— Delirious New York Diary

イタロ・カルヴィーノ「マルコ・ポーロの『見えない都市』」I.

都市と記憶 3 ザイラ
「ーー今日あるがままのザイラを描き出すという事にはまたザイラの過去の一切が含まれておるはずでございましょう。しかし都市<まち>はみずからの過去を語らず、ただあたかも掌の線のように、歩道の縁、窓の格子、階段の手すり、避雷針、旗竿などのありとあらゆる線分と、またさらにその上にしるされたひっかき傷、のこぎりの痕、のみの刻み目、打った凹みといったなかに書き込まれているままに秘めておるのでございます」


マンハッタンの鉄の時代がソーホーの街に残る. 太く錆び付いた柱の鉄のリベットの並びが、’洗練’とは違う美しさを見せる. 人の手で吹かれた古いガラス達が、街のそのさまざまな姿を映し出すかのように、ひとつひとつ違った歪像に切り取っていた


何度も色を重ねられ、それもところどころ剥がれ落ちた窓枠が、外界とは違う時間の流れに沈む内側を垣間見せている. 表裏を繋ぐ隙間と窪みが、街には無数に散らばっている

都市と欲望 2 アナスタジア

「ーー都市はただ一箇の全体として、どのような欲望も何一つ失われてはならず、われわれもまたその一部をなすものというように思われますし、われわれが現に愉しんでいないものでも都市があますことなく満喫しているのであれば、われわれとしてはこの欲望を住処としてそれで満足しているほかはございません。このような力、時により呪われたとも恵まれたとも言われる力を、人を惑わす都アナスタジアはそなえておるのでございます。瑪瑙や玉随や翡翠を切り出す人足となって一日八時間はたらくならば、欲望に形を与えるこの労苦はそれ自身の形を欲望から得ているのであり、またアナスタジアのすべてから満足を得ることができると信じているとき、その実、人はその奴隷にすぎないのでございます」


ソーホーの道ばたにあるアートインスタレーション. まぶしい光の中に霧散する鉄のラインと、影の中鈍く光を放つライン. 強いコントラストが、目眩と共に白昼夢へとさそう

ショーケースに閉じ込められた、別々の時間を刻んできたアンティークの時計たち. 時間の流れが、無限の重なりとなってゆらぎの中に消えていく

都市と記号 1 タマラ

「ーーようやく旅はタマラの都市へと至り、看板がごちゃごちゃと家の壁から突き出ている道を分け入ってまいります。目は物を見ず、ただ他のものを意味するものの形象を見ております…..かりにある建物が何の看板も絵姿も掲げていない場合でも、それ自体の形なり市街の秩序のなかに占めるその位置なりがじゅうぶんその機能を示しております。王宮とか、牢獄とか、造幣局とか、ピタゴラス派の学校とか、妓楼とか。商人たちが売台に並べて見せている品物でさえもそれ自体としてではなく、ほかのもののしるしとしての価値をもっております。額を飾る刺繍した帯は優雅さを、金塗りの煉は権力を、またアヴェロエスの書物は叡智を、足首にまく環飾りは放逸を意味しております。

眼差は市中の通りをあたかも書物のページの上のように走りぬけてゆきます。都市は人々が考えるはずのことをすべて語り、ただその言葉をわれわれにくり返して言わせるばかりでございます。人はタマラの都を訪れ見物しているものと信じているものの、その実われわれはただこの都市がそれによってみずからとそのあらゆる部分を定義している無数の名前を記録するばかりなのでございます。

この稠密な記号の被いの下には、いったい、ほんとうのところどのような都市があるのか、それは何をひそめ、隠しているのか、人はついにそれを知ることもなくタマラから出て参ります。外には空漠たる大地が地平線まで拡がっており、大空がひらけ、雲が流れております。偶然と風とがその雲に与える形のなかに、人ははやくもつぎつぎと形象を読みとることに夢中でございます。帆舟だ、手だ、像だ….と。」


さえぎるものなく空に伸びるあの姿は、いつも蜃気楼のようだった

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