— Delirious New York Diary

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キルギス

昨夜夜半、静寂の中でぼんやりと雪明りに明るい外を眺めてから眠りについた。

雪国に暮らした経験のない自分にとっては、雪は日常を非日常の世界に変える力を感じさせるものでまったく飽きることがない。雑然とした世界を白く一面に覆い、それとともに普段なら目にとめることのないものを浮かび上がらせてくれる。何気ない建物の手すり、屋根の軒先、道沿いの縁石、ペンキ塗りの鉄くずかごーーふわりと舞い落ちる雪を見ていると、空気や風の流れも見えてくる気がする。辺りの静けさと白い世界は、心を落ち着かせると同時に高揚させもする不思議な感覚を伴う。

Snow-trees1
普段はあまり美しいとはいえない木。雪化粧で生まれ変わる

冠雪の樹々2
ポプラの木は、枝の並びだけでなくその紡ぎだす姿全体が美しい

冠雪の樹々1
本当に色々な樹々があるものだ。全く違う成長の仕方と立ち姿。普段は気付かないものだが

雪を抱いた小枝1
木の枝構造は、限りなく学ぶものがある気がする自然の姿

雪を抱いた小枝2
網目のような小枝の並びが雪で浮かび上がった。その繊細な並びに驚く

雪を抱いた小枝3
木が生き物であることを思わずにはいられない景色

 

ここからは以前ここでも用いたニューヨーク時代の写真だが、対比として再掲載。

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昨日夜、仕事が夜中まで長引いていたが、ふと気付くといやに静かだった。
カーテンを開けて外を見ると、ふわっと明るい。昼の雨が雪に変わり、すでに降り積もっていた。

Morning after snow

今朝起きてみると雪は止んでいた。辺は白く変わり、葉を落としていた樹々の枝に雪が積もっていて美しい。よく見ると、一部の枝には一度溶けた雪が再び凍り付き、透明な樹氷に姿を変えている。黒い枝を透明な氷が包み、まるで何かの標本のように心を惹きつける。「ザルツブルグの小枝」のように緩やかに積み重なる結晶ではなく、一度溶けた雪が再び凍り付くという緩急と変容のプロセス。そしてまた、日が高くなればしだいに溶け、消えていく。
今は溶けた雪が滴り、屋根板に当たって雨垂れのような音を立てている。

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自分のバックグラウンドを活かしながら、キルギスと日本をつなぐ方法を考えてきました。

そんな中で、幸運としか言いようのないさまざまな出会いを通じて、あるプロジェクトを準備しています。

それは、中央アジアの伝統である羊毛フェルト製品を日本で販売するというもの。ただ販売するだけでなく、製作者であるキルギスのアートグループ、TUMAR社と共同でデザインを起こしたり、企画したりするのです。

TUMAR社は、羊毛フェルト製品作りに必要な全ての工程を自社内の工場やアトリエで行なっています。100%ウールフェルトにこだわり、羊毛フェルトの持つ風合いや手触り、強さを活かした製品づくりをしています。またほとんどすべての工程を、手作業で行なっていますが、そうした作業を行う職人の育成や教育も社内で行なっています。

そんなTUMAR社と共同で製品を作り、また日本で販売するチャンネルとして、”SheepWalk”を立ち上げました。Sheep Walkとは、英語で牧羊場のこと。羊が歩きまわり、餌を食む広々とした牧場のイメージと、羊が群れるキルギスの雄大な大草原のイメージを重ねて、名付けました。

SheepWalk〜羊毛フェルトのお店

オンラインショップオープンに関連して、自由に製品への要望や意見、こうしてほしいといった希望などを集約できる、Facebookページも同時にオープンしています。また、Twitterによるつぶやきも反映できればと考えています。

SheepWalk x TUMAR
Twitter: @Sheepwalk530

とあるフェルトのコンピューターケース製品を日本で購入し、キルギスに来て使っていました。購入時の触れ込みでは、とても高いスキルで製造された、手作り品とのことでした。しかし、フェルト自体は”ポリエステル繊維のフェルト”だとキルギスに来て指摘されてしまいました。ナチュラルだと思っていたものが、そうではない。。。それが、いろいろなことを考える切っ掛けになったのです。

工業製品は、人々に必要とされるものを大量生産することによって製品の質を安定させ、安価にし、多くの人の手に渡るよう産み出されたものです。この事自体は素晴らしく、そうして我々の生活が便利になり、楽になった事実は誰の目にも明らかです。
一方で、大量生産は多くのものを犠牲にします。コストの削減、機械が扱える方法への限定、人工的な素材や材料、それによる人体への危険性。。。高いものが良いとは言わない、けれども安いものが良いとも言えない。そうした意味で、日本の今の姿には、問われるべきさまざまなものが明らかになってきていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羊毛フェルト作りは、羊を飼う民族の間では長い間行われてきた伝統のある技術です。羊と暮らし、羊の毛を刈り、その毛を利用して着るものや生活必需品、子供のおもちゃまで作る。羊毛の不思議な効能を知り、その特性を学び、そこからおどろくべき方法で本当にさまざまな物を作り出します。その風合いや手触りを知ると、人と自然との対話の歴史や、自然の中で自給自足する人の姿を思い起こさずに入られません。温かく、柔らかく、それでいて強くしなやか。それは、ポリエステル繊維のフェルトがいくら見た目に整っていようとも、越えられない魅力を持っているのです。

もちろん、今日の文化や生活の中で単純に伝統を再現すれば良いとは思いません。伝統とは過去の文化を引き継ぎ、現代の暮らしの中で改良し、作り替えて次世代へ受け継いでこそ伝統と言えます。アートグループTUMAR社は、伝統的な技術や製法から学びつつ、今日の文化の中でいかにそれを活かしえるかを念頭に、製品づくりを行なっており、その行動が高い評価を得ています。私も、そうした行動に同調し、参加したい。そこに自分のスキルであるデザインや設計を活かしてみたい。その思いが受け入れられ、現在TUMAR社と製品企画やデザインを行っています。

当初は小さな製品企画から始め、次第に製品の幅やフェルト利用の範囲を広げていく話をしています。例えば、家具デザイン。工業フェルトを使った製品は見かけるようになりましたが、羊毛フェルトではどうか。もちろん羊毛フェルトには欠点もあるため、それが利用の妨げになっている点も理解できる。ただ、時間をかけ、手作業で作っていく羊毛フェルト製品制作はモダンな工業製品製造にあてはめにくいものの、不可能ではないと考えています。その可塑性の高さや素材の丈夫さは、自然製品の持つ多少の不均一性の欠点を容易に超えていけます。

こうした大掛かりな企画を開始するにはもう少々時間がかかりそうですが、まずはオンラインショップでTUMAR社製品を日本に紹介し、少しずつ自分のデザイン作品をも増やしていければと今は考えています。

SheepWalkを、よろしくお願い致します。

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この所カメラの話は書くのに「写真がないじゃない」というコメントをよくもらう。

実際、情報記録としての写真は撮るのだが、写真を撮ろうと街に出ることが少ない。良くないことだと思う。自分の周りを見回して、注意を向けようという気持ちが薄くなっている。身体的感覚はともかく、精神的感覚が鈍っている。

最近の写真で掲載するようなものがないので、以前撮った写真のなかから中央アジアの深まりゆく秋のものをいくつか紹介しよう。自戒の念も込めて。このため場合によっては以前掲載した写真が混じっているかもしれない。

(なおアップルのmobile meサービス終了アナウンスを受け、別のサービスに写真ギャラリーを移行中である)

Kei Satoh Photo Gallery


秋のキルギス・アラルチャ国立公園。東山魁夷の一幅の絵のようだ


樹木に一部覆われた山と、岩や氷河に覆われた山を背景に、一本の白樺の木がうっすらと紅葉し始めている


オアシスのようなナリンのポプラ林


白樺が色付き、地面も枯葉で黄色に染まっていく。カザフスタンは中央アジアで最北に位置し、寒さの訪れも早い


秋の平原を行く二人。夫婦だろうか。風の音以外に聞こえない中でゆったりと時が流れている


草を食む遊牧民の馬


金色の起伏する丘の間を細い小川が流れている。絵画のような光景


カザフスタンの冬は早い。特に高地では、10月半ばには雪が降ることも普通で、山は既に冠雪を抱いていた


凍れる冬の到来は近い

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変化する環境

今年の夏、ラフティング(川下り)ガイドによれば「水位が高すぎ、危険過ぎた」と語っている。初心者のグループをガイドした際、いつもはキルギスでもおすすめの川であるにも関わらず、今年は初心者の手に負えなかったそうだ。

増水した河川上流や貯水池のあちこちで水が溢れ、関係省庁は発電に必要なときに貴重な夏季の水が失われたことを嘆いている。
この原因と考えられているのは、氷河の融解速度の加速だ。世界中で起こっている氷河の減少と同様、キルギスの氷河の多くも危険な速度で減少している。

キルギスの氷河系

<International Fund to Save the Aral Seaの資料によると、キルギスには8208もの氷河が存在すると言われる。2008年時点では国土の 4.2%に及ぶ8,400平方キロメートルものエリアが氷河で覆われている。氷河の総水量は5800億立方メートルにも及ぶといわれている。(全国土を3mの水深で覆う量に相当)その中でも最もよく知られているのが、東部天山山脈にあるキルギス最高峰のポベダ山(7439m)とハン・テングリ(6995m) の大山塊にあるイニルチェク氷河で、大山塊の北部及び南部に分かれて存在する。なおいくつかの氷河はビシュケク市から程近いアラルチャ国立公園内にあるアク・サイ山(3500m) やアディゲネ山(3200m) にも見られ、そこから流れだす豊富な水がビシュケクを潤している>


アラルチャ国立公園には、水量の豊富な河川がいくつも流れる

氷河後退の様々な調査結果

ドレスデン工科大学の地図調査機関による調査で、T.ボッシュは、カザフスタンとキルギスタンの国境に位置する北部天山山脈の気候変動と氷河の後退は、地球全体で見られる気温の上昇傾向と密接に関係していると見ている。1960年から1975年の間には氷山の後退はわずかであったが、1970年代以降急速に後退速度が上昇していることがわかった。2005年度の調査報告で、ボッシュは「氷河面積の35-40%が失われた」としている。
また、国連環境プログラム(UNEP)と世界氷河観測事業 (WGMS) による2008年の共同調査がまとめた「世界的な氷河の変化:事実と数字」では、20世紀の間に、天山山脈の25-35%もの氷河が消失したと発表している。

写真はタジキスタンのものであるが、キルギスより南部にあるタジキスタンは気温がより高い。写真は氷河に削られた部分の砂礫が氷河を覆わんとしている所。氷河を覆う土砂などがさらに融解を早めているという

キルギスの機関による調査では、ビシュケクの国立科学アカデミーの水資源問題・水力発電研究所のヴァレリー・クズミチョノクが1970年代後半から2000年の間に20%近い氷河が消失したという調査がある。現在の氷河消失速度は1950年代の3倍に近いという。
環境NGO、BIOMのアンナ・キリレンコは、キルギスの主要水源は氷河に直結したものであるため、この氷河後退プロセスは非常に大きな問題になっていると述べている。(先日の「キルギスの電力事業 2. 水力発電」で一部データをお伝えしたとおり、ここ数年のトクトグル貯水池の水位の上下動は非常に大きく、2008年には夏季の水位低下により水力発電に支障が出て、計画停電が起こったことをお伝えした)
キリレンコによれば、氷河後退によって水系のバランスが確実に崩れており、河川の状況や、山系周辺のエコシステムが変化していくだろうとしている。


氷河が流れた跡が見えるが、現在は消えている

中央アジア応用科学研究所のリスクル・ウスバリエフによれば、氷河は偏在しているために融解速度などに差が生じるため、ある地域では変化が緩やかだとしても、特定の地域では急速なエコシステムの変化の影響を受ける可能性があるとしている。例えば、チュイ渓谷の西側では急速に水不足が進んでいる。また、クンゲイ・アラトー山脈の南斜面の氷河の後退はキルギスの他の地域と比べても著しく速く、またエコシステムへの影響も大きくなると予想されている。フェルガナ盆地周辺の氷河融解も同様に懸念されている。

加えて、UNEPとWGMSの調査では、砂礫が氷河を覆う機会が多くなり、太陽光の熱吸収を高めて氷の融解を促進していることを指摘しているだけでなく、氷河のうねりに遮られて生まれるダム湖の出現が増加しており、決壊により周辺地域に洪水を起こす危険性も警告している。
中央アジア応用科学研究所の予測では、現在の気候変動がこのペースで持続すると、キルギスの50から70%の氷河が消失すると見ており、河川の水位低下から水供給不足に陥るとしている。
またビシュケクの国立科学アカデミーのクズミチョノクは、今後20年から30年で氷河消失は重大な局面を迎え、今世紀末には10%程の氷河しか残らない可能性もあるとしている。

国際政治問題への発展〜水資源問題

中央アジアの水資源は、その80%をキルギスとタジキスタンに依存していると見られている。キルギスよりも山岳地帯が多くを占めており、キルギス同様水資源に電力事業を依存するタジキスタンや、氷河を源流とするキルギスの河川の下流に位置するカザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンも農地灌漑用水を河川に依存しているため、氷河後退が直接的な影響を及ぼし始めている。

こうした水資源をめぐる摩擦が、より大きな国際問題に発展しつつある点は、近い将来水資源をめぐる摩擦が世界中で起こっていく事を予感させる。お伝えしたキルギスの水力発電所建設を起因としたウズベキスタンとの摩擦と同様の問題が、タジキスタンのダム建設計画を発端にウズベキスタンと間でも起こっており、タジキスタンによるログン大規模水力発電所建設再開ーーキルギス同様資金不足による建設停止が再開されるーーにおけるダム設置について、ウズベキスタン政府は非常に強い危機感を募らせている。ウズベキスタンのタシケントからタジキスタンへ通じる鉄道の貨物利用が事実上停止される事態となっている。既に2010年8月時点で既に7ヶ月目に入り、さらにタジキスタンからウズベキスタン国境を超えるトラックにも追加税が検討されているため、燃料や小麦の輸入も滞っており、燃料不足などからタジキスタンの(特に)農産業に大きな支障が出始めており、さらに穀物価格が15%近く高騰している。


タジキスタンの首都ドゥシャンベから車で1時間程のところにあるヌレーク貯水池の端部。山から流れこむ土砂が混じり、色が変わっているのがわかる。キルギスから流れるバクシュ河(キルギスではキジル・スー河と呼ばれ、いずれも「赤い河」を意味する)をせき止めており、5つのダムによるヌレーク水力発電系を形成している。なおヌレークダムはソビエト時代、1961年より20年近くかけて建設された高さ300メートルに及ぶ堤防高は世界一位である。なお上述のログン水力発電所用ダムは、これを上回る規模で計画されており、40億ドルもの建設費がかかるとされる。

この状況により、北部供給ネットワーク(Northern Distribution Network: NDN) による物資輸送に頼るNATO軍のアフガニスタン作戦は、一部物資がウズベキスタンを通じてタジキスタンに送られ、さらにトラック輸送でアフガニスタンに供給されているのだが、この物資がウズベキスタンに滞っているために物資供給において支障が出る事態に発展している。
その他にもタジキスタンの他の小規模水力発電所に投資・建設参加しているイラン企業の物資輸送に関する不満を受けて、イラン政府もウズベキスタンへの苛立を強めている。

キルギスの今後の電力事業

ビシュケクの国立科学アカデミーのクズミチョノクは、水源の90%を氷河から得るキルギスが電力事業の90%を水力発電に依存しながら、さらに水力発電事業に投資しようとするソビエト時代の延長にある政府の考え方に、大きな問題があるとも述べている。30億ドルもの巨額投資を必要とする1,900MWtの発電能力を持つカンバル・アタ-1、360MWtのカンバル・アタ-2水力発電所はソビエト時代に計画され、1986年に建設が始まった計画であり、多くの専門家はこうした巨大水力発電事業では今後長期にわたって電力供給を安定させることは出来ないという意見で一致している。
アメリカ、ペンシルバニア州のバックネル大学で環境政治学と政策について教鞭をとるアマンダ・ウッデンは、バキエフ政権の下で不透明な資金繰りによって進められた大規模水力発電事業の事業運営の透明化を進めなければならないとした上で、さらに気候変動による水資源の減少や枯渇の問題を今後受け入れ、それに対処する計画を建てていかなければならないとする。他の方法による電力事業を計画し、水力発電に依存する現状を変えていく必要がある。例えばキルギス国立科学アカデミーの地震研究所所長のカナット・アブドラクマトフは、地熱エネルギーの豊富なキルギスにおける地熱発電についてその可能性を指摘し、地熱発電所はカンバル・アタ発電所の約半分の予算で建設可能であり、周辺諸国との摩擦も引き起こさないなど、環境や政治問題を踏まえてもより効果的であると述べている。
<アブドラクマトフは実現可能性として、ロシアは水力発電事業へ注力している点から興味を示さないだろうが、中国の興味を引くことが出来れば建設事業に引き入れられるだろうと述べている。ここで日本の名前が出ない点は、地熱エネルギー大国の日本としては口惜しいところだーー>


わずかな山からの水流の先には小さいながらもデルタが拡がり、より大きな川に流れ込んでいる。こうしたところにも人の営みが行われていることを忘れるべきではない

キルギスの電力事業計画には、近隣諸国への輸出売電が大きな柱となっている。現在は豊富に見える水資源を利用して発電し、その発電事業のために周辺諸国に水不足の可能性を生じさせる事態となれば、近隣諸国が輸出売電事業を受け入れるかどうかも定かではなくなる。さらに氷河の後退により水資源不足が加速し、水力発電事業そのものに大きな支障が出て来る恐れも高い。水力発電事業に完全依存する形での現在の電力事業は、こうした様々な理由から大きな危険性をはらむものと言えるのではないだろうか。

一方、国連のLIFEプログラムと小規模融資プログラムのキルギス内コーディネーターであるムラット・コショエフは、水資源の不足から今後想定される食料生産・供給不足の問題を真剣に検討する必要があるとしている。実際には、キルギスの食料生産の問題は旧式化した灌漑システムと水資源の非効率的な利用にあるとする。
「特に小麦の生産など大規模な灌漑を必要とする中で、より水資源を効率的に、また無駄を省いて水資源を節減する灌漑システムをできるだけ早く導入する必要がある。早ければ早いほど、食料生産の安定性を確保することができるようになるだろう」
こうした問題は、もはや一国で解決できる問題ではない。より具体的な方策を考える際に、日本の知識や経験、技術をもって参加していくことができれば、と願う。

参考:
IRIN humanitarian news and analysis
Asia Plus news
Eurasianet.org
国連環境プログラム/世界氷河観測事業

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キルギスの記事をまとめたウェブサイトを開設した。多少記事が整理されたが、更新性が良くないためブログと時間差ができる可能性がある点をあらかじめお伝えしておきます。
Kyrgyzstan TODAY

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尖閣諸島問題に端を発したレアアース問題が各国の様々な思惑のもとに加速している。
キルギスの天然資源について考察する予定であるが、最もタイムリーなレアアース資源から始めてみようと思う。

レアアースをめぐる関係諸国の最近の動き

尖閣諸島問題によって表面化したレアアース供給の政治問題化は予想以上の世界的拡がりとスピードを見せた。中国政府は日本に対するレアアース禁輸措置について否定しているにもかかわらず、10月19日付のニューヨーク・タイムズが伝えたように、輸出停止措置が欧米にも拡大される懸念がもたれている。
記事によれば、欧米諸国向けレアアース輸出についても既に通関が止められているとしている。欧米諸国は日本ほどレアアースの備蓄が無く、急速に供給問題が拡大する可能性があるとも述べている。アメリカ政府は中国によるレアアースの通商政策について、WTO(世界貿易機関)のルール違反の可能性について調査を開始すると表明し、緊張が高まる恐れがあるとする。
こうした中、中国は2011年のレアアース輸出割り当てを最大30%削減するとチャイナ・デイリーが伝えている。2010年の輸出割り当ても既に2009年の40%減となっており、今後さらに切り詰められていくことは間違いない。

日本のレアメタル・レアアース戦略

経済産業省は、レアアースを含む希少金属(レアメタル)の代替材料開発プロジェクトを推進してきた。また資源エネルギー庁もレアメタルのリサイクルについての検討を続けている。資料に示されているように、レアメタルやレアアースなどの資源供給の偏りが既に顕著であり、産業拡大により資源消費も急速に拡大している中国が供給を制限していくことが明らかであった。
資源供給国の偏り 2007年度 (クリックで拡大)

中国のレアメタル輸出制限

こうした状況を踏まえ、今後厳しさを増す状況に対応する体制を整備する目的として、日本政府はJOGMEC (石油天然ガス・金属鉱物資源機構)による探鉱事業推進・支援や、JBIC(国際協力銀行)NEXI(日本貿易保険)による企業活動支援、JICA(国際協力機構)による途上国における資源調査などを中心に、官民相互協力によるレアメタル・レアアース探鉱事業、代替材料・技術開発支援、資源リサイクル、主要7鉱種の60日備蓄保有を柱としてレアアース供給問題に対応していく体制<レアメタルフォーラムーー資源開発加速化のための官民一体の体制整備の枠組み>を整えていた。
こうした中、日本政府は10月8日、緊急経済対策として、レアアース確保のために1000億円の予算措置を盛り込んだと時事通信は伝えた。このうち460億円を中国以外での権益獲得、420億円をリサイクル拠点整備、120億円をレアアース代替技術開発支援に投入するとしている。これは、2009年度新規事業を含めて予算が組まれたレアメタルフォーラムと比較すると大幅な規模拡大となるが、レアアース供給問題の急速な進展に対応するために、国レベルで本格的に乗り出す動きと言える。

一方、10月13日付のロイター通信が、日本政府の豊富な外貨準備高を利用した政府系ファンドによる資源獲得競争が高まりつつある、という記事を伝えている。世界各国の政府系ファンドの規模は、世界の株式市場時価総額の10分の1にも相当する3兆ドルに達しており、こうした豊富な政府資金によって発展途上国の資源や資産が搾取される構図が広がりつつあるとする。日本が政府系ファンドを設立し、多額の外貨準備を中国やカタールのように戦略投資に投じることになれば、先進国としては初めてとなると牽制した。
しかし、資源メジャーや急速なグローバル化により巨大化しつつある多国籍企業体はもともと国家戦略の延長にあるものである。上述のように欧米へのレアアース輸出制限も現実となりつつある中、こうした動きは日本のみに留まるものとは考えにくい。表面的な装いは異なるとしても、既に国家戦略として世界中で行われているものである。

キルギスの資源事業

今までの資料を見ると、キルギスタンは天然資源に乏しいという記述が多く見られるが、専門家による調査で開発が行われていない鉱脈などが依然多数存在していると見られ、資源埋蔵量は豊富であると現在は考えられている。現在は既に発見された資源採掘を中心に、資源探鉱も活発に行われつつある。特に金採掘事業はキルギスのGDPの10%、輸出の20%を占めるに至っている。キルギスのKumtor鉱山は世界でも最大規模の金鉱脈を持つと言われており、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタンにまたがるフェルガナ盆地から1500kmにも渡る鉱脈が存在するとされ、既にMuruntau, Zarmitan, Jilauといった鉱脈が発見されている。
この金鉱山を100%保有しているのがカナダのCentrra Gold社である。この会社はカナダの資源メジャーCameco社がキルギス、モンゴル及びアメリカ合衆国で金鉱山開発を行うために2004年に独立部門を設立したものであり、Camecoから数えると1997年からキルギスで金採掘を行っている。(Cameco社は世界のウラニウム供給の20%を握る資源メジャーである)2009年までに270万オンスに及ぶ金を採掘してきた。2009年の金採掘量は525,000オンスである。Centrra GoldはKumtor鉱脈に次ぐ規模を持つと見られるDjeruj(ジュルイ)金鉱脈の採掘権の取得も目指している。
*なお、キルギスの最大輸出取引国であるスイスは、金を購入していることがわかった。
(なおこうした大規模事業はバキエフ政権下では大きな圧力を受け、40%株式のキルギス政府保有、当初10%であった採掘税の18%への引き上げ、キルギス国有企業Kyrgyz Altynによる採掘された金の全買取などの条件が付加されている)
その他ウランなども採掘・資源探鉱が活発であるが、これは別の機会に回し、今回のテーマであるレアアース事業について多少触れてみる。なお事業内容については次回詳しく触れる事とする。

Kutassay II レアアース採掘鉱山

キルギス北部、ビシュケクより140kmの近郊ケミンに、ソビエト時代にその80%ものレアアース需要を満たしていたレアアース鉱山、Kutassay IIがある。1960年代より採掘が始まり、1991年のソビエト崩壊まで創業を続けていた。
この鉱山にはレアアースの抽出プロセス工場が付随しており、現時点でこうした施設を持つレアアース鉱山としては唯一、中国以外に現存する鉱山である。現在鉱山の全体像の把握や工場の利用可能性等についての調査が鉱山を保有するカナダのStans Energy社と、ロシアの鉱山開発企業、及びキルギスのロシア・スラブ大学の共同調査として行われており、早ければ年内に評価調査を終了し、鉱山の再稼働について来年にも検討に入ることになっている。Kuttassay IIプロジェクトへの投資がこの所増えているが、10月15日にはAustralian Rare Earth Fundからの投資について契約締結したと発表している。
1994年、キルギスの独立後3年の時点でこの鉱山の採掘権はカナダのStans Energy Corporationに競売により渡っている。しかし、Stans Energy社を率いる取締役会長であるRodney Irwinの経歴を見ると、カナダの外務省関係者であり、旧ユーゴスラビア諸国、東欧、ロシア、アルメニア、ウズベキスタンなどの大使を歴任しており、キルギスの名誉領事にも名を連ねている人物である。
先月ブラジルのキルギス名誉領事がビシュケクに再度オフィスを開く件が大きなニュースとなったのだが、大規模事業参入に際し、政府人脈を通じたロビー活動などによりキルギスの重要事業が割り当てられ、投資対象となっていることが浮かび上がってくる。カナダは自国のみならず、世界中の開発途上国において資源探鉱・採掘事業を進めているが、こうした経緯を見てみると、それが国家戦略として行われていることが垣間見える。
Stans Energy社はロシアの国営企業Russian Leading Research Institute of Chemical Technology(VNIHT)と9月13日、ロシアにおける探鉱・採掘事業についてのメモランダムを締結しており、キルギスにおけるレアアース事業を踏み台にロシアとの関係がさらに強化されている。キルギスの大規模事業に大きな興味を持つロシアの思惑と、そうした政治的影響力を見越したカナダの企業の利害が一致したと見ることができるだろう。この構図にキルギスがどこまで含まれているかを考えると、この国の今後の舵取りの難しさが見えてくるように思われる。

カナダとキルギスの関係

キルギスの主要事業の一つである金採掘事業と、現在急速に注目の高まっているレアメタル・レアアース事業を握りつつあるカナダは、国家レベルでどれくらいの関係を築いているのだろうか?
現在までのところ、カナダ政府による開発援助を見ると、ほとんど目立った支援を行ってきていない。ODAは日本と比べても20分の1程度であり、国家レベルの支援を行っていると言えるレベルではない。

しかし、上述の民間投資においては $850 millionの規模に達しており、世界最大の投資国となっている。Kumtor鉱山だけでもキルギスのGDPの35%規模の経済活動を行っており、また2008年にはバイオセキュリティ、バイオコンタミナントといった先端分野の施設建設やアップグレードなどに関して最大$40 millionに及ぶ援助を行う協定に調印している。こうした企業活動を中心に、職業トレーニングや技術移転活動でも最大規模であるとしている。
この構図は、日本とキルギスの関係の対局にあるアプローチである。日本はソビエトから独立後間もない時期から中央アジア諸国に対し継続して開発援助を行って来ており、常に支援の額や内容においてトップレベルにある。<下記:外務省統計>

日本の援助実績

(1)有償資金協力 256.65億円(2008年度までの累計)
(2)無償資金協力 121.29億円(2008年度までの累計)
(3)技術協力 93.35億円(2008年度までの累計)
DAC諸国のODA実績(過去5年)(支出純額、単位:百万ドル)
暦年 1位 2位 3位 4位 5位 合計
2004年 米 39.9 日本 26.7   独  13.7 スイス 10.4 英  6.3 108.8
2005年 米 40.8 独  27.6 日本 21.0 英  9.4 スイス 9.3 125.8
2006年 米 50.3 独  17.9  日本 17.2 スイス 16.5 英  11.2 123.6
2007年 米 39.8 独  25.0  日本 15.7 英  13.0 スイス 10.6 118.7
2008年 米 63.6 独  21.3  英  13.7 日本  12.3 スイス 10.8 121.7
(出典:DAC/International Development Statistics)

しかし、貿易関係に視点を移すとキルギスにおける経済活動は低いものにとどまっている。2009年度の日本の対キルギス貿易は、外務省統計によれば;

日本の対キルギス貿易(2009年:財務省貿易統計)
輸出 23.6億円(機械類及び輸送用機器、自動車、建設用・鉱山用機械)
輸入 0.2億円(アルミニウム及び、同合金)

にとどまっている。どちらが優れたモデルであるか、という議論では無い。キルギスの産業構造は非常に不透明であり、またどす黒いものも渦巻いている。ODAの持つ高い志やクリーンなイメージは確かに中央アジア諸国の間で日本のイメージを高めてきたが、今後中央アジアは産業育成のための投資やより実践的な技術移転を求めてくるだろう。国として独立していくために、自らの持つ資源を基幹産業に育て、その周辺事業を展開したいと考えている。

そして、成長著しいカザフスタンやウズベキスタンのみならず、キルギスにも日本が必要とする「資源」が現実として存在する。産業発展に際してはキルギスも日本の高い「技術」と「製品」を求めてくるだろう。ODAによる地方のインフラ整備や教育を継続しつつ、今後はより現実的な「貿易関係」を築いていくフェーズに入ったとみるべきだろう。議会民主制政治がキルギスに根づいていくかどうかに関してはまだ不透明であるが、政情や国家基盤が安定してから本格的に乗り出す今までの日本モデルは、中央アジアやモンゴル、アフリカといった国々に当てはめていくことができるか難しいものでもある。現実に、中国やロシアはそういった潔癖な態度を超越したところで活動している。そうした勢力に対して、日本は第三の勢力として今後世界で影響力を強めていく基礎を、今まで築いてきたとも言える。それをいかに活用していくか、今この瞬間に問われていると思われる。

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井上靖や司馬遼太郎が描いたシルクロードを辿る西域の物語は、遠い時間の中に興っては消えていった国々と、そうした国を繋ぎ、旅をした人々への遠い憧憬をかきたてる。


イシククル湖は西を除く三方を山脈に囲まれている。これは北側に位置するテルスケイ・アラトーの4000m級の山脈の端部

司馬遼太郎は烏孫という王国の響きに惹かれ、その末裔と言われる人たちの面影を求めて中国西域からさらに足を伸ばし、この地を訪れ、その時の様子を描いている。

雲にまぎれて見える冠雪の山並みはイシククル湖南部の天山山脈だろうか。湖に入ると、澄み切って透明な水平線の上に、雲が湧くかのように山波が浮かんでいる。イシククル湖は1600メートルの海抜にあり、チチカカ湖に次ぐ高度にある。まさに天空の湖だ

ただ井上靖も司馬遼太郎も、キルギスのイシククル湖には憧れを抱きながらも訪れることはかなわなかった。ソビエト時代、この地に外国人が立ち入ることが禁止されていたのである。(化学兵器の研究施設があったためとされる)
その井上が玄奘三蔵による西域の旅の記録をもとに描いたのが、「西域物語」であり、この中で玄奘三蔵がイシククル湖に至った時の様子が記されている。


イシククル湖の透明度は、バイカル湖に次ぐという。水深も深く、「熱い」湖(中国語では「熱海」)と言われる不凍湖はどこまでも澄んで青い

井上靖 「西域物語」

「『大唐西域記』によると、玄奨の西遊は恐ろしく苦難に満ちた旅であった。しかし、この国外脱出者の高僧としての噂はすでに西域の異民族の間にも伝わっていたらしく、玄奘は方々で歓迎されたり、援助の手を差しのべられたりしている。とは言え、言葉も判らず、人情も風俗も判らぬ国々を次々に経廻って行くのであるから、その労苦のなみ大抵でないことは当然である。玄奘は高昌国、阿耆尼(あきに)国、屈支(くっし)国、跋禄迦(ばるか)国といった西域北道に沿った小国を通過し、天山へはいって行く。天山の一支脈である凌山を通過する時はたいへんであった」


イシククル湖には古代都市が沈んでいる。これも消えていった王国やオアシスの一つだろうか

《国の西北より行くこと三百余里にして石磧を渡って凌山に至る。これ則ち葱嶺(パミール高原)の北原、水多く東流す。山谷の積雪は春夏も合凍す。時に消泮(しょうはん)することありと雖(いえど)もついでまた結氷す。経途は険阻にして寒風は惨列なり。暴竜の難多くして行人を陵犯す。この途による者は衣を赭(あか)くし、ひさごを持ち、大声に叫ぶことを得ず。微かに違犯するあれば、災禍目のあたりに見る。》
「こういった高い調子の旅行記である。暴竜の難が多いというその暴竜とは何のことであろうか。竜巻のことであろうか。しかし、風のことは風のことで別に書いている。
《暴風奮発、沙を飛ばし、石の雨をふらし、遇う者は喪没し、生を全うすること難し。》」


山脈から吹き降ろすのか、湖の湿気を含んだ空気が山波に遮られるのか、イシククルの天気は変わりやすい。午後にはスコールが降ることも多く、時に凄まじい風と雨に見舞われた

「この凌山越えで、実際に玄奘は同行した従者や牛馬の多くを失っているので、必ずしも表現がオーバーであるとは言えないようである。惨憺たる苦難の泊りを幾つか重ねて、やっと凌山を越えると、玄奘はそこにイシククル湖の美しい湖面を見た。湖面が美しいのは一瞬のことで、どうしてひとすじ縄で行く相手ではなかった。勿論玄奘の頃はイシククルとは呼ばれていなかった。玄奘は大清池と呼んでいる」

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《山行四百余里、大清池に至る。あるいは熱海と名付け、また鹹海(かんかい)と謂(い)う。周千余里、東西長く、南北狭し。四面山を負い、衆流は交湊(こうそう)す。色は青黒を帯び、味は鹹苦を兼ねたり。……:竜魚難処霊怪はしばしば起る。ゆえに往来する行旅は祷って以って福を祈る。水族は多しと難も敢て漁捕する者なし。》
「ここにはしばしば霊怪が起ると記してあるが、この霊怪なるものの正体もまた判らない。しかし、これを玄奘がいい加減なことを書いたとするわけにはいかない。他の記述は恐ろしいほど正確であるからである。イシククル湖が熱海と呼ばれているのは不凍湖であるためであり、鹹海と謂われていたのは水が塩分を含んでいるからである」

この後も玄奘は旅を続け、突厥の都に至る。
「玄奘はイシククル湖畔を過ぎ、なおアラトウ山脈を越えたり、チュー川に沿ったりして、チュー盆地へ降りる。するとそこに突厥の都邑である素葉城[(スイアーブ)]があった。「清池西北行五百余里素葉水城に至る」。玄奘は簡単に記している。
素葉城の地は、現在のトクマク付近とされている。湖畔からトクマクまで都邑はなかったのである。烏孫の時代にあったその王都赤谷城のことはどこにも記されていない。漢の公主が王の妃として、更にまたその王の孫の妃として何年かを過した赤谷城は、玄奘の頃は影も形もなくなっていたのである。凌山の暴竜の為せる業か、あるいは大清池の霊怪の為せる業なのであろう。…」


イシククルに帳が下りる。湖畔の水音は穏やかで、静かな夕景が過去への憧憬をかきたてる

凪の湖面には月の光が落ちていた。その下に船が音もなく浮かぶ

<参照:「テュルク&モンゴル」http://ethnos.exblog.jp/5503548>

 

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前回の続きは”工場”そのもののかもす手の記憶について。

古い工場に刻まれた傷、効率ではない視点で組み上げられてきた機械と人の作業の関係がそのまま形として残っている。


工場の排気管が生き物のように突き出している。空気の流れが有機的であることが形になる


以前の工場は生き物そのものであり、人の作業と一体となっていたのかもしれない

工場内にも張り巡らされたこれら排気管が、体内の血管のように各部門をつなぎ作動する

木材の乾燥庫には積み重なった煤と油がこびりついて、匂いさえ幾重もの時間の流れを感じさせる

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もともと海外から知人へ、また国内から海外の知人へ建築について、また自分の近況について伝えるコミュニケーションのツールとしてこのブログを始めたのだが、いつの間にか直接メールで何枚もの写真を送れるほどネットもスピードが上がり、いつしかブログの作業がおいてけぼりになっている。ブログそのものが変わったと感じているせいもあるかもしれないが。

今回のテーマは、ある木工工場を訪れた際に手作りの作業がとても印象に残ったのでその際の写真をいくつか取り上げている。キルギスタンの首都ビシュケク近郊の家具工場なのだが、旧ソ連時代の「労働と共同」というスローガンが未だに消え去っていないのに驚いた。ただ手仕事と、コンピューター制御の無菌室におかれた機械とは違った鋼鉄の機械が稼働している工場は、そこで働く人ともどもどこかのんびりした空気が流れている。ソ連時代のプロパガンダから厳しいものが消え去った今、手作業と人の手が作り上げた機械のうなりは急ぐ事なく、それでも絶え間なく動き続けている。


中央からは外れていたキルギスでも、先鋭的なプロパガンダが喧伝されていたのだろうか

まるで古き良きアメリカの野球チームのバナーのようなスローガン

これはどこか50年代のアメリカ郊外の広告のように見える

街のそこかしこに未だにレーニン像が残っているのは、中央アジアぐらいかもしれない

工場の入り口も、どこかのんびりとしている


時間が止まっているかのようー窓に写るものが今なのか過去なのか何となくわからなくなる


組み上がった椅子の骨組みは一つずつ手で組み上げられたもの

ずっと家族や社会を支えてきたかのようなおばちゃんが、慣れた手つきで木材に突き板仕上げを施していた

椅子の布地も時間が止まったかのごとく昔と変わらないものが使われているそうだ


工場の小屋組もなつかしい木の香りがする

ソ連時代に作られ、今も現役で走り回っているトラックは何ともいえずかわいい顔をしている。ソ連は労働と機械社会の未来を見据えたとき、そうした「機械の人間化」を重要視していたとされている

木材の乾燥場はどこか過去の遺跡のような、時代に取り残された場所のような、さらには勝手な妄想だがプロパガンダの行き着く先のような寂しさと怖さを感じた

最後の写真は次回へ続く。

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