— Delirious New York Diary

都市の草の根エネルギーと無名人の詩 ~グラフィティ・ラプソディ 1~

多くのブランドショップが軒を連ねるソーホー。しかし、ソーホーとチャイナタウンを隔てるキャナル・ストリートに近づくにつれ、街並は倉庫街であった以前の面影を残すエリアに入ってゆく。
鋳鉄造りの大きなロフトスペースをもつソーホーの建物は、今でも倉庫として、あるいは入荷される物資を管理する事務所、加工する工場として使われているところが多い。石畳の道端で、一日を通して多くの物資が積み下ろされ、また積み込まれているのを頻繁に見ることができる。

もちろんその大きなスペースを活かした高級アパートが増えたとはいえ、実はその足下には今も変わらず倉庫街の顔がある。以前ソーホーを彩ったアーティストたちの活動も、このエリアが持つそういった雑然とした慌ただしさを背景にしていたのではないかと思わせる。(キャナルストリートにはニューヨークでもっとも品揃えの豊富な画材/アートストアである’Parl Paint”があり、ロフトスペースを利用した店内は当時のアートシーンを彷彿とさせる雑然さが残っている)

ソーホーにあるギャラリーの、ちり一つ落ちていないようなホワイトスペースに飾られるアートは、しだいにニューヨークの持つエネルギーや猥雑さ、そして地道な、しかし堅実な歩みを続ける多くの一般的な人々の生き様と離れていった。それに違和感を持つアーティストたちはいつしかソーホーを離れ、あるいはそんなソーホーアートと自らの関係に対してアイロニックな感情を抱くことになる。高級化し平坦に均一に塗り込められていく建物の壁に、またそんな中取り残された小さな余白スペースに、アーティストに限らない多くの人々がグラフィティという形のエネルギーをぶつけていった。


風雨にさらされ、風化しながらも、小さく見える一つ一つの声が次々と新たなエネルギーとして積み重ねられていく。そんな中には強いメッセージ性をもつものも見受けられ、それらがさらに周囲のグラフィティに別の力を与えていく。


最近名前を知ったWK INTERACTによるポスター。一つ上の写真にも同じポスターが見られる。彼のグラフィティアートはニューヨークのさりげない空きスペースに突然現れるのだけれども、残念なことにそんな空きスペースは次第に新しい建物によってなくなり、それとともに彼の作品も消えてゆく。だがそれこそがあまりにもニューヨークらしい/都市らしい潔さとは言えないだろうか。


 2004年の共和党大会はニューヨークで開かれた。もともとニューヨークでの地盤が弱い共和党は、9/11という機会を用いて、ニューヨークへの切り込みをはかろうとしたのだ。その前後にいろいろなポスターやグラフィティ、路上への書き置きなどが街のいたる所で見られた。剥がされてもまた次のポスターメッセージがはられる。剥がされた跡すら、メッセージとなっているかのようだ。

ちなみに象は共和党のマスコット。このポスターのオリジナルはミケランジェロの”ピエタ”と思われる。死したキリストを抱くマリアが、自由の女神に置き換えられ、さらに横たわる人物の中の影が共和党マスコットの象のように見える。このポスターの隣には、ブルックリンの発電所から立ち上る煙が猛る象に変身していく様が描かれたポスターもあり、作者によるのか、小さなメッセージ文がそえられていた。

誰の目にも留まらぬまま今日もグラフィティやポスターが雨にうたれている。静かさの裏に都市の変わらぬ日々の歩みが感じられる、こんな風景が好きだ。

1 comment
  1. luna says: 7月 9, 20059:47 PM

    SECRET: 0
    PASS: 4f3a5616f42048b44e5e322308d509ac
    こんばんは。世界の中心はNYのlunaです。TBありがとうございます。ks530さんは、WK INTERACTの名前を知らなかったという事ですが、知らないけど彼の絵は見ていたという事ですか?そうならすっごい羨ましいですね、、ks530さんの言うとおり、消えゆく場所があり、それこそがNYらしいのかもしれないとわかりつつ、寂しいです。心打たれるものですから。だけど、やっぱりそうやって繰り返していく事でNYと言う街ができてるんだなとも思ってます。とても心にくる文章でした!

Submit comment

Spam Protection by WP-SpamFree