— Delirious New York Diary

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以前紹介したマギー・チャン主演の映画「CLEAN」が日本で公開される運びとなった。今回多少お手伝いに関わったこともあり、微力ながらこの映画を多くの人に見てもらえるよう応援したい。8/29よりシアター・イメージフォーラムにて、その後全国にてロードショー。
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ParamountPictures/Photofest/MediaVastJapan

H・G・ウェルズの原作をスピルバーグが映画化したものである。
スピルバーグがこの映画を撮るというアナウンスがなされた時、「なぜ今 ”宇宙戦争” なのか」という疑問が浮かんだ。原作は子供の時むさぼり読んだものだが、長い間忘れていた程、ある意味で遠い世界の物語である。ただその「遠さ」は、同じく宇宙からの侵略を描いた「Independence Day」に見られるような安手の薄いヒロイズムや、現在のネット/コンピューター社会ではお話にもならないリアリティのない敵の撃退法など、当時のアメリカにはまだ残っていた「能天気なおとぎ話」とは大きく異なっている。湾岸戦争が引き金を引いた新しい戦争の形は、その後イラク戦争、アフガニスタン作戦と泥沼の様相を呈し、アメリカでは現実として戦争に向かい合う必要にかられた人が増えた。莫大な戦費を費やして戦略的な「テロとの戦い」を主張しながら、世界中からは逆に強い反発ばかりを招き、戦術的にも出口の見えない長い戦いに国民の間には厭戦ムードが広がっている。これまでアメリカが掲げてきた「正義」やそのもたらす「勝利」の姿を、もはや映画においても描くことが出来なくなってきた。

「宇宙戦争」の結末は一種読むものに虚無感や無力感を感じさせるような、ウェルズ独特のものと言える。それは人間の「尊い勝利」ではない。そこには勝利はなく、あるのは全ての終わりと、もし見いだそうとするならば新しいものの始まりを予感させる何かである。人という存在が自然という遠大な存在のただ中に位置していることを強く印象付けつつ、急速な文明の進化というものが巨大な時の流れの中ではほんの一瞬の歩みにすぎず、相対的に見れば何ともちっぽけなものであって、それを誇る人の虚栄のむなしさと悲しみがことの終わりの静けさの中に浮かび上がってくるーーそんな結末ではないだろうか。子供の頃はそこまでの感想は持たなかったが、それでも心の中に長く尾を引くような、不思議に寂しいような読後感を持ったのを覚えているが、その感覚は戦争の終結や勝利の後に感じられる虚無感を想像すると何となく理解できる。

スピルバーグは個人的にそれほど好きと言える映画監督ではなかった。もちろん、テレビ映画「激突!」や、「未知との遭遇」、「E.T.」などは子供の頃夢中になったが、次第にその作品から自分が離れていく気がしていた。「シンドラーのリスト」という個人的な例外を除いて、「プライベート・ライアン」で決定的な距離を感じるようになっていた。が、今回の「宇宙戦争」で、彼の描いてきた”純粋なものへの憧れ” がどうにもならない現実の裏返しとして描かれてきたことに気付かされた気がする。彼が作った「1941」は戦争をカリカチュアして描き笑いに転化した作品だが、当時は笑いに転化しなければ描けなかった戦争の記憶を、彼は結局、キャリアを通じて様々な手法で描き続けている。

この「シンドラーのリスト」と「プライベート・ライアン」のテーマは、移民としての家系を過去に持つユダヤ系アメリカ人として、また太平洋戦争を経験した親を持つアメリカ人として、ある意味スピルバーグの心の中には大きく根付いたテーマだったのだろう。「シンドラーのリスト」はユダヤ人強制収容所という最もデリケートなテーマを扱うため、白黒に脱色された世界の中で物語が構築されていく。白黒の世界が描き出し見るものに訴えるのは、ノスタルジーの甘い酔い心地に流されていくような過去に過ぎ去ったおとぎ話についてではなく、今現在とは絶対的に異なる過去が確実に存在していたという事実であり、白黒の世界はその事実を見る者の目の前に突きつける手段であるように思えた。それは、ある少女の持つ風船のみが赤く色彩を持っているシーンを挿入することでさらに強く印象付けられていく。少女の風前の灯とも言える命が赤い風船に宿り、赤い色が感情移入を強烈に促して見る者の物語への同化を決定付ける。残された赤い風船が、少女の不在を目と心に焼き付ける。
そして核となる物語の方も、ドイツ軍将校の一人とさる工場のオーナーであるシンドラーを対比させながら、次第にその振幅を深めていく。主人公のシンドラーは映画の当初では相対して主役となる収容所のドイツ軍将校と大きく異なることのないひどい男であるが、同じように自らの力を過信し周囲へとその力を容赦なく振りかざし虐げるドイツ軍の行為を目の当たりにする中でその過ちに次第に気付き始め、その力の使いようを別の方向へ見いだす中で次第に変わってゆく。
ある意味で、映画初頭のシンドラーは現在の我々の姿であるとも言える。かりそめの平和が与えられるまでもなく存在している時には、金に執着し、享楽的で自堕落な生き方を悪いとも思わず、それにたいし疑問を感じる必要すらないほどに、彼の姿はごく普通の人間のありようなのだと言えなくもない。それが戦争やホロコーストという、想像を超える現実に直面した際に初めて、自らの心象の鏡の中に映し出されるその強烈な現実と自らの姿が対比され、あるいは同化されて己というものにに気付く。そしてそのプロセスは、この映画では観客にも突きつけられている。映画が作り出すこのプロセスの中で、観客は物語とシンドラーの変化に同化することを我知らず選んで行く。最後のシンドラーの慟哭が真に迫ってきたのは、それがシンドラーのものであると同時に、見るもの一人一人のものでもあったからだろう。過去が現在と接点を結び得るのは、こうした瞬間に他ならない。

これに反し「プライベート・ライアン」では、戦闘という人間性を極限まで拒んだものを「描く」に際し、激烈な戦闘の「リアルであるかのような」スペクタクルが最後までそうした感情や心のレベルでの受け止め方を拒むものだと突き放して見せながら、他方ではトム・ハンクス演じる中隊長の描き方から見え隠れする、彼の存在を最後にはヒロイックに高める描き方に違和感を感じざるを得なかった。戦争を映画で描くと言うことはどういうことなのだろう? 戦争を描くための殺人の、死の演技とは? そして「リアリスティック」と「リアル」の間にある超えがたいものとは? <映画のための映画ではないのか?>という印象が拭えなかったのはなぜか?
この映画の物語の内容は、第2次世界大戦を生き抜いた帰還兵達の戦った意義を比定しないことへの配慮であることは言うまでもないだろう。事実、一部の帰還兵の間からはその戦闘シーンの”リアリスティック”な様に「良く映画化してくれた」と賞賛の声が上がったのもの事実である。こういうことがあったのだ、といかに強い印象を持って今に生きる人に伝えるかという点において、帰還兵達が今まで感じて来た思いの共有がようやく一つの方法として可能になった、と評価することはできるだろう。そして、戦争とは個人の善悪を超えた巨大なものであり、スピルバーグはあくまでも個人の純粋さ、素直さをこの巨大な化け物に対比させようとした。
ただ残念ながらそうした言い方が許されたのは、正義のためという大義を少なくとも形だけでも標榜し得た湾岸戦争前後までのことであり、アフガンやイラクでのテロとの戦いと称するものがが泥沼と化す現在では、彼の無私の行いの末の犠牲という見方はストレートに受け止められる余地はない。ベトナム戦争を経験しながらもアメリカは戦争介入を未だに否定できないでいるが、それは敗者という立場を認め、実感することが未だできないためといえる。性善説は、社会に対して唱える場合あくまでも勝者の側が説くことで説得力のあるものになるからで、そのためか否かスピルバーグはベトナム戦争を題材にしていない。
同時期に製作されたテレンス・マリックの「シン・レッド・ライン」が自然の悠久の営みの中に小さな自己を解き放つことで見いだした安息の地を詩的に描き出そうとしたのと比べれば、「プライベート・ライアン」は広く普遍的に人の心を打つ作品とはなり得ないのかもしれない。戦争を経験していない人が「戦争を戦争として」知ることは出来ない。それでも、戦争を「人の行い」として感じ、その感覚をもとに戦争の一端を知ることは出来るのではないか。その意味で、「プライベート・ライアン」には何か、個人として感じるという行為を拒むステレオタイプな何かがあったように思えるのだ。

ーー「宇宙戦争」とトム・クルーズという組み合わせで真っ先に浮かんだのは嫌な予感である。言ってみれば「Independence Day」と同列の映画になるような勝手な予測をしたのだろう。これは始まってしばらく、クルーズがいつもとは違い離婚して子供も引き取れなかっただめな父親を演じている姿によって次第に崩れていった。
クルーズはだめな父親の姿として描かれているが、かといって今を生きる一般的なアメリカの父親と大きく違う点は何もない、今の時代のごく一般的なアメリカ人男性の姿である。別れた妻との間には既に大きくなって離婚した両親の事情を頭では理解できる年齢に達した子供達がいるが、複雑に揺れるティーンエイジャーの精神を持った彼らとはたまの休日に会っても心がすれ違うばかり。美しい元妻には既に結婚した社会的・経済的にも成功していると見える若い夫が既におり、子供を預けに来た際目にした妻の姿には今だ心を惹かれるものの大きくなったお腹に目がいくとその気持ちもやり場を失う。そんな男を、メディアの扱いでこの所半ばメッキの剥げかけたトム・クルーズがリアルに演じている。

宇宙からの侵略が始まった後でも、主人公は子供達とひたすら逃げ惑う一人にすぎない。子供達を守るヒロイックな父親像は、圧倒的に強大な宇宙人達の兵器とその根こそぎの殺戮と破壊の前には描き出すことすら不可能である。その異常な世界の中で、次第に人々の精神のたががは外れてゆく。一人でいても、また皆と集団でいても人々は普段と違う姿を垣間見せ始める。唯一動く車を奪い取るために殺し合う群衆。そしてクルーズも、自分と娘をかくまってくれる男に出会うのだが、一人で隠れている最中に感情の昂りを制御できなくなったこの男を、自らと娘の命を守るためとはいえ手にかけ殺害する。そしてその後に、クルーズが悔し泣きでもうれし泣きでも感情の高まりでもなく、惨めに敗者のごとく、他人見せるでもなく娘の前で泣くのである。この惨めさはなんであろうーーーこの時点ではまだ、後ほどになって気付くある仕掛けがこの映画に込められていることには気付いていないが、太平洋戦争やベトナム戦争後に帰国し、心に傷を負って立ち直ることができない人々の姿に重なるとも言える。

物語は最後には嵐が去るように戦いが終息し、幕を閉じる。娘をどうにか元妻のいる遠くの街までようやく送り届け、そこに途中で生き別れた息子、そして元妻の姿、また彼らの新しい家族たる現在の夫と元妻の両親らしき人達が出迎える。主人公は娘を母に引き渡すと、安堵や疲労よりも深い悲しみや絶望のこもったような顔を見せ、その瞬間映画が終わる。そのどうしようもないやるせなさや絶望、虚無感が、原作を読んだ時のあの感想と非常に似ていることに気付いたと同時に、非常に真に迫った、現在の現実の一端を映し出しているもののように思えて来たのだ。

ーーテレビ画面に繰り返し映し出される9/11のテロの瞬間は、繰り返されれば繰り返される程、見る者ほとんどにとってはその現実からはかけ離れたものであるという事実の方を浮かび上がらせていく。そしてアフガンでもイラクでも、当初その戦いは多くの人にとって ”アメリカに反旗を翻した悪の輩” を叩くといった感覚の「映画のテーマような」ものであり、したがって実際に深く個人的に感じたり現実味を持った何ものかとまでは言えず、その結果として驚くまでの人々がかなり安易に戦争介入を肯定した。(とアメリカ人以外は少なくとも感じたのではないか)それがアフガン派兵、イラク駐留とも泥沼化し多数の戦死者を出し、財政問題をも引き起こす状況に直面して、多くのアメリカ人にとっては直接的な関係のなかった戦争というものが初めて実感され、とりわけ兵士やその家族友人にとっては深刻な現実となっている。

戦闘地域での戦闘や巡回の緊張感、さらには人を殺害するという極限の経験をすることのみならず、家族をアメリカに残していること、帰国しても現地の記憶を消し去り得ない苦しみから逃れられないことなど、事実帰国した兵士達の間では帰国後に自らの居場所を見つけ出せずに苦しむ人が多いという。また、前線に送られる兵士たちが経済的に力の弱い層から金銭的理由で駆りだされている現実も、社会構造の歪みが拡大するアメリカにおいて大きな社会問題となっている。そして、そうしたアメリカの姿を描く映画も増えて来ている。スピルバーグはそうした現状を意識しながら、彼が求められている大作映画監督としての立ち位置は認めつつ、多くの人が見る映画というメディアの中にこうした現実を挿し入れる機会を増やしているのかもしれない。

「宇宙戦争」ではクルーズが生きるためという理由のもとに一人の人間の命を自らの手で奪う。そして、全てが終わったと見える中辿り着いた場所は、自らの居場所のない世界となってしまっている。はたして彼は、一見侵略を生き延びハッピーエンドとしがちな結末の中で、存在の苦しみと難しさを見る者に暗示しながら、空虚に満ちた顔をこちらに向けて、その目は虚無を見つめるかの如くである。それはこれからアメリカが、そして世界の我々の多くが向かいつつある方向を見つめているのかもしれないと、感じざるを得なかった。

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阪東妻三郎の血を受け継ぐ輝かしい田村一家の長兄、田村 高廣さんが亡くなった。
父の華やかさとも違う静かな落ち着きを持った演技の中に、時折見せるぎらりとした眼差しで存在感を示した人だった。自分にとっては小栗康平監督と組んだ、宮本輝原作の「泥の川」での演技が印象に残っている。最近では朝のNHK連続テレビ小説「ファイト」で馬の調教師を演じていたが、若い後継者に後を継がせ、静かに引退していく役柄は、今思うとまるで自らの引き際としての演技に思えてしまう。数少なくなった演技派俳優の突然の訃報は、さびしい。

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前回最後に「ユダヤ博物館」の記事を参照してほしいと書いたのは、大きなテーマとしての二つの記事の同一部分を見てほしかったからにほかならない。「つながり」という使い古された言葉を選んだのも、そこに込められるべき意味を今一度想像してほしいと願うからだ。

ある文章をここで引用したいと思う。
「あらゆる弁証法的歴史記述は、歴史主義に特徴的な「静観性」を捨てる事によってあがなわれる…..史的唯物論者は歴史の叙事詩的要素を断念しなければならない。歴史は史的唯物論者にとって構築作業の対象となるが、その作業の場は空虚な時間でなくて、一定の時代、一定の生、一定の作品をなしている。史的唯物論者は物の世界の「歴史的連続」を爆破して時代を取り出し、そのようにして時代から生を、一生の仕事<ライフワーク>から作品を取り出す。しかしこの構築作業の成果は、作品の中に一生の仕事が、一生の仕事の中に時代が、そして時代の中に歴史の経過が保持され、止揚されてあるということになった時、成果と言えるのである」 ーヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術」

今まで言わんとしてきた事は、この短い一文に凝集されている。リベスキンドの新たな「物/語り」としての建築、磯崎の言う「廃墟」の影に潜むもの、そして映画というメディアが持つ時間断片の再構築と複製による「出来事の再現性」とはまさに、そうした「つながり」の想起と、想像と、構築と、自らによる編集の帰結に他ならない。それは一言で言えば、傍観者であることから抜け出すことであるといえる。その産みの苦しみをともなって初めて、いつしかそれらの営みは人と人とをつなぎ、過去と現在と未来をつなぎ、文化として、無形の物であっても伝えられてゆく足がかりとなる。そこには多様性がありながらも、振幅と揺らぎの幅を持ちながらも、ある一定の大きな流れを生み出してゆくのだと願いたい。そしてそこに、人は回帰してゆける場を見いだすのではないだろうか。<それを、見失いかけている現代の日本>

キシェロフスキーの映画に「ふたりのベロニカ」という作品がある。以前、ある映画評でこの作品について、「荒唐無稽なファンタジー」という突き放した評価を目にした事があった。
映画は、ポーランドのワルシャワとパリで生きている、二人の「ベロニカ」という、同じ日に生まれ、容姿も同じ女性についての話である。別の場所に、別の生い立ちを持ちながら、彼女達はいつしかお互いの存在を感じ始める。そして偶然のランデブーを境に、二人の人生が大きく動き出してゆく、という寓話的なお話だ。


映画自体も、ヨーロッパの古いおとぎ話的な要素を盛り込みながら、時に幻想的なシーンを交えて進む。ポーランドのベロニカは、体が弱いのだが美しい声を持ち、少女合唱団で歌い、ついにはオーケストラとの共演のソリストとして舞台に立つ。一方パリのベロニカ(ベロニク)は小学校の音楽教師としてあまり満ち足りない生活を送る中、幻想的な人形劇を小学校で披露した不思議な雰囲気を持つ男に出会う。彼は絵本作家であり、また人形劇で使う人形を制作する人形職人でもあった。

あらすじについてはこれ以上語らないことにするが、この映画では何かが失われていく感覚と、脈々と伝え来られた何かが静かに息づいて、空気のように目に見えずともなくてはならない物として存在している感覚、そうしたものがいつも解け合いながら共存している印象を受ける。

ベロニカによるあるシーンーー列車の車窓から見える風景が窓ガラスの凹凸によって歪んで見えるのにベロニカが気付く。少し離れたところにある古い大聖堂がゆっくりと画面を横切りながら、凸凹の部分で緩やかに歪んで流れる。彼女は第三者の視線に気付いたかのように微笑んでカメラに視線を返すのだが、それは彼女が別の世界に別の自分が存在している事に気付いているのを示唆しているかのようだ。やがて彼女は持っていた透明なスーパーボールを取り出して、目の前にかざして外の風景を覗いてみる。上下逆さまになり、歪んで膨らんだ街の景色が透明な球の中に取り込まれたように浮かび上がって、流れてゆく。このシーンは、ヨーロッパの永い歴史が目の前に絵物語のように浮かんでいる感覚、そしてそんな歴史やそれを宿した街並が自分自身の中に思い起こされ浮かび上がってくるような感覚を呼び起こす。あるいは、そうして覗き見る世界が、別の風景ーーベロニクの住む世界ーーを暗示し、ふたりの世界をつなぎとめているのだろうか。


幻想的で、あたたかみのある美しい映像を撮った撮影監督は、キシェロフスキーと長い間コンビを組んだスワヴォミール・イジャックというカメラマン。以前記事にした、同じキシェロフスキーの「殺人に関する短いフィルム」もイジャックが手がけている。同じように光量をフィルターでコントロールしているのだが、「ふたりの〜」ではセピアのあたたかみ、「殺人に〜」では社会を覆い心の奥底まで影を落とすぎらつく陰影を作り上げている。彼は後ほど「Blackhawk Down」も手がけたが、彼の映像表現は昨今よく目にする「銀落とし」の脱色手法にも大きな影響を与えたのではないだろうか

そしてベロニカとベロニクが偶然に出会うシーン。映画は1968年に設定されており、ポーランドの街の広場でも学生運動の嵐が吹き荒れている。騒然とした雰囲気の中で、ベロニカは旅行に来ていたベロニクの姿をバスの中に偶然みとめる。ベロニクは学生運動の混乱をカメラで写すが、ベロニカにはまだ気付かない。このシーンは騒然とした時代の空気をドキュメンタリーのように描き出しながら、その中で生まれるドラマチックな偶然(必然?)の出会いが映し出される。それまでの、深い歴史を背景にした穏やかな流れが、一気に現代社会の峻烈な状況と交叉する鋭いシーンだ。後で写真を現像したベロニクは、その一枚の中に、自分とそっくりな、というより自分そのものの姿が写っているのを見つける。

キシェロフスキーの映画では、偶然のようでそうではない、つながりがないようでつながりのあることが物語とシーンを紡ぎだす。それには映画というメディアの特性であるカメラという視点と被写体との距離をつなぎ止めること、バラバラに見えるかの物語を映像と時間の中で結びつけ、編集し、再構築することが要求される。さらにそれは作り手側だけの問題ではなく、それを見る我々の側にも要求されている。いつも言うように、見るという事、感じるという事、考え、認識し経験へと導いていく事ーー特に映画のように物語性が強い位置を占めるメディアにおいて、その物語性が時に自ら感じ、考えることを妨げる危険をはらむ場合はなおさらだ。

「荒唐無稽のファンタジー」という言いようは、結局のところ傍観者の立場に居続けながらこの映画を俯瞰している精神から来るように思われる。映画を見るという事に限らないが、そこに垣間見えるのは自らと見たもの/対象をつなぎとめるための何かを想起する想像力の欠如だ。ベンヤミン言うところの「静観性」は、言い換えれば提示された物事を受動的に受け止めているだけの自発性の欠如を示している。そしてさらに、「ファンタジー」と言う裏側には、自らの判断基準内という狭義に限定し固定する事で安住する精神、もしくは認識限界を超えたものに対する理解放棄という拒絶が透けて見え、そこに世界との断絶がただ浮かびあがる。

映画を作りたい、見たいと思う気持ちは実はどういった事なのだろうか。映画がエンターテイメントの側面を持つ事は至極当然ではあるけれども、自分の出来上がった世界観や感じ方をなぞり、定まったお決まりの刺激をもたらすだけのものであるならば、それは作るものと見るものの間に自動的で受動的な定型化された関係しか生み出さない。
そこで思い出されるのは、彼の映画を通して、幾度か繰り返されるいくつかのシーンについてだ。特に多く使われるのは、年老いた人物がおぼつかない足取りで街を一人、何かを手に歩いているシーンである。カメラ(あるいは主人公)の視線はこれを外部よりカメラ目線で眺めている。「ふたりのベロニカ」でも、ベロニカが部屋から年老いた女性が大きな荷物を苦労して持ち歩いているを目にするシーンがある。ベロニカと、年老いた女性は見ず知らずの他人同士でしかなく、何の関係もつながりもないままその距離は果てしなく遠いかに見える。ベロニカは窓から手助けすると声はかけるのだが実際には手助けできなかった。これに似たシーンが「トリコロール」の「Rouge」にもあり、(主人公は同じイレーヌ・ジェイコブ)ゴミを苦労してゴミ箱に押し込もうとしている老人を助けるシーンがある。カメラは傍観者としての目線から、一気にその老いた女性に近づき、主人公の心情の視線へと変化して、その距離と溝を埋め、2重の意味でのつながりを生み出す。こうした小さな物語やシーンを編み上げて、ばらばらだったはずのピースはやがて大きなテーマを紡ぎだしていく。あるいは逆に、世界はこうした見えない、偶然のような、小さなピースの集まりだと言った方がいいだろうか。

キシェロフスキーの遺作となった「トリコロール」三部作も上述のように、不思議な縁でふとつながり合う人々の物語だ。文字通り場所や時間を超えて、様々な見えない関係がやがて明らかになり、鮮やかに浮かび上がる。それぞれについてはいずれ書きたいと思うが、「赤/Rouge」の最後には、トリコロールシリーズの主人公達がある因果のもとに偶然勢揃いする。それを映画による「遊び」としてしまうのは簡単だが、この3作品で引退する事を表明したキシェロフスキーの最後の、人間という存在の因果に対する常に変わる事の無かったメッセージであると思われる。救済と喜び、それが自らに芽生えた事に主人公の男は笑顔を取り戻し、他人のために、また自分に涙する。それは、まぎれも無くキシェロフスキー本人の涙だ。常に目を背けることなく世界との結びつきを探し求めながら、最後に至った辞世の句としての無言の穏やかな涙を、静かに受け止めたいと感じた。

追記:トリコロール後、監督復帰を考えていたキシェロフスキーには3つの映画構想があった事が知られている。ダンテの「神曲」を構成する3篇、「天国篇」「地獄篇」「煉獄篇」のうち、「天国篇」は「HEAVEN」として、「Run Lora run」のTom Tykwer/トム・ティクヴァにより映画化された。(これもなかなかの力作)昨年2005年、「地獄篇」が「L’ENFER/HELL」(邦題を調べたところ「美しき運命の傷痕」)として「No Man’s Land」のカンヌ・パルムドール監督Danis Tanovic/ダニス・タノヴィッチにより映画化されている。日本では今春ロードショーとの事。調べているうちに行き着いたのだが、Bunkamura ル・シネマで、「ふたりのベロニカ」のニュープリントによる再上映が3/25日より。そろそろDVDが出るのだろうか。

 

 

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去る3月13日は、ポーランドの生み出した映画監督、クシシュトフ・キシェロフスキーが亡くなった日だ。今年でちょうど、10年になる。彼は、ポーランドに生きる人々を通して、ポーランドという国を、文化を、歴史を描き、いつしか全ての人間に共通する生と存在の意味を映画というメディアを通して映し出していった。

ーーポーランドとは、「平坦な土地」という意味であることをいつか聞いた事がある。
ヨーロッパの長い歴史の中で、この小国は幾度もその地図の上から消え去る亡国の運命をたどってきた。文字通り、平で自然の障壁のないこの国は、常に他国による侵略に晒され続け、見えない国境を民族というつながりで保とうとしてきたという。19世紀当時、ポーランドはロシア、プロイセン、オーストリアなどヨーロッパ列強の干渉を受け、再び国家を分断された。事実上ポーランドはヨーロッパの地図上からは消滅し、「ポーランド」という国家としてではなく、ポーランド民族として、言葉や彼らの生み出す文化という無形の姿でしかポーランドは存在し得なくなったことになる。
キシェロフスキーと同じポーランド出身の映画監督、アンジェイ・ワイダは映画「灰とダイヤモンド」の中で、ドイツの敗戦によりナチス支配から解放された日に、ポーランド人達がショパンの「軍隊ポロネーズ」を踊るシーンを描いている。ここにはポーランドの永きにわたる苦しみの歴史と独立や自由への渇望が焼き付けられている気がして強く心を動かされた。

ショパンは1830年、20歳の時ウィーンに演奏旅行に出かけるが、そのわずか一月後に、ワルシャワで歴史上有名な「11月蜂起」が起こり、ポーランドはロシア支配からの独立を求めて戦ったが失敗し、独立の機会を完全に断たれることになる。このニュースを聞いて怒りと悲しみをぶつけるようにかの「革命のエチュード」(Etude No.12 in c minor, Op.10)を書いた逸話はあまりにも有名だが、この事件によりショパンは故郷に戻ることが出来なくなり、39歳で亡くなるまでポーランドの土を踏むことの無かった哀しみと孤独は、彼の生き方とその音楽に強く彩られている。
第一次大戦によるドイツ敗戦とロシア革命によりポーランドは再び独立するが、第二次大戦開戦とともにドイツ、およびソ連に再び侵攻され支配を受ける。ナチス支配のもと、国家としての政府はロンドンに亡命し、再び地図上から消え去ったポーランドの自国文化は厳しく制限され、そうした抑圧のもと、ポーランドの象徴ともいえるショパンのポーランド貴族舞踊であるポロネーズは演奏し、踊ることも許されなかった。また、民族としてのポーランドを消し去ろうと破壊しつくされたその究極がアウシュビッツやマイダネクであり、ロシアによるカティンの森事件(1940年、4000名のポーランド軍将校がカティンの森で殺害された)であり、その他数えきれないほどの傷なのだろう。終戦間近の1944年8月にはワルシャワ市民の蜂起が起こり、63日間の戦いの中で20万人もの人々が命を落とした。戦争前150万人いたワルシャワ人口は、その時15万人にまで減ったという。

正直なところ、こうした歴史の苛烈さを実感する事はとても難しいし、事実は自分の想像力などをはるかに超えたものと思わざるを得ない。こうした映画で描かれた、例えばこの舞踏の場面に凝縮された思いを、出来る限り汲み取ろうとすることぐらいしかできない。それでも、人々によって生み出された文化の持つ力ーーここではショパンの音楽であり、映画というメディアであるわけだがーーは、それを見た我々のそうした微力ではあっても人々に共通する思いを呼び起こすという点では、全ての人間が共感し得る非常に強いものだと思うのだ。ワイダの思うポーランド民族というつながりが再び勝ち取った自由と取り戻した自国の文化の象徴として、長く悲劇的なレジスタンス活動により失われた人々の魂とともに気高いポロネーズを踊る姿が描かれている。それはポーランド民族というものが、イデオロギーに支配された国家という枠組みではなく、人々による文化の共有の上でのつながりとまとまりである事を象徴しているシーンであり、戦後も続くソ連との苦難の道のりを経験しながらも、幾度も立ち上がるポーランドという「連帯」を象徴するものとして映し出されている。
キシェロフスキーにしろワイダにしろ、その後社会主義という国家の枠組みに再び組み入れられたポーランドの姿を、様々な形と物語で描いていく。以前紹介したキシェロフスキーの「殺人に関する短いフィルム」では、一人の若者が国家により歪み、そして国家がその歪みを消し去る様を映し出していた。
しかしその中で、彼らが本当に言いたかった事は、常に一人の人間の存在の意味と、人と人とのつながりの意味を問う事にあるように思う。つながっていないようでつながっている人と人、偶然と思われる出会いに込められた必然、そうして出会う事でつながり行く人間という存在。その生み出すイデオロギーや文化、国家、民族という意識。どちらが先にあり、どちらが主導するという議論ではなく、最後に見据えられるのは常に人という存在そのものの描き出す様々な姿であり物語であるという事ではないだろうか。その背景としてのポーランド、そしてヨーロッパというまとまりを、映画というメディアを通して彼らは記録し続けたと言えるように思う。

キシェロフスキーについてもっと書きたかったのだが、それは次回に譲る。このエントリーから読み始めた人には、以前書いた建築家ダニエル・リベスキンドによるベルリン・ユダヤ博物館についてのエントリーとあわせて読んでみていただきたい。

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今では世界中でカルト的人気を誇るようになった映画監督押井守が、漫画家士郎正宗のコミック作品をもとにすでに2作のアニメ映画を作った。アメリカでもビデオ売り上げ1位を記録し、多くのフォロワーを生み出してきた。今回は「攻殻機動隊〜Ghost in the Shell」コミック版、テレビシリーズ、映画版、そして映画版2作目の「イノセンス」をもとに書いてみようと思う。

コミック作者の士郎正宗は、エンターテイメントとしての枠を保ちながら、人間の精神活動を抽象的な存在としてではなく、様々な形で具象化することを試みている。近未来に訪れるであろう身体のサイボーグ化と、それに伴う精神と肉体のさらなる乖離を描くことで、普遍的な問いである人間の精神と肉体の関係がいったん解体され、問いとともに組み直される。

主人公は高度な身体能力を得るために、自らの脳以外の全身をサイボーグ化(義体化)する。それを可能にするのは、すべての精神活動の仕組みが科学的(化学的)に解明され、デジタル化されることによる。デジタルデータ化/コンテンツ化された精神活動ーー思考や夢、記憶、欲求などーーは、コピーすることもできるし、模倣したり新たに作り出すこともできる。現在我々が「ヴァーチャル」といって区別できる仮想世界は、高度化すればするほど、我々人間はそれを「現実」と認識し始めるだろう。現代でも、音楽のCDによる再生や、ホームシアターのサラウンド再生など、かなりのレベルの仮想経験が体験できるようになった。「アナログ」という概念も、人の認識の上でのものでしかないのかも知れず、身体による知覚とその認識のプロセスが、電子デバイスによる状況情報の高度なデジタル化と違うのかどうかーーもしデジタル化の精度が人間の身体能力の限界を超えたとき、その差異は定かではなくなるかもしれない。

0と1というデジタルの基準は確かに抽象的だ。しかし、例えば音を例にとってみれば、それをアナログであると定義する空気振動にしても物理現象としてはサイン波、コサイン波といったデジタル的な波動の変形の結果である。それを受け止める人間の耳はそのデジタル的な波動を受け止めたのちデジタルな電気信号に変換して脳に送り、その電気信号が音として認識される。それを純粋に身体のアナログ的知覚プロセスと定義できるのかどうか。
人間脳の活動が基本的には電気的パルス以外の何ものでもない、人間の精神活動もパルスの伝達とその記録保存に「すぎない」と言い切ってしまうことに従来の哲学感では倫理的な問題を感じてきた。しかし科学的見地に立てば、パルス伝達そのものの構造や伝導プロセスに人間の能力としての存在意義を見いすことができる。実際現代科学が解明する人間の、あるいは我々を取り巻く自然の能力は計り知れないし、それを目の当たりにすることは神秘的ですらある。その上で、我々人間は持てる技術によって、その能力をさらに拡大する方向に向かうかもしれない。近い未来、我々はその行為に対する倫理問題に再び立ち会うことになるだろう。

そういった意味で、このシリーズのテーマである「義体化」のまず最初のポイントは「知覚」におかれる。知覚という時点で既に、入力情報は電気パルスとして伝達され、それを認知し記録するのは「脳細胞ネットワーク」でできた「インターフェイスの構造」である。「攻殻機動隊」ではそれら一式を組み込み納める身体とその活動を「個人/ゴースト」とするわけだ。だから、高度なサイボーグ社会では、個人もさらに大きなインターフェイス構造に直結することで、個人という限界を超えるインフラが近未来に整備されることはインターネットの普及を見ても容易に想像できる。

「攻殻機動隊」によく出てくる、有線による外部ネットワークへのアクセスもその「構造」と階層化の概念化をわかりやすく説明する。「外部ネットワーク」へのアクセス自体が、自分の中で物事を認識するための「脳構造」へのアクセスと、システムとしては同列になっていくのだ。シリーズを通して出てくる、アクセス制限を超えて侵入してくる悪意のある侵入者に制裁を加える「攻性防壁」も、ネットワーク構造間での障壁と構造自体のどちらが上位性を主張するかという問題を喚起していて面白いし、TVの2ndシリーズのテーマである、「ネットワークの集積化=外部記憶の集中化」を移民問題などのタイムリーな社会問題と絡めて考えた時、新たなカリスマ性や求心力の生まれ得る状況として注目している点が面白い。

その上で、「攻殻機動隊」がユニークなのは、そういった高度構造体がネットワークで膨大な外部記憶情報の海の中から新たな独立した存在を生み出すかもしれないし、それが生命の定義を根底から覆すかもしれない、というようなパンクな提案をしているところだ。宗教世界とは実はそんな高度ネットワークの上位体であり、その上位体へのチャネリング(…)による宗教体験が一部で経験されてきたのが宗教ではないかなどといろいろエンターテイメントな提案を作者はしている。サイバーパンクの到達点として、そこは過去のパターンを突き抜けていて面白い。

「個人」の集まりでない、高度な知覚/記憶インターフェイスを持つ人工的な外部ネットワーク/外部記憶が実現した時、言い換えれば自発的に機能するAIのような存在となった時、では人間の「精神」と呼ばれるもののAIに対する優位や差異はあるのだろうか? バーチャルという疑似体験の真偽が今後ますますあいまいになっていく中で、記憶の意味とはなにか? そして「記憶」と「記録」の差異は残るのだろうか?

ロボットやAIの人間への隷属化は、よくSF映画のテーマとなることからもわかるように起ることが予想できる問題だし、彼らが人間の欲望や利己主義の受け皿としての存在になることは想像に難くない。「イノセンス」では、人型タイプのロボットは、人が新しい関係を持つためものとして作り出すロボットが人の形に似せて作られることの意味を問うものとして用いられている。人間が自身の存在を「ゴースト」という精神活動の源となる神秘的存在によって実存を定義するもの、という考え方が倫理的立場からなくなることはないだろうことを考えると、ロボットやAIはその点に固執することで差異化、言い換えれば差別化される。「イノセンス」では、ロボットが「ヒトに似ている」と認識できるレベルに形態がとどめられ、完全に人型であることを意図的に避ける人間の利己的な一面を見せる一方で、義体化を押し進め、疑似体験に埋もれるヒトは、自己を確立する定義や現実の欠如につねにさらされることを描き、人間存在定義そのもののあいまいさをあぶり出す。

「イノセンス」の中で、登場人物(バトーとトグサ)が何かと啓句や詩句を口にするのは、「外部記憶」に瞬時にアクセスして引用するようになることで我々人間が思考ではなく情報を蓄積/記録し、それをピックアップするだけの思考停止状態へ陥るという既に現実となりつつある現実を示しているのではないだろうか。百科事典的な記録へ人間が従属することになるというのはアレキサンダー大王の太古から言われてきたこととはいえ、インターネットは万人に外部記憶化を促す最大のきっかけとなったことは疑いがない。それ故に、ブログという新しいツールが、忘備録的側面だけでなく、つながりの連鎖、人と人との間をつなぐものになることを願いたい。

「攻殻機動隊」が描き出す世界は、ある意味既に現実化してきている状況だ。「我思う、故に我あり」とは、現代においては警句であるのかも知れない。最後に、いくつかの啓句で締めくくりたい。これも、百科事典的「引用」に過ぎないのだけれども。
“To be is to do.”  ソクラテス
”To do is to be.”   サルトル
”Do be do be do” フランク・シナトラ

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中国東北部の地方都市牡丹江から香港近郊の経済特別区シェンチェンに出稼ぎに来ていた少女イェンが、家族にも内緒で3週間の香港滞在ビザを取り、大金を得るために娼婦として働いている。ストーリーはそんなところから始まる。

香港を描く上でありがちな、超高層近代ビルと人々がひしめく猥雑なマーケットとを比較するような映像は出てこない。彼女の行動範囲は、寝泊まりしブローカーからの連絡を待つ安アパートと、呼び出し場所のホテルに限られている。香港の若者がたむろする繁華街へと足を伸ばす時間も体力も、多分興味もほとんどない。そんな彼女の姿を、カメラは感情を持たずに追い続ける。けれどそこに映し出される彼女の姿からは、不思議なほど暗い影が見えてこない。どこまでも若い彼女は食べては男の相手をし、男の体を洗い、そして帰ってきて寝る。感情の入り込む隙もなく、香港の路地裏は、そこだけで世界として完結している。

この路地裏に、シェンチェンから出稼ぎにきている足の不自由な男の家族が暮らしている。男は既に出稼ぎで金を貯め、シェンチェンにはきちんとした一軒家すら持っているが、妻と、不法滞在となってしまう小さな娘ファンと男の子をつれて、香港に再び出てきた。路地裏で皿洗いの仕事をしながら、妻と子供達は幾度となく家に帰るイェンの姿と案内役の若い男の通り過ぎるのを目にする。不法滞在のため路地裏の狭い世界に行動範囲の限定されたファンにとっては、イェンと男の姿は数少ない外部とのつながりだった。ある日不法滞在者を摘発しにパトロールにきた警官から一緒に隠れたイェンとファンは、初めて言葉をかわす。イェンにとって小さな妹のようなファンと、つかの間心が通う。

やがて滞在期間の切れたイェンは実家のある東北地方へと帰郷する。染めた髪を切り、地方の空気に慣れるよう雰囲気の変わったイェンが、同級生で結婚予定のシャオミンと新しい住まい探しをしているシーンから帰郷後の生活が描かれる。質素な中にも、生活感のあるアパート。香港の殺風景な部屋と、まるで正反対の雰囲気をかもしている。切り替わっていく暮らしの中で、やがて今まで語られなかったイェンの心の中が淡々と描かれていく。

香港では極悪の生活環境でも金は地方の平均よりも圧倒的に稼ぐことができる。しかし、中国の地方都市ではそれほど金がなくても皆が平均的な暮らしをしており、生活自体は豊かなものだ。本土の故郷に帰り、イェンも周りの人々のように普通の生活を始めるべく商売を始めようと考えたり、以前在籍した京劇学校でのことを思い出したりする。しかし地方においては大金である蓄えを得てしまったイェンには、地道なもうけの安い商売をやっていく意味がなくなってしまっている。イェンは、生活のためではなく自分の居所を定めるために商売をしたいと思っている。それでも実際行動を起こすほどのものがなかった。通帳に貯まった大金を見て、自分がどうしようか、何をしようかわからない将来への不安にかられる。生活苦を克服した今、自らの存在意義を考えることに目覚め、そのために生まれるモラトリアム。これは経済成長に湧く現代中国のこれからを問う鋭い洞察に思えるし、今日本の若い世代を飲み込んでいる問題でもある。

「ドリアン ドリアン」で、主人公のイェンが香港と郷里で同一人物と思えないように描かれているのは監督の意図するところだとしても非常に驚いた。ただ、今までの中国/香港映画にありがちだった、外部の人間にわかりやすい、広大な中国の大地に根ざした人々のたくましさ、あるいは香港の底辺にある猥雑な世界の持つ生命エネルギーというステレオタイプは、本当のようであってもすでに現実ではないものになりつつあるのかもしれないと感じた。
以前シェンチェンを訪れた時あらゆるところで見かけた、行き場もなく店に何人も固まって何するでもなくつまらなそうにしている若い女の子達の姿を思い出す。(2003年当時、シェンチェンの人口の3/2が女性で、さらに平均年齢は17才前後であったように思う)シェンチェンという巨大な経済実験場に形骸的にかり出され、空っぽの近代ビルの1階で雑貨の山の影で佇んでいた。自分が消費する側には決してなれず、うまくしても自分が消費されるモノであることを知って消費されることを待つ、悪くすればそんな機会さえ与えられない。そのただ中に放り込まれた彼女らの心の、どうしようもない温度の低さ。それを第三者として外部から見つつ、若さのエネルギーを語ることはどうしてもできないことだった。

郷里に帰ったイェンは香港での生活について口をつぐむ。イェンよりさらに若い従姉がダンスを学びたいために香港に連れて行ってほしいと願っていることを叔母から告げられ、それを素直に応援してやれないイェン。香港での仕事仲間から仕事の誘いを受けても香港に戻る気はしない。そんな煮え切らない状況の中で、夫のシャオミンともすぐに離婚する。この辺りの描写は、中国の地方でもすでに家族についての価値観や、親子関係が変化しつつあることを浮き彫りにする。
学校の級友たちとの温度差を感じながらも、やはり同年代として一番心が通いあうことをイェンは感じている。ある日皆で線路わきにたたずみながら、大声で歌を歌う。昔のおおらかな文化や暮らしぶり、人間関係をユーモラスに歌う姿は、自分の過去に対しての後ろめたさやつらさを吹っ切りたいというよりは、金だけを安易に、自分勝手に貯めてしまったことへのある種の照れ隠しととれなくもない。彼女のような、水商売で一気に金を稼いでしまったような人ほど、あるいは資本主義のストレートな光と影を同時に体験してしまうのだろう。彼女がスポーツのように男をこなしていくというのは、よくあるstereotypicalな「彼女のたくましさ=香港の生命力」を描いたというよりは、経済なんて大仰な振りをしていても実は安っぽいギャンブルのように、数や時間をかければこなせてしまう程度のものだと言っているような感じがする。かなり乾いたユーモアではないだろうか。

この映画には、とにかく意味深なシーンや描写がたくさんある。タイトルとなっているドリアンも、何らかのメタファーとしていくつかのシーンで登場する。大きなとげだらけの固い殻を持った東南アジアを代表するフルーツだが、殻を割るのは固くて大変で、さらに独特の悪臭がある。ファンの父親が娘の誕生日にと以前食べてうまかったというドリアンを買って帰るが、殻を割るのに手こずり、さらに悪臭のため家族にはとても不評だった。ある時には、イェンの案内役の若い男が突然後ろからドリアンの実で殴られ、大けがをする。またイェンが故郷に帰った後、つかの間心が通い合ったあのファンからドリアンが届けられる。

ドリアンという名前や「果物の王様」という評判は知っていても、身を食べたことのある人は実際少ない。ドリアンのその固いとげだらけの殻を目の前にして、「中を割って見てみよう」、あるいは強烈な悪臭をこらえてさらに進んで「食べてみよう」とすることは言ってみれば勇気のいることだ。ドリアンはこの映画の中で、そういう行動を起こすことがいかに難しいかを示している、物事の本質のありようを示す中国故事のような隠喩と言えなくもない。物の本質を悟った振りをして沈黙し行動を起こそうとしない賢者、何も考えることなくただ目の前の現実を受け入れ従う平民、そんな中、当たり前とされる世の中のルールを問い直すために、それを破壊することをいとわず実行する愚者。ドリアンはそんな愚者の出現を待つ、試金石のような物なのか。

実はドリアンで案内役の男を殴ったのは路地裏に共に暮らす不法滞在であろう中東系の男であることをファンは見ていた。多くは語られないが、中東男のもつある種の生真面目な正義感が、(無害だけれど)テリトリーに侵入してくる、単に若くて、それを利用もせず無為に空気吸うだけのチンピラ香港男を殴らせた、と勝手に想像してみた。そして、ドリアンが不法滞在をとがめられ強制送還されてシェンチェンに帰ったファンから送られてきて、これをどう扱うか苦労するイェンや周りの人たちの姿が、彼女の、そしてすべての中国人のこれからの生き方の複雑さを示唆しているようにも思えた。
ドリアン以外にも隠喩のようなシーンがいくつもあって興味深い。香港滞在時、イェンが客の体を洗いすぎて手や足の皮が剥けてしまう。それに対するかのように若いチンピラ風の入れ墨を彫った男が出てきて、入れ墨は一時の痛みでさほど苦しまずに手に入れられると言う。それは、一度手にしてしまえば形となってずっと残るけれど変えることの出来ない=逃げられない世界を示唆しているように見えるのに対し、若い彼女の皮は剥けてもすぐになおる=生まれ変わり新しい生活に入れると言っているようにも思えた。
最後のシーンは京劇の屋外ステージでの公演のシーンが映され、イェンがその世界に戻ったかのように示唆して映画が終わる。ハッピーエンドであるとか、そういう映画的/物語的な捉え方ができない、これから始まり続いていくであろう人生の試行錯誤の予感という描き方が、中国の今と今後の姿に対する含みを持っているようで面白い。

今までの中国映画は、ハッピーエンドや悲劇的結末というエンディングを用意することで、一つの区切りを作って、そこに現在との切断ーーノスタルジーへの没入という描き方のものが多々あった。それはそれでいいとして、そろそろそういった描き方では現在を描けないことを知り始めている世代がいる、というのは特筆されるべきではないかと思う。

同じ香港映画監督でも、例えばウォン・カー・ウァイは「天使の涙/Fallen Angel」などで見られるように、鬱屈した内向的な乾きや倦怠感が外に向けて一気にほとばしり出る様をスタイライズして描き、その乾きをさらに鋭く昇華させる。一方、台湾のホウ・シャオ・シェンなどは逆に乾きと倦怠感をスタイライズせずに距離を持って冷たく見つめる視線を保ち、その乾きや倦怠感を見る者に共有させることで作品はある種のドキュメンタリー的側面を得て現実感を増す。「ドリアン ドリアン」もその傾向を持った映画で、カメラの視線と被写体の距離感が冷たく、かつ透明になってゆく。こういうアジア映画界の流れを見ても、アジアの都市の混沌とした姿が生のエネルギーの源泉だという今までのアジア観は確かに古くなりつつあるように感じたのだが、どうだろうか。

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監督のペドロ・アルモドバルは彼の作品を通して、ある一定のテーマを貫いているように思う。

まず、「社会の中」でタブーとされるものや、社会のスタンダードとされるものから外れ手しまった人たちがストーリーの中心におかれる。そしてそのタブーに生きる人間、社会の日陰に押し込まれた人間たちが社会的には弱者であり、虐げられる人たちであることが「前提として」語られる。それゆえに、トランスセクシュアル、トランスベスタイト、ゲイといった人々がアルモドバル作品にはよく取り上げられるが、聖職者による虐待やシングルマザー、といったテーマも同じ視点で取り上げられる。(「Bad Education」「All about my mother」などで描かれる)

しかし、性同一性障害、あるいはトランスセクシャルにアルモドバルが注目する理由はさらに根源的なものに思われるのだ。彼の映画は、そういった社会的タブーの周辺に生きる人々の生き様を捉えたドラマとしてだけでも鑑賞できるけれども、それを超えて、すべての人間が持つ肉体と精神の関係に端を発する問いに対してアルモドバルは向かい合っているのではないか。

肉体という容れ物はその存在そのものによって社会における位置を規定する。男性である、女性であるという違いは最も根本的な存在意義の違いを表す。では性同一性障害者、あるいはトランスベスタイトにとっての肉体はどういった意味を持つのだろうか。彼のドラマ作りのうまさは物語としてのわかりやすさにつながっていくために、彼らが社会的に特異な存在であるという社会の固定観念が生み出す摩擦部分が強調されやすく、そこにのみ注目して終わってしまう危険性をも秘めているように思われる。

「トーク・トゥ・ハー」では、肉体と精神の関係を問い直すさまざまな人々と彼らの関係が描かれる。冒頭、映画はドイツのヴッパタール舞踊団の舞台振付家ピナ・バウシュによるダンスのシーンから始まり、彼女の肉体が、精神世界の広がりとそれを映し出す鏡として描かれる。
彼女の肉体の動きは、舞台に障害物のように置かれた椅子の群れを変容していく。(実際には、彼女の動きに影響を受けるかのような一人の男が彼女の行く手にある椅子を押しのけていく。光を放つかのような彼女の存在を尊び、その行く手の障害となるものを人知れず除いているかのように見える)彼女の他にもう一人が舞台で踊り、バウシェの波動を受け取ったかのように彼女の動きを受け継いでいく。その肉体から放たれる精神世界が舞台を超え、観客の一人である主人公マルコの涙を誘う。

マルコは以前自ら去って関係を絶ったある女性への思いを断ち切れずにいる。「思い出」として彼の中に依然大きく存在するにもかかわらず、彼女の肉体の不在がその思い出との間に超えがたい深い溝を作るのだ。
そんなマルコの前に、女流闘牛士リディアが現れ、過去から逃れようとしていた二人は次第に結びついてゆく。彼女は、男性の世界とされる闘牛の世界で生きているわけだが、闘牛という儀式の中で牛と対峙する時には男女の差異といったものは消滅する。実際、彼女が試合前に衣装を身に着けていく場面で女性から「闘牛士」へ変わっていく様が描かれる。ここには、トランスベスタイトやトランスセクシャルに対する社会の不条理な固定観念に対するアルモドバルの批判が現れているようにも思う。
彼女が事故により昏睡状態に陥ってしまったとき、マルコは悲しみとともに困惑する。彼女の肉体は生き続けていても、彼を愛した精神は失われてしまった。彼はその精神を失ったリディアの肉体を、彼の知るリディアという存在として受け止めることができない。

彼女が収容されているクリニックには、アリシアという昏睡状態にある別の若い元バレリーナの女性と、彼女を完全介護する看護士ベニグノがいる。愛する者がともに昏睡状態にあるという立場から、次第に彼らには友情が芽生えていき、その友情が映画の軸になってゆく。
アリシアの心は醒めない眠りについているにもかかわらず、その肉体は若さと美しさを保っている。事故以前につかの間知り合ったアリシアに恋していたベニグノは、眠り続ける彼女に彼の経験の全てを語って聞かせ、彼女への愛の証として献身的に介護する。まわりのものにはセクシュアルに映る彼の彼女の肉体に対するマッサージや体を拭く行為も、彼が介護士であるという事実や、彼女が植物状態にあること、そして彼がついた自分はゲイであるという嘘によって周囲から強く問われることがない。いかに我々が社会的立場という面において周囲とぎりぎりの関係を結んでいるかを、アルモドバルはこの設定によって描き出す。その上で、ベニグノの愛情表現と昏睡状態にあるアリシアとの関係が異常なものなのか、あるいは純粋なものなのかという問いを見る者に問いかける。そしてその答えを導くのが、見る者自身の感情なのか、それとも社会に生きる上で身に付けていった社会常識や固定観念によるものなのか、その見極めを自身で判断することができるのか、といった問いをも同時に突きつけながら。

ベニグノが見たサイレント映画も肉体と精神世界の乖離を表していた。愛し合う男女のうち、男が薬によってだんだん小さくなっていくという事態に陥る。愛は消えずとも、彼女は小さくなった彼をベッドの上で押しつぶしてしまうかもしれない。そして肉体を通しての愛情表現の手段を失ってしまった彼は、絶望する。
アリシアにバレーを教えていた、母親代わりのような存在の女性(ジェラルディン・チャップリンが演じる)が、アリシアに新しいバレーのテーマを語るシーンがある。とある戦場での生と死をバレーで表現しようとするのだが、兵士の死を男性が演じ、その後女性が生命の再生を表す精霊を演じる、という設定だ。実際にバレーのシーンは描かれないが、バレーという肉体を通して肉体存在以上のものを表現しようとする行為、あるいは表現しようとする精神が肉体とその動きを規定することによってのみ生み出される「美しさ」が、アルモドバルのテーマに重なっているのだろう。バレーにおいては、男性と女性の肉体が規定する動きの先にその真髄を見据えることになる。闘牛は男性世界と考えられる中で儀式として昇華され、その中で性別というレベルは消滅する。どちらも肉体という現実から、精神や儀式という世界を規定していく。

ベニグノはその後一線を超え、眠り続ける彼女を妊娠させそれが発覚して投獄される。ここで興味を覚えたのはそれに続くシーンだ。彼が投獄された刑務所をマルコは訪ねるが、設備は囚人への配慮から刑務所のイメージからはほど遠く白く清潔で、まるで病院のような監獄にマルコは驚く。事実、そこでは収監者を囚人とは呼ばない配慮までなされている。このイメージは、アリシアが病院という空間に望まないながらも収容されベニグノの愛情表現から逃れられない状況に在ったのが逆転し、今度はベニグノが肉体的に逃れられない世界に閉じ込められた、ということを暗示しているようにも考えられる。肉体がとらわれることでアリシアを中心にした彼の精神は生きる世界を失い、ベニグノは自ら肉体の存在を断つ。

我々の肉体と精神は切り離すことの出来ないつながりを持っている。そして、精神世界のひろがりと、肉体の規定する存在意義の間には重なり得ない違いも存在する。その差異は認識し得ても解決されるものではないだろう。人としての、最も大きなパラドックス。肉体存在に関する社会のタブーの数々は、そんなパラドックスに向き合う上で生まれてきたものであるのかもしれない。それを超え得るのは、精神世界の広がり、それのみと言うことはできるのだろうか。

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映画「誰も知らない」はニューヨークでも広い範囲で高い評価を得ていた。高級紙(NY Times, Washington Postなど)やインディー系に強い関心を示すNYのVillage Voiceなど、かなりの紙面を割いて評論しており、この映画に対する関心の強さをうかがわせた。

カンヌ映画祭での最年少主演男優賞受賞という事実を前提にしたものではない、映画自体を評価しようという態度が見て取れたことにまず好感を持った。アメリカにおいてはカンヌ映画祭自体に対してアカデミー賞ほどの体温上昇を感じさせないということもあるが、賞の受賞をナショナリスティックなものとして取り扱い、少なからず経済効果を狙うかのような日本でのメディアの受け取り方より冷静で公正な評価態度だった。

宣伝効果と結びついた映画評ばかりが目立つ日本のメディアには、実は多くの人が辟易としているのではないだろうか。この映画をいかに取り上げるかということは、実は非常に複雑で細やかな態度が必要なものであることを映画を見た人は感じるだろう。その目には、誠実さに欠けるメディアの態度が底の浅いものに映ったとしてもおかしくはない。(NY Timesやインディー系のVillage Voiceなどは、アカデミー賞に対してすら一定の距離を置く)

「誰も知らない」の批評について
アメリカでは多くの批評が映画の中での「距離感」について評論していた。対象である子供たちへの、そして母親にたいしても一定の距離を保っている映画の作りに対して、いい意味であるとか悪い意味であるとかいうのとは別次元に「冷めた距離」という言葉をNY Timesでは用いていた。
補足になるが、NY Timesは驚くべきことに地方紙であり、にもかかわらず世界中の読者に対して発信するために実際常に世界中からニュースを集めてきている。さまざまな文化やそれを背景にした事柄をできる限り偏ることなく論評するために、記事は高いレベルの批評眼と第三者的な距離感を必要とする。その距離感が、是枝監督のとったテーマに対する態度と非常によく似ていることに彼らは気がついていた。ジャーナリスティックなテーマを扱い、虚飾なく、感情に流されることなく社会に提示することー是枝監督のこの態度は、特にマスメディアに携わる人々の共感をえたのだとも考えられる。

もちろん、映画のテーマそのものは我々日本人にとってより真実味を持つ、また持つべき問題であり、アメリカ人としては第三者的な外側からの客観的視点を持たざるを得ない。しかし、そのテーマとの「距離」は、事実をほとんど黙殺し知らないままでいた我々多くの日本人と、アメリカ人批評家との間で果たして異なっているのだろうか?

あくまでこの映画とその提示する問題の意義は、「個人」がどこまでそうした「距離」の存在する事実を受け止め、その意味を問うかにある。是枝監督はそこまで考えた上で映画を作り上げたのではないだろうか。そしてアメリカ人批評家たちはテーマの意味合いと重要性を映画を通して受け止めつつ、それを可能にしたであろう彼のある種ジャーナリスティックな映画作りを大きく評価したように思われる。

アメリカにも深刻な家庭の問題はたくさんあり、社会問題ともなっている。「誰も知らない」の提示する事件は日本という社会が生み出した特殊なケースであることは事実だが、こういった社会的な家庭問題が”存在する”という現実はアメリカでも日本でも同じである。その上で、どういった類いの社会のひずみがこれらの問題を引き起こし、どうすれば解決していけるかということは映画自体では語られていない。アメリカにはシングルマザーが多いし、貧困問題も非常に大きなものだ。その中でこのケースに似た事件は起りえるし、実際起っているかもしれない。しかし、そういった問題に何らかの「結論」なり「解決策」を導き出すことは、この映画や新聞というメディア(少なくともNY Times等)では避けられている。それは見る者/読むものにゆだねられ、それが大きな波となって社会の中で動いていくことを最終目的としているからだ。

「あの母親はひどい」とか、「周りの人間はなぜ気づかなかったか」と語るにとどまることは、彼らと同じであることに気づかないでいるだけのことかもしれない。「社会問題」となる、あるいはされるべき事柄や事件は、漠然とした社会という空間にあるままで個々自らの次元に引き寄せられないならば、いつまでも問題として事柄/事件が認知されることすらないだろう。それをこの映画は提示しているのだ。そして、もしやっと認知されたとき、我々はいかにそれに対峙しえるか。その先は、見る者にゆだねられている。それはある意味、ジャーナリズムの本意といえるのではないだろうか。

補足:
アメリカでは新聞の評論や評価は絶大な影響力を持っている。特に(土地柄、そして経済的理由からNY TimesやVillage Voiceしか目を通していないが)NY Times紙は映画、音楽、本、演劇、アートなどの評論が独立して別紙になっており、特に週末の新聞はものすごい厚さになる。
その分多くの紙面を評論に割くことができ、それを一流の専門ライター陣が執筆している。彼らの評論は確かに鋭い。そして演劇やミュージカルなど、NY Timesで酷評されれば実際1週間もせずに幕を閉じることもあるほど、影響力も強い。
高級紙と呼ばれるNY Timesがアメリカの知識層の判断基準を決定していると言っても過言ではないが、それには政治力や経済力を超えた第三者の視点を貫いているということが支持される最大の理由となっている。もちろん、New Yorkというリベラルで知識層が最も集中している、アメリカでも特殊な都市の新聞、ということは考慮すべき点ではあるが。(アメリカの総意ではないということ)
幅広い視点と許容力を持つことが第三者的視点を保ち得る方法だとして、ニューヨークはさまざまなものを受け入れる受け皿となる。その上で、客観的判断と批評がそれらを淘汰し、さらに高い批評眼を得ることにつながっていく。ある意味で、最も厳しく、だからこそ公正な批評がここでは行われているように思われる。

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“what’s this war in the heart of nature?”

このモノローグとともにこの映画は始まる。映画は太平洋戦争中期、ガダルカナル島における日本軍とアメリカ軍な激烈な戦いをもとに描かれるのだが、冒頭のシーンではまるで戦争とは無縁のような、何千年も繰り返されてきたであろう原住民たちの姿が豊かな自然を背景に映し出される。
青く透明な海が照りつける南国の太陽に輝き、白い砂浜と、豊かな森の中で原住民たちが暮らしている。その中に、アメリカ兵らしい二人の若い白人が混じり、原住民らと拙いながらも心を通わせている雰囲気をうかがわせる。そんな中で、そのアメリカ兵がつぶやく。“what’s this war in the heart of nature?”

このアメリカ兵ウィットは大いなる自然と、その中に生きる原住民たちの暮らしとに完全な調和を見いだしている。生の源たる、優しくそして恐ろしい自然と、ごく当然の摂理として身近に存在する生と死。それらを、彼らは彼らなりの方法で真摯に受け止め、対峙している。
その自然の摂理の外側で繰り広げられる戦争という人間の行為に、ウィットは意味を見いだすことはできない。降り注ぐ木漏れ日の中に、彼は桃源郷の白中夢を見ようとしているのだ。原住民たちとのふれ合いが、つかの間であるとはいえ彼の求めているものと重なる。そこに、彼を戦争の現実に引き戻すアメリカの軍艦が現れる。

ウィットの上官であるウェルシュ(ショーン・ペン)は歴戦の末、数々の修羅場を目のあたりにし、それをくぐり抜けてきた。生き残る確率を増すには、戦闘するマシーンにならなくてはならないと頭では理解しているし、戦場で生き抜いてきた経験は彼をより戦闘マシーンに近づけていった。
そんな彼の目に、ウィットは他の者と違った存在に映る。生き延びるためには、彼の考える戦争という現実=”見ず知らずの敵を殺す戦闘”、そして”調和を乱す部外者を拒絶する自然”との戦いを繰り返さざるを得ない。その戦いの中で、彼のまわりの人間は傷つき、命を落としていく。しかしウェルシュは、果てしなく続く戦闘の中で生き延び続けることによって、傷つき失われる命を機械のように無感覚に受け入れるようになってしまうことを恐れているのだ。実際、死んだ僚友を目にして「何も感じなくなった」とつぶやく別の兵隊の言葉に動揺する。だから、ウィットが”戦闘の現実”を超えたところに生と死の問題を見いだし問いかけているところに惹かれ、そこに彼自身の現実の手がかりを見つけようとする。

中隊を指揮するスターロスは、強固な反撃の中突撃を命令する上官トールに逆らう。次々と部下が命を落とす中、彼は神に問いかけ、答えを示すよう求めるが、それに対する確たる啓示はなかった。しかし、繰り返される戦闘の中”問いかけることそのもの”が、生への希求として、あるいは自らが、そして彼の率いる部隊が生き、(生き残っている)存在していることの意義を確かめるための行為として語られる。戦争に身を置いたことによって、死は彼にとって喪失を意味するようになった。

ベル二等兵は、残してきた若い妻と過ごした日々を次々と回想する。戦闘が激しければ激しいほど、その回想はノスタルジックに美しく昇華され、詩的なものになっていく。その”詩的な”ものは、スターロスと同じように、生への希求そのものなのかもしれない。彼も自問する。”戦争を終え彼女のものへ戻ることができたとき、自分は元の自分に戻りたい。しかし戻れるだろうか?” と。彼の回想が美しければ美しいほど、それは失われたものであることを意味し、元の彼には戻れないであろうことを示唆する。戦争はベルにとって、自分を根本から変えてしまったものとして彼の現実となる。
この映画は、いわゆる戦争映画、反戦映画といったものとは異なるように思う。大学で哲学を教え、ジャーナリストとして雑誌等に寄稿していた監督のテレンス・マリックは、映画という手法を用いて彼の表現したいものをいかに見る者にとって意味のあるものにするかを求めていると言えるのではないか。
同時期公開された「Saving Private Ryan」では、リアリスティック=(リアルではない)に戦闘シーンを描き、かつセンチメンタルなストーリーの帰結によって戦争があったという事実を感情に訴えることで後世の人々に伝えようとした。しかし、「Thin Red Line」のテーマは、我々人間が何かに対峙することによって初めて何かを認識しようとし、それを現実として捉えるということを示すことだったように思えるのだ。歴史においては事実として存在する「戦争」というものに対し、後世に生きる戦争を経験していない我々はどう対峙するのだろうか。戦争の酷さに対する感情は、戦争をしてはならないという理性を育てるかもしれない。しかしそれはあまりに楽観的なあいまいなものでもある。

「Thin Red Line」におけるさまざまな登場人物のさまざまなモノローグ、自然の摂理の内側に生きる原住民の自然との関わりと暮らし、光、透明な水、豊かな森ーーこれらすべてが詩的に語られ、我々見るものは映画というメディアを通してそれを詩的に捉えるすべを与えられる。”詩的”とは個人個人の、感覚を通した”世界”の認識のプロセスであるとするならば、「Thin Red Line」のテーマがもたらす詩的なイメージは今を生きる我々にも強く提示されて受け止められ、その意味について個々に対峙する機会を与える。そうして認識されたものは感情のみで一時的にあおられたものより、強く我々を突き動かすのではないだろうか。

戦後60年の節目である今年、戦争を経験として知る人は年々少なくなってきている。そんな中、我々は戦争を現実として捉えるすべをあまりにも知らないし、全ての人間を巻き込んだ出来事であったことを忘れ、一面的な見方で強引に捉えようとする態度を強くしている。その結果が靖国参拝問題であり、昨今みられる感情に訴えることのみに注力した戦争アクション映画である。センチメンタルな感情によるメッセージは、一時的なものしか生み出さない。我々の中の何か大きなものが失われてしまっているのではないかという問いを、「Thin Red Line」という映画は呼び起こす。

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