— Delirious New York Diary

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Tag "写真"

タイトルだけを読むと「何のこっちゃ」と思われるだろう。
唐突ついでにと言っては何だが、映画「Blade Runner」の写真解析シーンをご存知だろうか。

主人公がある写真を機械にかける。それを音声でガイドしながらある部分を拡大したり移動しながら写っているものを解析するシーンである。今となっては別段驚く程のものではないかもしれないが、初めて見た時には「凄い!!」と思ったものである。(実はどちらかというと音声でコントロールする部分に惹かれたのだが)もう一つ、屋台のオバちゃんが何かの鱗を電子顕微鏡で拡大して見て、製品の質の高さに言及し、さらにそこに記されたシリアルナンバーから製品を特定するなんていうシーンもあった。

今やデジタル写真は、それが必要であるかどうかは別として、ある意味でこの解析シーンを再現することが可能である。最大解像度で撮影した写真をパソコンのモニターで等倍にしてみれば言わんとしていることがわかっていただけるだろう。縮小しているときには見えない情報もそこには写り込んでいる。(もちろん、映画の解析シーンは「印刷技術」も同様に超高解像度情報を記録しており、拡大に耐えることが再現条件になる)今回この写真の解析シーンが浮かんだのは、写真の解像度をその写真の良し悪しではなく情報を取り出すために利用している点を思い出したからだろう。

自分の所有するNEX-5ダブルレンズキットの16mmレンズ、18-55mmレンズは、周辺画像が流れる、周辺減光が酷い、解像度が低いと特に16mmレンズは一部で叩かれた。さらにNEXシリーズと比較されるパナソニックのM3/4は、特に20mmレンズの解像度が高いと一部で騒がれ、NEXと比較されたことで「ソニーのEマウントレンズはよくない」という評価がかなり広まったように思う。アダプター経由でライカやツァイス等の光学的に性能が高いと言われるレンズとも比較されてしまい、「センサーはいいのにレンズは。。。」と結論付ける人が後を絶たないのである。
実はNEX-5後継のNEX-5Nや、同時期に出たα77などではレンズの光学性能を補正するデジタル補正がかけられるようになったとのことで、センサーや画像処理エンジンが相当性能アップした上、このレンズ光学補正によりさらに見かけ上の解像度や歪み補正が向上しているということだそうだ。サンプルを見ても実際明らかだった。「見た目」には。色再現や解像感の向上によって、まるで写真が良くなったかに思うのはまあ個人の自由である。それは結局、我々の知覚や認識能力の限界を示すものでもあるのだが。(自分も建物の写真を情報として撮ることが多いため、たる巻き歪みをソフトで修正することは多い)そこまで求める人はそれくらい可能なソフトを利用している場合が多いだろう。カメラ上で処理するか後でソフトを用いて処理するかの違いに過ぎない。

以前、我々がある写真をより「美しい」あるいは「好ましい」と判断する材料の一つとして、コントラストの強弱が与える影響について紹介したことがある。それに似た要素の一つとしてこの「解像感」がある。(記事を参照していただければわかると思われるが、実際の「解像度」ではなく「解像している感じ」と言うべきものだ。シャープネスを写真ソフトで上げると、実際の解像度が上がったかどうかではなく、上がったように感じる。これは解像度が上がるのではなく解像が上がったと感じるような操作である。もちろん言葉のアヤではあるので、「技術的に解像度を上げている」と言うこともできるのだろうが。これもデジタル時代になってより自由に広く利用することが可能になった技術であり、SFだった映画のワンシーンも我々には実用可能なものになった)

現実として、我々の目はもはや、今日のデジタルカメラがセンサーで捉える情報を全て知覚する能力は持ちえていない。もちろん実際には、そうした知覚認識を超えた情報の集積が見た目のコントラストや解像度に影響を与えている可能性は強いとしても。(写真に限らず、音などでも同様のことが言われる) レンズなどの光学性能は、ある意味で我々の知覚能力に即したレベルに限定されてきた。カメラや天体望遠鏡を例にとるならば、レンズや反射鏡の大きさが光の集光力を既定し、それを接眼レンズや写真フィルムなどを用いて我々が知覚できるよう可視化する。短所や限界を補う形で肉眼はフィルムへ、フィルムはデジタルセンサーに取って代わり、さらにはデジタル処理技術がセンサー知覚情報を拡張する。この拡張操作自体はフィルム増感だろうがデジタル処理だろうが、性能に差はあれ求めるものは同じである。我々の知覚能力を超えた世界を認識可能にすること。
もちろん、光学性能が低ければいくらセンサーが良くても性能は向上しない。「拡張」という言葉を用いたのはそのためだが、その意味で言えば、人の知覚機能の拡張を手助けするデジタル化とデジタル処理という「手法」もまた、人の世界認識や処理操作能力を向上させるためのある一つの概念を基にしたものでしかない。 だからだろうか、写真を語る際に解像度や色についてばかり拘る輩に対してヒトコト言いたくなるのである。それは入口であって目的地ではないのだから。


先に述べたように、デジタル技術を用いて世界を認識しようとする方法は、今や我々人間の知覚認識などをはるかに超えた別の次元に入っているのではないだろうか。我々がこれまで知覚・認識出来なかったものを我々が知覚可能なレベルに処理し、我々の理解と認識を深め利便性を高めることに寄与している。ポイントとなるのは、それが我々にとってどういう意味を持つのかという点に焦点を向けるべきではないのか、ということだ。それを考える事の方が圧倒的に面白く、可能性も感じられるように思うのだが。

ペンタックス O-GPS1という天体撮影のための装置は、「レンズの向いている高度、方位、カメラの姿勢の情報と、カメラが持つレンズの焦点距離の情報をもとに、写野内の星の動きに合わせて撮像素子を動かし、星を点像に止める追尾撮影を実現」するーーなんていう装置も市販されている。なおコンポジット合成自体は惑星の撮影等にフィルム時代から用いられ、別に新しいものではない。(ex.天体写真撮影術 http://motoraji.com/blog/722/)

一つ、先述のSF画像解析に似た実例をあげてみよう。 現在NHKで、「コズミック・フロント〜発見!脅威の大宇宙」という素晴らしい番組が放送されていて、宇宙や天文好きにはたまらないのだが、「爆発寸前!?紅い巨星・ベテルギウス」という回である面白い実験が行われていた。 地球は大気でお覆われているため、地上から宇宙を「可視光」で見ると大気の流れにより目に見える像は揺らいでしまう。それ故大気の薄い、空気の揺らぎの少ない高山等に光学望遠鏡が置かれることが多いのだが、いくらスペックでは上回っていても宇宙に浮かび大気の影響のないハッブル宇宙望遠鏡には実性能でかなわない場合が多い。

この番組では、爆発寸前と考えられている馴染み深いオリオン座の一等星、ベテルギウスが「円形ではなくコブを持ち歪んでいるのではないか」という仮説を確かめるために行われた「撮影」方法を紹介している。地上から撮影すれば、大気により星像は揺らいで歪みを確認するどころではない、と普通なら考えるところだが、これをある方法で「補正」するのだ。 番組ではその方法を説明するのに、トランプのカードを揺らいだ水中に沈め、これを何枚も撮影する方法を紹介していた。いくら水が揺らいでいても、数多い写真の中には歪みの少ない、良く「解像」している写真が偶然得られる時がある。天体の撮影でも同様、大気の揺らぎが偶然おさまった瞬間に撮られた「スーパーショット」が、数十万枚もの写真の中にはある程度存在する、と仮定したのだ。それら一部のスーパーショットをアルゴリズムを用いて自動的に抽出し、これらをコンポジット合成することでより精度の高い、言わば解像度の高い最終画像を得るのである。これなどはデジタル撮影やデジタル画像処理、デジタル画像解析が初めて可能にしたと言えるものである。これとてハッブル宇宙望遠鏡はいともカンタンに超えていくのだが。

こうした技術がやがてそこいらのコンパクトデジカメにフィードバックされないとも限らない。実際に一部利用されつつあるではないか。HDRや高感度・超高速シャッターによる連続撮影を用いたスローモーション撮影など。デジタルノイズリダクションや解像感を高める画像・映像アルゴリズムの利用は、今や我々の知覚認識能力などを圧倒的に越えるレベルを持つに至ったが、我々の周りには既に日常的に数多く存在している。

あるいは、可視光線の撮影のみならず紫外線や赤外線で捉えられる光などを全て合成し、一つの画像にしてその天体の「ある種の」姿を可視化することも行われている。さらには、光学の力では知り得ない世界を垣間見ることの出来る電子顕微鏡など、まったく異なる手法を用いた可視化装置もある。 もはやそうなると、眼に見える知覚という範囲を超えた世界を可視化しているわけで、もはや光学的なものかデジタル補完によるものかを「区別する」事自体意味のないものと言うこともできる。「レンズの光学解像度が高い」方が「デジタル補正による解像」より優れていると考えるロマンティックな時代も、そのうち過去のものとなってしまうだろう。それほどのインパクトある変化が一気に来る可能性もあるのではないか。
もともと天文や物理学の世界を見てみれば、その大部分が視覚に頼らない、想像力と認識力の世界であるのだから。


飛躍のし過ぎはともかくとして。 我々が写真メディアによるある画像を「認識」するという行為は、既知の情報や知識、記憶とのすり合わせにより判断する行為と言える。写真というメディアの存在意義もそこにあると考えている。しかし、だとしても写真とは、我々が世界を認識し、感情を寄せ、記憶に留める行為の一つの形として存在するに過ぎない。 共有をしやすくそれを求めやすい写真というメディアが(だからメディア足りえるのだが)その「良し悪し」を評価して価値を定めようとする行為に結びつきやすいことは確かであり、それ故にニュースやアートへと昇華し得るメディアでもあるのだが、それがもし我々の想像力や思考力を一瞬の知覚の強弱によって限定し、固定してしまうのであれば、それはまた危ういメディアと言うこともできる。そういう認識や判断といった行為そのもの自体が曖昧で、簡単に操作されやすいものであることもまた、忘れるべきではないと思うのだがいかがだろう。

カメラの性能至上主義に陥りがちな自分に対して自戒の念も込めて。(GR DIGITAL IVについても書きたいのだが。。。矛盾しがちな物欲を抑えるためでもある)

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キルギスタンの首都Bishkekにはアクセスポイントとして短時間滞在するにとどまったが、ホテルの周りを朝散策し、街の雰囲気を感じることができた。
ソ連時代の都市計画を持つこの首都は、大きな街路とそれを彩る街路樹が美しい。大きな特徴はないが、首都としての機能が集約された中心部を外れると、静かな住宅街が広がり、こじんまりとした家が立ち並ぶ。
その中に、いくつかの人が住まなくなって放置された廃屋を見つけ、足を止めた。

赤い星の旗章は、ペンキが剥げ落ちている。ソ連が去り、その住人も去っていったのだろうか。


隣にも廃屋があるが、ここは最近まで人が住んでいたようだ。


なぜだか、懐かしい気がしたのは気まぐれな旅人の無責任。



レンガは、手でひとつずつ積み上げなければならない。手の痕跡は、必ず残る。


塗り込められた漆喰がはがれて、昔の姿が垣間見える。


人が去るときには、残されるものは無造作に残される。


ここには人が暮らしているようだ。手作りの感覚に、ユーモアが見え隠れする。


先ほど言った”懐かしさ”には、この街の家々に見られるこの工芸品のような作りも一役買っている。細かく張り合わされた木板や、積み上げられたレンガは、やはり”製造される”ものとは違うのだろう。


小さな窓に、豊かな感性を感じさせる。大きな壁面の小さな窓だからこそ、そうした気遣いが光る。

なんだか、うれしくなるほど芸が細やかだ。そこはかとなくユーモアまで漂うのだから。



街で美しい家を見つけた。


英語で”cozy”という言葉がある。辞書を引くと、”気持ちの良い、心地よい、居心地の良い、温かい、こぢんまりした、心の通い会う、親しみやすい、打ち解けた、和気あいあいとした、くつろいだ、リラックスできる、楽な、便利な、アットホームな感じの”といった訳があげられている。これは、家というものが生活に根付いて、住み手との豊かな関係が築かれて初めて使える言葉だ。日本の建築界が最近生み出している住宅に、この言葉は当てはまるかどうか。

家は物ではなく、人の暮らしという記号を伝え、暮らしを包む空間である。

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写真家・作家の藤原新也氏のコラムが興味深かった。(4/3 朝日新聞)
ここ最近、写真業界では激震が続いていると言う。京セラのカメラ事業撤退、(Contaxブランドが宙に浮いている)ニコンのフィルムカメラからの撤退、コニカミノルタのカメラ事業の委譲、そしてその意味するコニカ(元サクラカラー)フィルムの消滅。カメラのデジタル化によって、老舗であるメーカーも撤退を余儀なくされる時代になったことを物語っている。
その中で、藤原氏はデジタル化自体に拒絶反応を示したり、フィルムと比較してデジタルの地位を貶めたりすることがデジタル化の意味そのもののについて議論する機会を奪っている可能性を指摘する。
「誤解を恐れずに言えば”人間の眼”そのものもここ30年の間に徐々にデジタル化してきていると考えており、むしろハードの方が後追いで人間の感覚に追いついてきたと言えない事もない」
この藤原氏の指摘は、カメラやそれにまつわる写真という分野を超えて、我々のコミュニケーションの仕方が変化している事、その中で表現の一つの手段である写真メディアが社会で占める意味や役割も変化してきた事を鋭くついているように思われる。
”人間の眼のデジタル化”の意味する所について、藤原氏はまず技術的な点から指摘する。
「たとえばデジタルの”欠陥”としていわれてきたダイナミックレンジ(白から黒に至るまでの諧調表現)の不足という点に関していえば、30年のスパンでフィルムを使ってきた私の眼からすると、そのフィルム自体もこの間に諧調の再現が広くなるのではなく、逆に明らかに狭くなっている。つまり、基本性能が低下しているという事だ」
これの意味する事はどういう事なのか。
「わかりやすく言うなら白から黒に至る諧調表現が豊富であるという事は、『見た目に地味に見え』諧調表現の幅が狭いという事はコントラストが高くなり、『見た目に派手になる』という事だ。フィルムは“見た目”重視に向かったという事である」
写真を撮り、物として残すという行為そのものに我々は写真発明以来意味を見いだしてきたわけだが、こうしてカメラが何でもないものとして日常的に使われ利用されていく中で、写真を撮るという事の意味は劇的に変化したし、写真そのものに求める要求も変わっていった。
パッと見た目にはっきりと、くっきりと、色鮮やかであることで、完成した写真そのものが写真として、物としての美しく見える事に重きが置かれる。
「それはユーザーの眼自体がこの30年のうちに”デジタル化”(デジタル慣れ?)し、見た目に派手な映像を求め始めたという事と無関係ではないーーーその事は諧調の表現にとどまらずフィルムの彩度においても同様の事が言える。彩度とは優しく言えば”色の派手さ加減”のことだが、かつてのフィルムの彩度が仮に自然に近い地味な色であるとするなら、今主流となっているフィルムの彩度は既に飽和点に達しつつあるほど高く、『人工的』なものになっている。」
この”人工的”という言葉の意味する事は何だろう?我々は少なくとも写真を撮るとき、”写真を撮る” “撮りたい” という意識から写真を撮る。そこには思い入れがあり、残したいという要求が存在するだろう。いわばその時点で、写真として形になる物は人工の、意識や記憶の産物だと言える。以前「ゲルハルト・リヒター展」で述べた、視覚という知覚情報と、それを記憶し、写真やアートとして再現することの差異について、アナログからデジタルへとハードの面からも移行しつつある現在、再考する意味はあるのではないだろうか。
「例えば木のは一つ撮っても、その緑の色は実際の色とは似ても似つかない、あたかも造化の葉のように派手な色としてフィルムに定着される。このことはユーザー(プロを含め)の視覚も自然ではない派手な色を記憶色として脳内に定着させ、それを「きれい」と感じるデジタル的感性になっている事を示す」
被写体を眼という知覚を通して捉え、藤原氏言う所の感性にまで高めるのは、もちろんそうした「きれい」という感性をも含む我々の、記憶や主観、感情が介在するプロセスだ。ーー果たしてそれは本当に自らの感性によるものなのか、そして写真というメディアに残されるものが、自らの介在したプロセスの記憶であるのか、もしくはカメラというハードによる記録なのか。そしてその根幹にある、何のために写真を撮り、何のために写真を残すのかという最も根本的な問いーーカメラがここまで人々の手に行き渡り、写真を撮る事の特殊性が消え去り、その簡便性から利用目的も劇的に変わりつつある今現在においては逆に問い直しづらい問いーーが残される。写真というメディアにはハードに頼らざるを得ないという点からも、またハードを用いさえすれば形あるものとして残るという点からも、常に危険な落とし穴が隠されているのだ。「写真のために写真を撮ってはいないか?」

日本は自然に生き、地味な色とテクスチャーに囲まれて養った美への感性を、人工物のあふれる都市的環境への移行によってより刺激の強いものへと反応する感性へと変化させてきた。テレビモニターは派手な彩度や諧調を持ち、TVゲームやパソコンモニターはさらにその傾向が強い、と藤原氏は述べる。そうした刺激の強化による感性の変化は劇的である、とも。
「おそるべきことに、わずか10秒で人間の眼の感性は瞬間的に変化するのだ。例えば彩度の異なる2点の風景写真を用意し、始めに自然の彩度に即した地味な写真を見せる。次に彩度を高めた写真を10秒間見せ、その後に始めに見せた写真に戻ると、派手な彩度に刺激を受けた脳はそれを精彩を欠いた物足りないものと錯覚してしまうのである」
藤原氏は写真家としての立場から”眼の感性”に絞った意見を展開しているが、これは何も視覚に限ったものではないだろうとして、続ける。
「仮にそのような色価の刺激が10年続いたとするならば、その錯覚が生物学的な脳気質の変化をも生んでしまうであろう事は容易に想像がつく。ーーーアナログからデジタルへの移行は、そういった現代人の感性のデジタル化と同時進行の出来事であるように思われる」
それはなにも、否定的な捉え方とするものではない。ただ何かを作る者としては、少なくともその意味する所を意識する必要はあるだろう。
「タテ縞の飼育小屋の中で育った猫はヨコ縞が見えなくなるという衝撃的な実験があるが、どうやら2000年代の人類は、その猫の生態に似てきているようだ」

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最近忙しさにかまけて更新不足なので、写真を何枚か。


 道に、無造作にガラスが捨てられていた。板ガラスを、地面に捨ててから割ったのかもしれない。断片となった一つ一つの破片が、地上と空を微妙に違った角度で映し出していたのだろう。

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 校舎の壁面が青空の下夕日に浮かび上がる。直接の光ではなく、別の校舎の反射する光をその淡い石の模様の上に受け止めていた。そこに偶然木々の影が重なり、いくつかの出来事が一つの場面で出会う光景に立ち会うことになった。



なんだか光の樹。

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古く緑青の浮き出た銅の門扉にも、柔らかな夕陽と木々の陰影が淡く投げかけられていた。時の流れを感じながらも、それが一瞬停止するかのような午後。

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多くのブランドショップが軒を連ねるソーホー。しかし、ソーホーとチャイナタウンを隔てるキャナル・ストリートに近づくにつれ、街並は倉庫街であった以前の面影を残すエリアに入ってゆく。
鋳鉄造りの大きなロフトスペースをもつソーホーの建物は、今でも倉庫として、あるいは入荷される物資を管理する事務所、加工する工場として使われているところが多い。石畳の道端で、一日を通して多くの物資が積み下ろされ、また積み込まれているのを頻繁に見ることができる。

もちろんその大きなスペースを活かした高級アパートが増えたとはいえ、実はその足下には今も変わらず倉庫街の顔がある。以前ソーホーを彩ったアーティストたちの活動も、このエリアが持つそういった雑然とした慌ただしさを背景にしていたのではないかと思わせる。(キャナルストリートにはニューヨークでもっとも品揃えの豊富な画材/アートストアである’Parl Paint”があり、ロフトスペースを利用した店内は当時のアートシーンを彷彿とさせる雑然さが残っている)

ソーホーにあるギャラリーの、ちり一つ落ちていないようなホワイトスペースに飾られるアートは、しだいにニューヨークの持つエネルギーや猥雑さ、そして地道な、しかし堅実な歩みを続ける多くの一般的な人々の生き様と離れていった。それに違和感を持つアーティストたちはいつしかソーホーを離れ、あるいはそんなソーホーアートと自らの関係に対してアイロニックな感情を抱くことになる。高級化し平坦に均一に塗り込められていく建物の壁に、またそんな中取り残された小さな余白スペースに、アーティストに限らない多くの人々がグラフィティという形のエネルギーをぶつけていった。


風雨にさらされ、風化しながらも、小さく見える一つ一つの声が次々と新たなエネルギーとして積み重ねられていく。そんな中には強いメッセージ性をもつものも見受けられ、それらがさらに周囲のグラフィティに別の力を与えていく。


最近名前を知ったWK INTERACTによるポスター。一つ上の写真にも同じポスターが見られる。彼のグラフィティアートはニューヨークのさりげない空きスペースに突然現れるのだけれども、残念なことにそんな空きスペースは次第に新しい建物によってなくなり、それとともに彼の作品も消えてゆく。だがそれこそがあまりにもニューヨークらしい/都市らしい潔さとは言えないだろうか。


 2004年の共和党大会はニューヨークで開かれた。もともとニューヨークでの地盤が弱い共和党は、9/11という機会を用いて、ニューヨークへの切り込みをはかろうとしたのだ。その前後にいろいろなポスターやグラフィティ、路上への書き置きなどが街のいたる所で見られた。剥がされてもまた次のポスターメッセージがはられる。剥がされた跡すら、メッセージとなっているかのようだ。

ちなみに象は共和党のマスコット。このポスターのオリジナルはミケランジェロの”ピエタ”と思われる。死したキリストを抱くマリアが、自由の女神に置き換えられ、さらに横たわる人物の中の影が共和党マスコットの象のように見える。このポスターの隣には、ブルックリンの発電所から立ち上る煙が猛る象に変身していく様が描かれたポスターもあり、作者によるのか、小さなメッセージ文がそえられていた。

誰の目にも留まらぬまま今日もグラフィティやポスターが雨にうたれている。静かさの裏に都市の変わらぬ日々の歩みが感じられる、こんな風景が好きだ。

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地階の中庭に面している部屋からは、殺風景で何もない、狭い中庭が見える。向かいのいくつかのアパートは長いこと改装中なのか、誰も住んでいないようで、窓にはベニヤの板が打ち付けられている。気が滅入るかのような風景なために、スクリーンをおろしたままにすることが多い。

景色が見えない分、スクリーンを通して刻一刻と移り行く光と影のさまに時々見入ることがあった。まるで自分の精神状態を映し出すかのような、あるいはそんな光と影の作り出す光景に自分の心を重ねているのか、そのどちらでもあるのだろう。

空虚で透明であるかのような空間に、自分という精神が波のように広がったり収縮したりしながら充溢している。光と影のうつろいと揺らぎが息苦しさを和らげてくれるのを感じながら、静けさがどこまでも透明な空気に変わっていくのを見つめている。その中に流れる時はさらに空間を満たして、停滞ではない、充足の空間を現出させている。


何かを見ようとすることで見えるのか、何かが見えるはずなのに見えていないのか、窓に映る影やそれを生み出す光の光景を眺めながらただぼんやりと考える。

 

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ニューヨークでは輝かしい過去も、刺激的な今も、変わらない人々の日常も街の空気に自然にとけ込んでいる。この街に住む人、訪れる人が、その時々、思い思いにそれらを見いだして、人それぞれのニューヨークの姿を描き出す。

何気ない建物の前でふと立ち止まると、驚くほどに凝縮された時間の蓄積を見ることがある。普段目には留まらない、そこにあるだけの存在が、自分の心境とシンクロするかのように強い存在感を持って再び目の前に立ち現れる。

自然にしろ人工であるにしろ、光はそんな在るだけの物にも投げかけられ、輝きとともに影を与える。そして、そこにはさらに時の流れを蓄積していった重層された記憶が込められている。自分の中にある何かが、その輝きと影に惹かれていく。

いつもそんな微細な声を聞き取れるかはわからない。強い誘惑と刺激に満ちたこのニューヨークでかき消されそうな存在に、実は多くのものが含まれている。それを見いだす心の繊細さを、この街で保ち得るだろうか。

 

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投げかけられた光と、自ら発光する光。影を作り出すのか、影を照らし出すのか。


光と闇は対極にあるものではない。人が介在すれば、その意味も人それぞれによって意味を変える。



谷崎潤一郎の「陰影礼賛」は海外において日本の伝統美を知る上で日本以上に親しまれているように思われる。それは、暗がりに鈍く光を放つ人の生活の証と人の生き方そのものに対する谷崎のノスタルジックな憧憬が描き上げた世界だ。西洋式の生活に慣れていた谷崎本人にはその憧憬世界そのものに住むことはもはや苦痛だったようだが、彼の精神の拠り所として心の中に存在したそれらの心象風景は、彼のその後の生き方と文学作品において大きな意味を持っていた。

美を侘/寂という、時の流れの感覚として捉えた日本の美意識は、西洋における、廃墟という過去への憧憬を促すロマンティシズムの感覚に、実は近いのかもしれない。その意味でも、谷崎は伝統そのものに生きるというより近代的に伝統を捉えたのだった。

 

ニューヨークがなぜこれほどまでに過去への憧憬をかき立てるのか。ユートピアを夢見て造り上げられたこの都市が、その過去を受け継ぎながら未来へと変貌している証なのだろうか。ニューヨークという存在に、我々は光と闇とを重ねることでその存在を捉えようとする。人それぞれが、一つ一つの心象風景としてのニューヨークを持っている。

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アメリカが「自由の国」と謳われた時代は、ニューヨークという鉄と移民と高層ビルの「都市」に結実したと言ってもいい。それほど、ニューヨークは「近代」の都市として完結している。アメリカの一都市というのではなく、世界の一都市、一個の独立した存在だ。


エンパイアステートビル エントランス

アメリカにおいて鉄の時代は、貧しく未熟ながら新たな時代への希望に満ちた、若くとも最も精神的に豊かな時ではなかったか。ニューヨークの摩天楼はその希望が形となって立ち上がっていった姿なのだ。疲弊したヨーロッパの人々を移民として受け入れることで、混沌とした中にも新たな別天地としての発展著しかったニューヨークは、そのエネルギーを空へと拡大し摩天楼を築き、アメリカ中に散ってゆく軌跡として鉄道を延ばしていった。それは富の集約された結果としてだけではなく、数知れぬ名も無き人々の積み重ねていった人生の結晶でもある。


ニューヨークライフビル

20世紀初頭に興った”アール・デコ”は時に美術史にとってはさほど重要でないといった捉え方をされるが、さまざまな神話や宗教の精神的偉大と、人間の肉体的存在とその可能性の讃歌として若きアメリカを彩り、支えた。

クライスラービルエントランス

栄え行く産業の代名詞だった鉄も、時代を築く影の立役者だった鉄道も、やがて第一線を追われ静かに役目を終えていく。廃墟としてのわびしさ以上に、その担った役割と人々に与えた希望の姿としてよみがえってくるような場所が、ニューヨークとその周囲のそこかしこに残されている。

リバティーステート島 旧鉄道駅舎 エリス島で移民として受け入れられた人々がこの駅からアメリカ中に旅立っていった

そして、次第に富の集積としての姿と土地効率利用に限定されていった高層ビルは、9/11という日を迎えることになる。どこかで失っていった、歴史を積み重ねていくことの地道で謙虚な歩みと、精神的な豊かさとそれを支える力強い希望。テロが肯定されることは絶対にあり得ないとしても、グラウンド・ゼロに残された鉄の十字架はさまざまな何かを静かに、しかし強く訴えかける。

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ニューヨークの建設ラッシュは、鉄の時代の幕開けとともに始まった。

鉄鋼業は新しい時代を「建設」する代名詞となり、産業革命とその結果もたらされる文明の開花を支える役割を担っていった。高層ビルがユートピア都市の象徴とするならば、鉄によってもたらされた都市の基盤たる鉄道や鉄橋は影の立役者として人々を運び、都市へ流入する人々をささえてきたのだ。

イーストリバーに架かるQueensboro Bridgeは、1909年に幾多の紆余曲折を経て完成した。1881に近代的鉄橋の設計計画が持ちあがってから30年近くを要したことになる。設計・建設を担当していたManhattan Bridge Companyが倒産したり、それによってロードアイランド鉄道の鉄橋利用をあきらめるよう余儀なくされるなど、同時期に完成したManhattan Bridgeや、完成当時最高の技術を盛り込んだBrooklyn Bridgeと比較すると最終的に最も計画縮小された、地味なものとなってしまった。

たしかに吊り橋構造を利用し、ゴシック風の重厚な外観とケーブルの美しいBrooklyn Bridge, そのBrooklyn Bridgeを鉄によって表現し直したかのようなManhattan Bridgeとは見た目も構造もかなり異なっている。Queensboro Bridgeは吊り橋構造を用いず、鉄橋として精巧な設計を余儀なくされたために、橋梁の陥落事故など、50人もの人命が失われた難関工事で、その繊細で女性的な外観の裏には多くの犠牲が払われている。

 

イーストリバーに浮かぶルーズベルトアイランドをまたぐQueensboro Bridgeのすぐ横を、Trumway(ロープウェー)がマンハッタンとルーズベルトアイランドを結ぶ交通手段として通っている。マンハッタンを空中散歩でき、Queensboro Bridgeを間近に見ることの出来るトラムは隠れた観光スポットだ。鉄構造の間から垣間見えるManhattanが、ノスタルジックに見えてくる。



マンハッタンのイメージを強調しているのは両サイドを流れる「川」ではないだろうか。高層ビルが建ち並び空を目指すその姿を川の対岸から眺める時、多くの人にとってその不思議な距離感がマンハッタンに対する自分の距離感であるように感じる気がするのだ。以前対岸のニュージャージーにすんでいた頃、冬の朝ハドソンリバーから立ち上る川霧に霞み、遠くにぼんやり浮かんでいる蜃気楼のようなマンハッタンを見ながら駅に向かった。マンハッタンは、そうやって象徴として多くの人々の心の中にとどまっているのだろう。
だからこそ、その川を渡り、マンハッタンに至るという行為そのものにノスタルジーを感ぜずにはいられないのだ。多くの夢や希望を抱えてニューヨークを目指してきた人々の思いが、これらの橋を渡るたびに感じられるからだろう。

一度日の傾きかけた頃Manhattan Bridgeを車でわたったことがある。ラッシュアワーでゆっくりと進む車のラジオから、Sarah McLachlanの「Angel」というピアノバラードが流れた。夕日にまぶしいほどにきらめく川の水面を見ながら、その光景にあまりにはまった曲に呆然としたのを思い出す。

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