— Delirious New York Diary

アップルとスティーブ・ジョブス

マッキントッシュで知られるアップル社の創始者であり現社長のスティーブ・ジョブスが、スタンフォード大学の卒業式でスピーチを行った。その全文を読むことができたのだが、いろいろと思い出すこと、考えることがあったので、少しパーソナルな内容に触れつつ自分のMacintoshとの関わりなど書いてみようと思う。

原文のリンク
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505

さらにビデオで彼のスピーチを聞くこともできる。

さて。
父親が海外勤務になり、ワシントンDC近郊バージニア州に家族で移った。英語学校に通った後、ある州立大学に入って一般教養のクラスをとり始めたのが1993年頃のことだ。
大学のコンピューターラボはほとんどMacで、それでペーパー等を書いたし、当時広まり始めていたインターネットでメールを書いたりネットめぐりなどを始めた。ネット利用を、ネットサーフィン(死語…)などと呼んでいたのもこの頃だ。

その頃家でも家族共用にコンピューターを買おうということになり、ならば学校でもよく使われているMacがいいと親に話したところそのまま決定した。東京にある父の勤める本社ビルの一階には以前NECとキャノンのショールームがあって、子供の頃会社を訪ねたときにいろいろなパソコンに触れる機会があったのを覚えている。当時Macはキャノンが代理店となって日本に入ってきていた。国産のNECのものでも子供のおもちゃには高すぎるものだったし、まして輸入品であるMacは車一台買えるほどの値段だった。Macintosh Classicなど、Macは当時知った他のどのパソコンとも異なった特別な雰囲気を持っていたのと、それらマシンの別次元の価格とで記憶のどこかに残ったのだろう。

そんなわけで、うちに来た初めてのパソコンはMacだった。Centris 650というマシンで、メモリーは8MB, ハードディスクは80MB (!) という今では信じられない内容だったけれど、当時それでもいろいろなことができたし、Macは自分にとって”魔法の箱”になった。
以来、パソコンはMac、ということになった。学校で時々使わざるを得なかったWindows3.1はどうしてもなじめない。(あの時のことがトラウマとなってウィンドウズにはどうしてもなびけない。(笑) ) その後寮に入ったとき学校のアップルストアでQuadra 610を学割で安く買っのだが、そのとき実際には一世代前のCentris 610をオーダーしたのに、新しいモデルが出たからか性能も上がっているはずのQuadra 610を差額請求もなく送ってくれた。アップルという会社に思い入れが出来たのはその頃ではないだろうか…

その後ニューヨークの美術/デザイン系大学であるParsons School of Designに入学したが、やはりデザイン系のためほとんどのコンピューターがMacだった。当時値段と性能の面で勝っていたMacのクローンに浮気したりはしたけれど、MacOSからは離れなかった。
そして大学にいる間に、あの歴史的な初代iMacが登場した。アップルをクビになった創始者のスティーブ・ジョブスが、新しい風とともにアップルに復帰したのだ。マシンとしては少し馬力が足りなかったのだが、大学にもサブマシンとして一気に増えていった。特に色違いのiMacが出てからは。それからだ、停滞していたアップルが変わり始めたのは。

その頃、アップルはかなり行き詰まっていた。シェアは落ち、株価もどんどん下がる。どの会社がアップルを買収するか、そんな噂がよくささやかれた。OSの開発も遅れ、Windows95には追いつかれた。それを、アップルを作ったジョブスはどんな思いで見ていただろう。iMacの爆発的な人気にもかかわらず、アップルに対する周囲の態度は冷ややかだった。あからさまなバッシングもよく耳にしたし、メディアもそういう態度が一般的だった。それはiPodが出て、再び爆発的なヒットとなるまで続いたが、iPodとiTunes Music Storeの成功はとうとうそんなネガティブな評価を打ち砕いて、好調な、成功したアップルのイメージを再び社会に定着させた。

彼のスピーチによれば、自ら作ったアップルを首になったおかげで、打ちのめされながらもまたゼロからスタートする機会を得たと言っている。その悔しさをバネに、彼はNeXTという別のコンピューター会社と、コンピューターアニメーションの制作プロダクションであるPixarを立ち上げた。彼はアップルへの復帰の条件に、NeXTのOSをMacに採用することを呑ませ, それは後に現在のOS Xになっていく。沈みつつあったアップルを、再び軌道に乗せるきっかけをiMacとOS Xによってもたらした。ジョブスの復帰はアップルの第二の出発となったのだ。ある意味、アップルはジョブスそのもの、ジョブスはアップルそのものなのかもしれない。

いくつかのエピソードをジョブスはスピーチで取り上げている。
アメリカの私立大学の学費は日本のものよりかなり高いのだが、その学費が両親の蓄えの大部分を持っていってしまうことにジョブスは心を痛めていた。(ジョブスは養子として生まれた時に引き取られたのだそうだ)それに見合うだけのものを、大学に見いだせなかったとも言っている。(卒業式だから、言ってもいいか…入学式には言えないでしょう (笑) )何をしたいかも定かではなく、そんな中興味のない授業に多額の学費を両親に払わせることに大きな矛盾を感じたという。

だから大きな不安は抱きつつも一大決心をして、大学を中退する。そしてお金をセーブするために、ジュースのビンをいつも返却して還ってくる5セントをためたり、週末には10キロ以上歩いてある寺院に出向き、週に唯一のまともな食事を食べさせてもらったりした、と話す。それはつらいことではなく、すばらしいことだったとジョブスは言う。そういった数々の経験が、後に大きな価値を持つようになったと。
大学をやめた後、最初に興味を持ったのがカリグラフィーだったそうだ。キャンパスに貼られたさまざまなポスターや掲示板が、きれいなカリグラフィーによって書かれていたのだそうで、それに惹かれたジョブスはカリグラフィーのクラスをとり、後にその経験がMacOSにいろいろなフォントを使えるようにしたり、バランスよく表示させるようにしたりすることにつながったと言う。このエピソードは、何かをする時に事務的にできればいい、というのではなく、いかにエレガントに、スマートに行えるかというアップルらしさの源がかいま見える気がする。
アップルを首になった時も、自分の求める物にたいする誠実さを失わなかったために再出発がはかれたという。本当に自分の求めるものでなければ、本当の喜びは得られない。見つからないならば、探し続けるべきで。妥協してしまうべきではない。それは彼がさまざまな壁にぶつかったことで逆にそれを糧にすることを学んだ彼の生き方だ。

さらに彼は続ける。彼は去年、膵臓ガンを患い、一時は三ヶ月から半年の命と宣告されたことを告白した。死を覚悟し、家族に別れを告げ、社会的責務の整理を行うよう告げられたという。幸運なことに、彼の症状は珍しいもので完治できることがわかり、術後しばらくの休養の末職務にも復帰した。この経験を通して考えたことを興味深い言葉で言い表している。

”death was a useful but purely intellectual concept…death is very likely the single best invention of life.”

そして、死は時の流れを示す指標であり、最後の到達地点であり、古いものを消し去って新しいものの生まれる余地をあたえるものでもある、と言っている。”死”の前では、自分のものでない考えも、どんなプライドも、失敗を恥じ、恐れることもその意味を失う。何かを失うかもしれないと恐れ、立ち止まってしまう罠から逃れるにも、”死”という概念は力になる、と言うのだ。失うものなど何もないからこそ、自分を、自分の求める何かを見つけ出さねばならない。そしてそんな自分なら、信ずるに足るだろうーー。ジョブスの潔さと人を引きつける強さは、そんなところから来ていると思う。

彼の言葉が実感を持って響いてきた。自分も28の時、がんを患い、手術、治療、再発、そしてよくなった今も再発への恐れは消えていない。OK、自分はこれらを経験した。ではその後で、何が自分にとって大切なことなのか、何をすべきなのかーそれを常に考えようとしている。いや、考えざるを得なくなった。もちろん、四六時中とはいかないけれど(笑)

アップルの魅力にとらわれた者として、そのさまざまな製品によってインスパイアされ、単なるツールとして以上の力を借りてきたように思う。それはこれからも変わることはないだろう。自分にとって、アップルの製品は本当の意味でパーソナルなコンピューターとなった。

最近また、ジョブスはCPUをIBMからIntelに移すという大英断を下したが、そのプレゼンテーションもいかにも彼らしいものだった。

“We will be very excited to keep pushing the frontiers, and tell you about Leopard, (the next OS) the next time we meet next year.
Because more than even the processors, more than even the hardware innovation that we bring to the market, the soul of Mac is its operating system. And we are not standing still….”

今の成功におごることなく、常により良く、新しいものを創り出そうとする姿勢。それはコンピューターという世界にとどまらない、生きる人としてのあるべき姿でもある。

6 comments
  1. koto says: 6月 16, 20059:46 PM

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    こんばんわ。
    突然ですが私はさそり座の女です 笑。
    さそり座のテーマは「死と破壊」。。。
    「失うものなど何もないなら、
    求めるものをみつけなければならない」
    いつも、オールオアナッシングな生き方をしてしまうので、
    少しだけわかる気がします。。
    自分が何の役目を仰せつかって生まれてきてるのか、
    日々結構考えます。
    ブログとはいえks530さんの言葉に私が惹かれるのは、
    病気の経験からくる「死の深み」のようなものを持たれているからなのだろうかと、思いました。

  2. original order says: 6月 17, 20053:08 PM

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    こんにちは。チームTシャツの制作会社original order(オリジナルオーダー)と申します。
    突然の訪問をお許し下さい。
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    なにかご不明な点等ございましたら、
    ori_ord@yahoo.co.jpまでメール下さい。
    それでは、失礼致します。

  3. ks530 says: 6月 17, 200510:38 PM

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    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    kotoさん:
    このスピーチを知って、つい自分の病気についても書いてしまいました。あまり公言するようなものではないですが。あの経験によって、「深み」を得たかは時が語るでしょう。(笑)今はポーズなりでも、あの経験について、そしてそれ以後の自分について考える必要があるとは思っています。ちょうど、仕事探しをしているところでもありますし。
    でも、「破壊」は「創造」の一つの形でもあります。建築では特に。
    original orderさん:
    コンペのおさそい、ありがとうございます。時間が許す限り、応募を検討させていただきます。(笑)
    またブログにもお越し下さい。

  4. kei says: 6月 24, 20055:47 AM

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    PASS: 158628947fbce166f115f1cff1f3a5dc
    はじめまして。"delirious new york"を頼もうとweb searchをしたらこちらにたどり着きました。今月masterを卒業したばかり(landscapeです)です。portofolioをまとめながら「で、私はこれからどうしたいのかな..」といろいろ疑問を抱えている最中だったので、このお話、とても心にしみました(若干いろんなことでも打ちのめされているときでもありまして)。私の場合は自分で死に近づいたのではないのですが、最近近しい人の死で、今生きていること、これから何ができるのか、とても考えさせられもしました。自分にとって何ができるのか、何がしたいのか、何を求めるのか。これからもまたおうかがいしますね。
    それにしても。家の実家にはほこりのかぶったmac classicがいまだに眠っているはずです..最初に使ってからほんとにどれくらい時間がたったことか。

  5. KAFUKA says: 7月 15, 20053:05 AM

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    PASS: de8d6c50fef22cab3abae03d0826b6a1
    はじめまして.
    非常にレベルの低いブログを製作している者です(汗)
    文学に関わりの無い工学研究者の私が言うのも失礼だとは思うのですが,
    ks530さんの文章は簡素でありながら,深みのあるもので,
    長文を感じさせない読んでいて心地のよいものでした.
    「ミニマル」の意味を理解したときや,Macを使用している時に近い
    脳波が出ているのではないでしょうか(笑)
    それはさておき「破壊ト再生」非常に興味深いお話でした.
    そういえばピカソもそのようなことを言っていましたかね?
    「芸術とは破壊の蓄積である」ですか?記憶が曖昧ですが...
    人間,もとい生物というものは全て「破壊されること」を前提としています.
    「破壊されるまで」の間にいかに「遺伝子」という名の情報を伝達していくか,
    生命の基本的欲求はそこから生まれているようです.
    さらに人間は他の生物と違い「文明」という名の情報も伝達していきます.
    そして「文明」は情報の化身であるコンピュータを生み出しました.
    彼らにもし欲求というものが生まれれば,それは新たな
    「情報伝達者」と成り得るのでしょうか?
    もしそうなったとき,機械と生物に無機物と有機物であること以外の
    違いがあるのでしょうか?
    私には明確な答えは出せません.人間はいつも結果待ちです.
    しかし,これだけははっきりと言えます.
    「情報は生命の核である」
    あたりまえのことですが,ks530さんの文章を読んで,
    このことの重要性を再確認いたしました.
    それでは,人間をシステムとして見ると「心」さえも
    「ただの情報選別器」となってしまうのか?
    疑問は次々と出てきて私を悩ませますが,
    ネット上のリソースを無駄に使うのは良くないのでこのへんで...
    (十分長文だっツーの)
    駄文,失礼致しました.ちなみに私もWindowsを使うのは何故か苦痛です(^_^;)

  6. ks530 says: 7月 18, 200512:03 PM

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    KAUKAさん、面白いコメントありがとうございます。(こちらの文章についてはお恥ずかしい限りです。。。)
    この後「攻殻機動隊」についてエントリするつもりです。KAFUKAさんとまったく同様のことをこの映画やテレビシリーズを通して見て感じていましたので。改めてその後でコメントさせてください。

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