタナを訪れた際、盟友黒川が手掛けたマスタープランを地元建築家が説明する中で、名立たる海外建築家と共に菊竹の名が挙げられた時の不思議な強い感動を覚えている。あるホテルの設計計画が持ち上がっているとのことだったが、あれはどうなったのだろうかー

日本の高度成長期を支え、海外の新しい都市設計にも寄与してきた建築家がまた一人消えていく。我々後の世代は、その高い志を受け継いでいるだろうかーーそんな思いを寂しさと、一抹の不安と共に抱いている。

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